第11話  ルーナさん その2


「……間違いなく、いますよね?」

「いないよ!」


 扉の向こうから存在否定の返答が元気に送られてくる。

 室内にいたムンが扉に手を掛けてドアを開ける。


「見つかっちった」


 ルーナお母様は観念したのか、両手を腰に当ててふんぞり返るような体勢になる。ムンとさほど変わらない身長の為か、横柄な感じには思えなかった。


 それより確認だ。


「初めまして。私、クラヤマと申します。先日よりこちらでご厄介になっている身でございます。失礼ですがルーナお母様でいらっしゃいますか?」

「そうだよ~ お母様だよ~」


 ムンが笑顔で――


「お母さん。お帰りなさい」

「ただいま!」


 可愛らしい笑顔と風体が俺たちに振りまかれる。ムンが少し成長しただけという体躯。ほぼほぼ変わらないとも言える。


「ルーナお母様。私は急用が出来てしまったので、少しの間失礼させて頂きます」

「ん? どったん?」

「クラさん? あ――――」


 言うが早いか、俺は目的の為に階下へと走る。瞬間移動と言っても差し支えないようなスピードで、ロックオンした相手と一階でエンカウントする。


「この河童ぁ!? ナニが母さんだっ!? ほとんどムンだろ!? このロリコンめっ!?」


 河童の首を絞めながらいきり立つ。


「なっ!? ナニしやがる!? はっ 離せっ!?」

「許せん…… 許せんぞぉ…… あんな可愛い奥さんがいるなんて……」


 暴れていたカーパ父上は俺の言葉で冷静になる。


「ん? どうしたぁ? 現実を直視できないでいるのかぁ?」

「くっ これは何かの間違い…… あるいは彼女は脅されて……」


 するとカーパ父上は胸を張りながら俺を見下す。


「脅されて? 間違い? はっはぁ!」

「そうだっ! あんな可憐な人がハゲ河童と婚姻する筈がないっ!」

「お前がそう思うんならそうなんだろう。だがムンという存在はどうする? え? どうやって出来た娘なんだぁ?」


 一階の店舗に静けさが訪れる。


「貴様っ!? まさかっ!?」

「お前の想像通りさぁ…… げへへ……」


 くっ―― この外道妖怪めっ! 


 すると騒ぎを聞きつけたルーナお母様とムンが一緒に降りてくる。

 片や頭の後ろで手を組んでこちらを覗き込むように。一方はそのまま駆け足で俺たちの元へやって来た。


「どうしたんですか二人とも?」


 ムンの問いに答えることなく、俺は怒りに満ち震えているとカーパ父上が連続して言い放つ。


「おぉ愛娘よ。どうやら野蛮な輩が己の人生を嘆き、その悲しみを他人にぶつけることで存在を確立しているようなんだ。そうだろ? え?」


 うっ――


「現実を受け入れられない悲しい存在なんだコイツは。そういう奴は現実でナニもしてきていない。だから現実が恐くて直視できず理解する事が出来ない」


 くっ――


「大体なんで昨日追い出したのに、今ココにいるんだ? 誰が許可した? え?」


 ふっ―― バカめ――


 今ままで口を挟んでいなかったムンが、カーパ父上に腰に手を当てながら詰め寄る。


「お父さん? 追い出したってどういう事?」

「い、いや…… それは言葉のアヤで……」

「ちゃんと説明して。出来るよね? お父さん?」


 ムンは先ほどの体勢のまま上体を前に出して、カーパ父上に即時回答の圧力をかけていた。俺はいつも通り流れに身を任せながら悠然と存在する。


「お、落ち着いてくれムンよ? 父さんはな? お前を心配して……」

「心配してくれてありがとう。それで? どうして追い出したの? 言葉のアヤって何?」

「そ、そんなアレコレ言わないでくれ……」


 他人事のように店内を見渡していると、階段上から事の成り行きを見ていた、ルーナお母様の両目が嬉しそうに光った。


「眩しぃ!?」


 思わず俺は叫びながら目を背けた。比喩表現ではなく、本当にキラっと一瞬だけルーナお母様の目がフラッシュした。

 しかし目を背けた先にあったのはカーパ父上の禿げ上がった頭。それが反射リフレクションして二回目の攻撃を受ける。


 アッ――――――――――――!!!


 声にもならない刺激を受けて蹲る。

 五感の80%を視力に頼っていた俺は行動不能に陥った。感覚機能を聴覚、触覚、嗅覚に振り分け直しているとムンとは違った、かぐわしい香気が足音と共に向かってくる。ルーナお母様であろう。


 アッ!


 いきなり掴まれた両肩の感触に身悶える。そのまま肩を両手でモミモミされ続けた。


 アッ! アッ! アッ!


 五感の振り分けをしていた俺はその気持ちよさに、ついつい触覚の配分を多めに設定してしまった。


 アッ――――――――――――!!!


 視覚が回復してきた頃にトドメの一撃を肩マッサージで頂く。

 その場でしなだれそうになると、後ろで肩を揉んでくれていたルーナお母様が、小さい手をこちらへ差し出していた。


「気持ちよかった? なんか肩こってるね~ ボルダリングでもした?」

「あ、ありがとうございます。昨晩が初めての経験でした」


 ルーナお母様は、またもや光りそうなキラキラした目で――


「昨晩が初めてって、マジんこ?」

「え……? は、はい、初めてでしたけど……」


 異世界ストリートのフェアリーリバーにボルダリングしたミッドナイトのシーンを思い出す。


「なるほろ」


 ルーナお母様は納得したようにウンウンと頷き、ムンに追い詰められているカーパ父上二人をワンセットで見ていた。


「めでたい! こりゃめでたい!」


 両手を天まで届くように上げながら、手のひらをヒラヒラさせる。ルーナお母様はムンと同じように身体が小さい為、小動物が踊っているようでもあった。


「母さん? ナニが目出度いんだ? 私はまったく目出度くないぞ?」

「お母さんどうしたの? 嬉しそうだね?」

「うれしい! こりゃうれしい!」


 今度は両腕をグルグルと回しながらも手たヒラヒラさせていた。こんな威嚇行動する小動物がいたら抱きしめたい。


 どちらかと言うと求愛行動かな?


 慌ただしいルーナお母様は飛び跳ねるようにしながら、ムンの側で膝をつく。そのままムンのお腹に耳を当てていた。


「何ヶ月かなぁ~? あっ!? 動いたっ!?」


 唖然とする周りの状況など全く気にせず、ルーナお母様は宣言する。


「精子三日会わざれば着床して見よ」


 ………………。


 自信マンマンに吐き出した言葉は、フェアリーリバーの一階店舗を静寂へと持ち込む。そういう作用、効果発動する呪文のようであった。


 発動した静寂結界を破るはカーパ父上。


「クラヤマ君? ちょっと裏に来てもらえるかな?」

「カーパ父上? ちょっと聞いてもらえませんか?」


 全員無言。一人のみ満面の笑み。


 どうやらこの街は日が昇ると格段に暖かくなるらしい。ちょいちょいと浮かぶ雲に隠れていた太陽が窓より差し込み、時が進んでいることを示唆している。

 カーパ父上の体格はガッシリしているが、どこからか入り込んだ殺意がロウソクの火をユラユラと踊らせるように全身をワナワナさせていた。 


 そして静寂を破ったのはどちらでもなかった。


「お母さん。私、妊娠してないよ?」

「えっ!? なんでっ!? クラくんの精子腐ってた!? 精子って腐るの!?」

「お、お母さん…… あ、あんまり精子、精子って言わないで……」

「ムっちも二回イッた! 同じ回数イッた!」


 はぁ、と誰がついた溜息だろうか。俺はしていないし、カーパ父上は小刻みに震えて、殺気立った目をしながらピチャピチャと舌舐めずりしているだけ。まるで小悪党がナイフを愛撫しているようでもある。


「もういいよお母さん。もういい」

「よくない! 妊娠してないってどういう事!?」

「ど、どういう事も何も……」

「ちゃんと説明して! 出来るよね!? ムッち!?」


 ルーナお母様は先ほどの体勢のまま上体を前に出して、ムンに回答の圧力をかけていた。俺は継続してピチャピチャと舌舐めずる妖怪に愕然とする。


「お、落ち着いてよお母さん? 私はね? お母さんの風評を心配して……」

「妊娠してくれてありがとう! それで!? どうやって妊娠したの!? 精子が腐ってても妊娠するの!?」


 困り果てたムンは――――


「そ、そんなアレコレ言わないで……」


 俺は眼前に迫る敵を見定めながら心の中で白旗を上げた。

 ムンは間違いなくアンタの娘だと認印を押すように。


「クリャヤマァ~ 殺シュルルルゥゥゥ~」


 だが実印は婚姻届まで待って欲しい。何故ならば実印はアンポンタンでイカレポンチ妖怪なアンタのチ○ポの骨で作りたいからだ。






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