第12話 ルーナさん その3
「クリャヤマァ~ 殺シュルルルゥゥゥ~」
敵は一体。味方のムン兵も同じく戦闘中である。
興奮した相手に必要な対処は一つ。こちらは冷静でいることだ。
「フシュルルルゥゥゥ~」
殺気と共に漏れ出す熱い息。
間合いを取りながら逃げ道を探る。出入口付近まで少しずつ後退し、相手を見る。
ドワーフのような体のカーパ父上は皮膚が既に変色し赤黒くなっていた。合わせて燃え上がる赤い瞳。
妖魔ルビーアイ。勝手に二つ名を付けつつ、まるでビールを飲み過ぎた中年男性が酒に呑まれて酒乱と化しているようだなと、独りごちる。
「精子ぃ~! 精子ぃ~!」
「お、お母さん、本当にやめて……」
あちらはあちらで苦戦しているようだ。
「お母様は妊娠を確信!」
「だから、してないって言ってるのに……」
「イッてるのっ!? ねぇねぇイッてるの!?」
「も~! お母さん!? いい加減にしてっ!」
流石に悪ノリを理解したのか、ルーナお母様は然程反省していない軽いノリでムンに返答。
「は~い」
妖魔と化したカーパ父上から目線を外さないようにしながら、ルーナお母様に助け船なアイコンタクトをする。
「ん~?」
通じたのか分からないが、興味ありげにこちらを見つめるルーナお母様。緊急案件だとアピールするように、何回もウインクする。
気づいて! 助けて!
「ん~? なになに~? あたしに惚れちゃった? そんな目で求愛行動するなんてさぁ~」
すると妖魔ルビーアイがシラフへと戻る。
「なっ!? 何だと!? 母さんまでも毒牙にかける気かっ!?」
妖魔が吠えるとルーナお母様も参戦。
「毒牙から毒液で親子丼計画? 卵も絡められてクラくん美味しいところ取りだね!」
ルーナお母様の余計な一言で、またもや肌を少しずつ変色させて威嚇行動、いや戦闘態勢へ移行中、などと落ち着いてはいられない。
「クリャヤマァ~? お前のぶら下がった薄汚い卵は二つとも要加熱だなぁ~? もぎ取ってランチのメニューにしてやるぅ~」
「ちょ、ちょっと待って下さい。私はまだナニもしていません。それに親子丼はふんわり柔めの半熟が希望ですが、出来るだけ要望にお応えします」
ほう、と嬉しそうに唇をなめ回す妖魔型の河童。
「なら要望に応えてもらおうじゃないかぁ? 炭化するまで焼いてやるからなぁ?」
「焦げは見た目も悪いですし、少量のレア食材を粗末に扱うなんて勿体ないですよ? やはり手揉みするぐらいの下ごしらえで、長期に運用した方がお客様も喜びます。ランチを彩る白い妖精。フェアリーエッグなんてネーミングで、白いあんかけ風な新商品を継続販売されては?」
そうだね~、と何が分かったのかルーナお母様は頷きながら事の成り行きを見ている。妖魔はと言うと、色が落ち着いてきたように見えるが心は落ち着いていないだろう。
「いやいやクラヤマ君? 君がオーナーである私に意見を言うなんて今世は早い。一度……いや七回くらい転生して存在そのものを消滅させてから具申してくれるかな?」
消滅は俺にとって禁句。冷静からほど遠い熱さがこみ上げる。
「消滅なんて恐ろしい事を言わないで下さい。そんな事を仰る不心得者には悪霊に憑依される可能性を否定できません。もし私なら七回転生し、七回憑依して血のつながりを完全消滅してしまうかもしれませんね?」
出来る限り怒りを押さえつつ返答する。相手は濁った赤目を少し開きながら答えた。
「おやおや? 性根の腐った奴らしい発言だ。だが自分を悪霊だと認めた所は評価してやる。その褒美に使い処が無く数だけが無駄に多い、お前産の卵二個をスープの出汁にするため極限まで煮込んでやる。どうやら新商品開発に余念がないみたいだからな? オーナー自ら発案したプレミアム生スープを一食限定発売してやるぞ? 光栄に思えよ?」
極限まで煮込んだら生じゃないと思う者もいるかもしれない。だが俺の子種達は火山の中でも生き残る。火の神生まれの山神を舐めるよ。経口摂取で妊娠だ。
「…………………」
「お父さんいい加減に――――――」
ムン兵が援護射撃に加わった瞬間、フェアリーリバーの扉が開く。大きめの扉からは眩しい太陽光が差し込み、店内と俺たちを明るく照らす。
「「「 いらっしゃいませ~ 」」」
「あ、いらっしゃいませ~」
挨拶に遅れを取るものの、一気に営業モードになった三人に毒気を抜かれたのも事実。開かれた扉には一人の青年が後光を受け立っていた。そのシルエットには見覚えがある。今生はモテない縛りで人生プレイ中、ウサギ耳のラヴィだ。
「すんませ~ん。もしかして今日ってランチなし? 表に弁当出てなかったからさぁ~」
するとルーナお母様は「あ、告知の看板出すの忘れてた」と笑いながら表に向かう。カーパ父上は初めて出会った時のように、手もみしながらお客さんに本日は休みであることを告げ頭を下げていた。禿げてもいる。
「おうクラヤマ元気か?」
「ラヴィさん。覚えて頂き光栄です」
変わらず、ざっくばらんな対応を頂く。
「今日ランチ休みだったのな~ ここのヤツは持ち運べる上に熱々だからな~」
申し訳ございません、と再度詫びるはカーパ父上。対応が大変まともなので驚きはするものの、腹に手を当てながら残念そうに話すラヴィを見てランチメニューが気になった。
「どのようなランチなのでしょうか?」
「あ? お前、働いてる癖に知らないの?」
両手のひらを俺に見せつけた後、ラヴィはお気に入りのランチについて話し始めた。
要約するとカボチャのグラタンである。
中身をくり抜いたカボチャにグラタンを仕込むというもの。ヘタのある上部は切りとって持ち手付きのフタ代わり。堅いカボチャ本体はグラタンの入れ物になるという弁当箱仕様。
「美味そうだろ? これが本当に美味いんだ。フタも付いてるけどグラタンのチーズも厚いから、中身がこぼれにくいしな。移動には便利なんだ」
俺はムンと二人きりでカボチャを持って出掛けるシーンを想像する。片手はカボチャ弁当、もう片方はムンと手を握るんだ。綺麗な湖畔近くに腰掛けた俺たちは次第に惹かれ合って――――
「おい兄ちゃん大丈夫か? よだれ出てんぞ? まぁ気持ちは分かるけどな~」
ポンポンと肩を叩かれるとラヴィは、また来るよと言い残して出て行ってしまった。流れてしまったヨダレを拭っていると、後ろ手をしながらムンが嬉しそうに話しかけてきた。
「食べてみたいですか?」
「あぁ。勿論さ」
君を食べ――
「すぐに食べます?」
「え? いいのかい? ここで?」
「別にお部屋でもいいですけど……?」
インドアッ――――!!!
「い、いいね!?」
「せっかくですから、お外で食べます……?」
アウトドアッ――――――――!!!
性欲と食欲が混じり合い、互いを増幅させてしまったのが今回の敗因かもしれない。それともお馴染みの
忍び寄る赤き妖魔は、フェアリーリバー入口を背に向け後光で
「盛ってんじゃねぇ!?
ア゛ァ゛ッ――――――――――――!!!
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