第10話  ルーナさん


「馬鹿め。偉大なるフェアリーリバーのオーナーを舐めるとこうなるんだ」


 俺はまだ光の中にいた。猛烈な光の刃が眼球を通って脳を斬る。


「今どんな気持ちぃ~? ねぇどんな気持ちぃ~?」


 日天拳サンフィストはかなりの技。ニュータイプの妖怪アヤカシは新河童流の使い手。


「あぁ~ 気持ちぃ~」


 ここぞとばかりに煽りまくるカーパ。腸が煮えくりかえるが今は回復優先。

 徐々に真っ白な現実が色味を帯びてくる。


「ほう? 既に回復してきているか…… なら、再度こいつで――――」


 丸まったダンゴムシのように頭を抱え蹲り、光の洪水から身を守ろうとする。


「馬鹿めっ!? お次は100倍の日天拳サンフィスト! 陰部カタメ、存在薄め、敬意少なめの貴様が防護アイテムなしで防げるとでもっ!?」


 くっそぉぉぉ――――――


 だが神は見捨てなかった。


「どうしたんですか? 何か争い事のような声が?」


 その乳神様チチガミサマの御名はムン。豊潤な胸をいつもより揺らしながら入室してきた。

 何故なら両サイドにスリットが入った、ほぼ下着とも言える丈の短いキャミソールを着ていたからだ。多分に揺れから考察するに女性用胸部プロテクターは未装備。


 あっ!? あぁっ!? すごいっ!? すごいよ父さんっ!? 大きな二つの山にキャミソールがたくし上げられてっ!? 両サイドのスリットから見える紐はまさかの見せ紐パンっ!?


 フェアリーリバーのオーナー兼お父様であるカーパは、俺の目線を遮るようにしてムンの前に立ち声を荒げる。


「ムンっ!? なんて格好で淫獣の前に出てくるんだっ!?」

「? ただの寝間着だよ?」


 ――――やっぱ昨日は選択肢を間違えたな。俺の清らかな良心が憎ぃ。


「寝間着ならもっと肌を露出してないモノにしなさいっ!」

「布団かぶりたいんだもん。いっぱい着込んでたら、汗かいちゃうよ?」


 俺も妖怪汗舐めにジョブチェンジしようかなぁ。


「クラさん? 何かあったのですか?」


 これだけ近くにいるのに声は聞こえど姿は見えない。見えるのはカーパお父様の汚いケツだけである。


「実は…… 昨日…… カーパお父様に…… うっ!?」


 俺はカーパお父様に両手で口を押さえられる。相変わらず視線を遮るように肉厚な身体を盾にして。


 カーパお父様は俺に身体を密着させ耳元で囁く。


「(いいかクラヤマ? 俺たちの間にはナニも無かった。いいな?)」


 合わせるように小声で応対する俺。


「(いえいえ。酷いことされました。これはしっかり娘さんにお伝えしてジャッジメントしてもらわないと)」


 心優しい日本の神である俺は、彼に一つの提案をしたのである。


「(ま、待て。な、ならお前がムンへワイセツ未遂の件も伝えるぞ?)」

「(どうぞどうぞ。さてさてムンはどちらの話を信用しますかな?)」


 ――――くぅ、 という心から漏れる吐息を主人マスターから感じる。俺はそれをもって終決とした。


「何かあったのですか?」


 カーパお父様から放たれる強烈不快視線カッパビームを感じながらも、ごく自然にムンへの対応を行う。


「いや。主人マスターから侵攻……もとい親交を深めていたんだ」


 よく分からないと言った体で「はぁ」と呟くムン。河童主人カッパマスターは何か言いたそうに血走った目をしていたが、コブシを血が出るほどに握り締めて耐え忍んでいた。


「お父さん、お母さん帰ってきて一階にいるよ」


 そしてムンからの言葉に驚愕した河童主人カッパマスターことムンチチが絶叫する。まるで彼の震え上がる魂が現界したようでもある。


「マジでっ!? 母さ~ん!!!」


 既に頭の中はお花畑なのか、大事な大事な一人娘であるムンの事は忘れ、まるで煙が身体の後から出ていくように廊下へと走って行く。


「おはようございますクラさん」

「おっ おはよう」


 思わず言葉が詰まる。何せ口内は涎に満ちあふれているからだ。

 しゃがみ込んだ体制のまま、ムンの股の付け根をさりげなく凝視する。


― 楓の芽 見えるか見えん チラリズム ―


 ムンが長身でスレンダーな体型であったら、下着は見えたかもしれない。だがムンは小柄なミニグラマー。ピッタリと閉じた魅惑のトライアングルデリケートゾーンはこの位置からでも視認できなかった。


「具合悪いんですか? 手をどうぞ」


 心優しい異世界の神である乳神様チチガミサマは俺に手を差し伸べる。その優しさに、この地に住まう風の神様が粋に応える。


「「 あっ 」」


 二人の声が重なる。イタズラな風が開けていた窓から吹き込み、ムンのキャミソールを捲り上げる。


 俺の目の前にはローライズ紐パン。純白光な色が脳に焼き付く。これぞROM焼きである。


「……今日は風が強いですね」

「……そのようだな」


― 風が舞う 天女羽衣 ハプニング ―


 互いの言葉は平然を装っていたが、口調は若干うわずり、ムンも俺も顔は真っ赤であった。




――― もじもじ中(ムンチチ部屋バージョン) ―――




 あれから幾度となく、保存された画像を読み込んではコピーするという作業を頭の中でこなしていく。脳内は全方位でムンのエロ画像で埋め尽くされている。


 ムンと俺はその後、微妙に互いを意識し始めて、むずがゆい空間を作り上げていた。流石に恥ずかしくなったのか、数分後にはムンが自室へ戻って行ってしまった。


「思いもよらぬ偶然だったな。ここは紛れもなく酒場だし、まさしくハプニングバー」


 ハプバーの会員になってみたかったな。そんな淫欲にまみれた情欲を思ふ。


「俺も……なんだか恥ずかしかったなぁ……」


 桃色な脳内ではあったが気恥ずかしさが追い込みをかけてくる。

 人と接してこなかった自分にとっては新鮮な気持ちそのものだ。


一方通行ワンウェイな付き合いばっかりだったしなぁ」


 存在を認識されず、ふよふよと彷徨っては他人の家に転がり込む。勿論の事、話すことや何かを伝える事は出来なかった。


「それにしてもムンは可愛いなぁ~」

「あ、ありがとうございます」


 ――――はっ!?


 いつの間にか着替えたムンがそこに居た。

 相変わらず丈の短い装いではあったが、デニール数値の高い濃いめのストッキングを履いていた。綺麗な足のラインを見つめながら言い訳する。


「き、気にしないでくれたまへ」

「そ、そのようですか」


 またもや桃色空間を現界させる神が二人。

 山の神と、乳の神である。どちらも大きい存在と言える。


「で、では気にしませんね……」

「で、でも、本当の事だ……」

「またまた~ クラさんはお上手ですね~」

「いやいや~ ただの床上手さ~」


 ――――あっ!?


「床上手って何ですか?」


 首を傾げる無邪気なムン。


「……陸地に上がってしまったサメのことさ。ナニも出来ないだろう? 俺はそんな存在なんだ」

「そんな事はありませんよ、サメみたいに強いですし。クラさんは何でも出来る床上手さんですね!」


 アッ――――――!!!


 良くない。全くもって良くない状況。

 真っ白で誰も踏み入れていない雪原のようなムンの心にクソをしている気分だ。


「ムンいいか? それは俺がいた地域の話。実はあまり良くない表現でスラングなんだ。だからこの事は俺たちの秘密だ。いいかな?」

「分かりました。でも、クラさんと初めての秘密共有ですね。なんだか嬉しいです」


 アッ――――――――――――!!!


 言えない。全くもって言えない状況。

 初めての機密がこんな歪になるなんて。苦しんだ俺はキツめの言葉で弁解する。


「秘密と言ったが只の戯言。そこまで思う必要はない」

「そうですか……」


 残念そうに俯きシュンとするムン。


 俺は考えていた。秘密を上書きするなら、ムンに俺が日本の神である事を伝えるなら今だと。ムンだって俺との秘密を共有する事を望んでいる筈なんだ。


「ムン実は――――」


 俺は動きだす。伝える為に。そのままムンチチの自室をドア付近まで歩き廊下に向かって言葉を告げた。


「カーパお父様? 何用ですか?」

「ビクぅ!? ち、違うよ~?」


 確かに扉の向こうにから発せられる声はカーパお父様ではなく、若々しい女性のものだった。


「擬音語を声にしたのは、長い神生じんせいの中で貴方が二回目ですよ?」

「お母さん? そこにいるの?」


 すると扉向こうの、ルーナお母様とおぼしき女性は、扉を開けないまま自信満々に大きく答える。


「いないよ!」


 いますよ! 





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