第9話  添い寝さん その2


 ストリートに生きるものにとって大事な事はたった一つ。生き抜く事だ。


「異世界ストリート! 深夜編!」


 日中と違って冷え込むストリートに投げ出された孤高の神。己の状況を示すように強い風がみるみる体温を奪っていく。


「……妖怪カッパが寝るまで、俺を認識していてくれる間が勝負だな」


 だが、そんな中でも己を照らしてくれる存在がいる。そう、それこそは月。月明かりだけが俺を輝かせ、生きる勇気をくれるのである。


「スピード勝負だ。グダグダやってる暇はねぇ!」


 そう思うものの、己が人生の明暗を分ける状況なのに、何か名案が浮かぶわけでもなかった。


「思考して指向が定まらなければ試行あるのみ」


 目の前には酒場兼宿泊所「フェアリーリバー」が悠然と存在している。行動を起こすと決めた瞬間、俺は月を仰ぎ見た。


 ――――何かいい案はありませんか?


 受動的な生き方を長くしてきた俺は、どうも能動的になれない。やはり他人に流してもらう他ない。


 そんな他人任せの祈りが通じたのか、月より二つの案が舞い降りる。


 ( 妖怪カッパに刑の強制執行 )

 ( ムンに性の嬌声執行 )


 どちらを選んだかは神のみぞ知る。




 ――― クラヤマ侵入中 ―――




 山の神が木造の建物を登れないでは話にならない。壁に手を当て木の繋ぎ目に足をかけ、ヤモリのようにスルスルと目的の場所へ辿り着いていた。


「カーテンも閉めないとは不用心な…… くくっ……」


 そう言いつつも雨戸が無いことに安堵していた。俺はガラスの窓を開けようと手を掛けるが、ガッチリ鍵がかかっているようで全く開かない。


「ふふっ 開かねぇ」


 アッ――――――――――――


 ――――っと叫びたくなったが冷静を装う。ストリートにいた時のように強い風が俺の身体と心を揺さぶってくる。


 神にとって鍵ぐらい造作もない。言葉が通じない相手には肉体言語のみである。だが神である以上、スマートなやり方が望ましい。


 考エロ。考えるんだ。


 薄れゆく神体が生存のタイムリミットを嫌でも伝えてくる。

 消えてしまうくらいなら、やる事をやってやろう。


 そんな衝動に駆られたが、ふと実際に存在が消えてしまった時のことを考える。不意に親父の事を思い出す。もう残された時間も僅かだろうというのに。


 ――――親父は生まれてすぐにイザナギに殺されたんだよな。


 親父であるカグツチは火の神。イザナミから生まれてきた時に母体を焼き、それが元でイザナミは死んだ。怒ったイザナギは親父を殺す。


 ――――親父は死ぬ時どんな気持ちだったのか。


 もう知ることは出来ない。俺は神であるが故に誰にも育てられず一人で生きてきたんだ。


 ――――それでも俺は火の神カグツチ、親父の……男根から生まれた神なんだ。


 そう思いを強く馳せると一つ妙案が浮かぶ。


「くっくっくっ これがいい。これこそ俺に相応しい侵入の仕方だ」


 はぁ――――――――――――!!!


 高ぶる感情。呼応するように、そそり立つ我がイチモツ。


「(山の神を舐めるなよ――――――!!!)」


 山の神だけじゃないっ! 俺には火の神も受け継いでいるんだ!


 荒ぶるイチモツに流れていく溶岩のような熱さ。ドクドクと流れ込んでいく火熱は心と男根をたぎらせる。


 コツン


 まるで熱した鉄棒をガラスに当てるように腰を動かし、己がイチモツを窓ガラスに当てる。熱せられたガラスは次第に個体から液体と変わっていく。


 げへへ。


 されど都合よくイクものではなかった。


 パリっ! パリン!


 高音質な甲高い音が、異世界ストリートとフェアリーリバーを響かす。その音に驚き落下しそうになるものの、命運を掴むように壁を掴み直す。


「んっ……」


 就寝中の相手は微かに一度反応したが、やがて静かな寝息へと落ち着く。


「………………」


 セーフ! ジャッジメントの神よ! 今はただ貴方に感謝します!


 窓ガラスの割れた部分から手を差し込んでロックを解除する。ついでに割れた破片を階下へ捨てていく。ロックが解除された窓は、まるで股を開くように俺を室内へと迎え入れた。


「心のロックを外せば自ずと股は開かれるモノよ……」


 窓相手に講釈を垂れながら唾を飲み込む。ガラスを割って出来た穴には室内にあったバスタオルを差し込み、合わせてカーテンを閉めた。


 眼前には侵入した俺に気がつかない無防備な相手。すこやかに寝息を立てて、俺への認識を解きつつある状態であろう。


 状況に呼応するかのように、俺の身体が次第に薄くなっていく。存在の確率については逼迫しているが、ここまで来れたなら問題は無い。そう思いたい。


「眠りは…… 深いハズだ……」


 ゆっくりと高反発なベッドに身体の重みをかけていく。慌てず細心の注意を払い、ベッドに仰向けになる。俺も相手も仰向けで寝ている状態だ。


「いいベッドだ…… 広さも抜かりない……」


 後は……手を……繋ぐんだ……。


 こちら側に投げ出されている相手の手を掴む為に、自身の手をおずおずと伸ばす。触れるか触れないかというクリアランス。


「気がつかないでくれ…… あぁ神よ……」


 相手の反応は無かった。


「………………」

 

 セーフ! ジャッジメントの神よ! 今はただ貴方に感謝します!


「俺の身体が徐々に安定してるな…… 存在が確立して…… よし……」


 よし、の所で思わずガッツポーズしそうになるが、すんでの所で脳への命令を止める。だが心では大叫びだ。一通り感謝の後、俺は自身の考察に入る。


「思っていた通りだ。寝ている時に認識が外れても、身体が繋がっていれば大丈夫なんだ」


 はぁ、と深い溜息をつく。

 安堵からくるものだ。


「誰かと一緒に実体を持って寝るなんていつ以来だろうか」


 思いを馳せ当時の記憶がいくつか頭の中に上がってくるものの、何百年という時間の思い出は鮮明に出てくる事はなかった。


「一生懸命になったのは…… こんなに…… 頑張ったのは…… いつ……」


 時間の、時代の流れるまま生きてきた。それが無限ではなく有限であると認識していれば、もっと充実した神生じんせいを送れただろうか。


「疲れたぁ…… おやすみなさぃ……」


 薄れゆく意識の中、自分の存在を認識してくれる相手の心地よさを、互いに握った手と手を通して実感していた。




――― クラヤマ就寝中 ―――




「んっ」


 悩ましい声。漏れる吐息。これを同じ枕元で聞いたら男はどうなるだろうか。

 

 俺が目を覚ますと同じベッドで寝ていた相手は、未だ気持ちよさそうに寝息を立てている。カーテンから差し込んでくる日差しが朝の到来を告げていた。


「生きてる…… 俺…… まだ存在してるよ……」


 もちろんの事、自身の身体が透けきってしまっていないが故に認識できるのである。しかし今は互いに握り続けている手と手が、俺の存在が確立している事を認知できる一番大きい理由になっていた。


「ふふっ 本当に安心しきっている寝顔だ……」


 安堵から生まれた幸福感。それを噛みしめ、相手の輝かしい姿を見続けながら俺は昨晩の事を思い返し始めた。


「ははっ 本当にアホな展開だったなぁ」


 相手と握りあっていた手を自ら離しカーテンを開け、少し汗ばんでいた手を割れた窓に差し込んでいたバスタオルで軽く拭く。空気の入れ換えの為に窓をも開ける。


「結局ナニもしなかったな」


 色々と思うところはあったが、直接的な行動にはでなかった。

 窓からストリートを眺め、差し込んでくる太陽の光を直視。サンサンと光り輝く存在から強烈な刺激を頂き目がチカチカするが、生きている実感にもなった。


「まぶしいな…… 君は眩しい存在だよ……」


 今のところ、手を握らなくても俺の身体が不安定になる事はない。二つの要因が考えられた。


 一つ。俺を認識してくれる存在が既に起きている(意識してくれている)

 二つ。俺の認識力がある程度チャージされた(信仰力ともいえる)


「二つ目はどうかな。ある程度貯める事が出来るなら、これから安心なんだけどなぁ」


 太陽は未だ昇りきってはいない。恐らく正午まで1刻ほど余裕があるだろう。


「まだ…………起きなさそうだな」


 俺は日を背に向け、優雅な睡眠を満喫している相手に近づいていく。我慢していた欲望が、昇っていく太陽と合わせて上昇していく。


「まずは…… 一発ぅ…… げへへぇ」


 だがジャッジメントの神に三回目は無かった。


 気持ちが先走ってしまったのか、俺は足をもつれさせて相手の生殖器デリケートゾーンに頭突きで会心の一撃。


「「 うっ!? 」」


 相手は頭突きを股間に喰らった痛みに耐えかね飛び起きる。俺は頭に付いたであろう、相手の股間から染み出た先走り汁を懸命に拭いながら悲鳴を上げた。


「いやぁ!? いやぁ!? 河童アヤカシのカウパー液マシマシなんてオーダーしてないのぉ!? アタマ大盛なのぉ!?」


 しゃがみ込みながらアタマについたガマン汁を必死に拭う。河童アヤカシの声は聞こえていたが、それどころでは無かった。


「て、てめぇ…… ナニしやがるぅ…… なんで…… こ、ここに……」


 アタマについたガマン汁を拭えば拭うほどに、俺の髪と頭皮に染みこんでいく。この状況に怒り狂った俺は、しゃがみ込みの体制のまま河童アヤカシを睨み付けようと顔を上げたその瞬間―――――――


「アッ――――――――――――!!!」


 ハゲ反射リフレクション。俺は閃光弾を喰らったハイジャック犯のように身体を無意識で丸める。


 異世界太陽の光はとても眩しい。その強烈な光線ビームが開け放たれた窓から差し込み、河童アヤカシの頭部で増幅され、猛烈な光の刃となって襲ってきたのである。


「ふふっ ははっ はぁーはっはっはぁ! 辛いか? 辛いだろう? これこそ今は亡き父より伝授された目眩ましの術、その名は――――――」


 勝ち誇るような高笑いと技説明を展開するは妖怪アヤカシカーパ。苦しみ悶えている俺をあざ笑っているのだろう。


日天拳サンフィスト!!!」 


 俺は光の中でサイを投げる。


 ― Fist fuck to you! ―





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