第8話  添い寝さん


「んっ」


 悩ましい声。漏れる吐息。これを同じ枕元で聞いたら男はどうなるだろうか。

 

 俺が目を覚ますと同じベッドで寝ていた相手は、未だ気持ちよさそうに寝息を立てている。カーテンから差し込んでくる日差しが朝の到来を告げていた。


「生きてる…… 俺…… まだ存在してるよ……」


 もちろんの事、自身の身体が透けきってしまっていないが故に認識できるのである。しかし今は互いに握り続けている手と手が、俺の存在が確立している事を認知できる一番大きい理由になっていた。


「ふふっ 本当に安心しきっている寝顔だ……」


 安堵から生まれた幸福感。それを噛みしめ、相手の輝かしい姿を見続けながら俺は昨晩の事を思い返し始めた。




――― 異世界リロード中 ―――




「おやすみムン」

「おやすみなさいクラさん。お父さん」


 ムンは扉を閉め、廊下に残されるは二人。既に何か言いたそうな目をしているカーパお父様。面倒な事に発展する前に先手を打つ。


「お父様もおやすみなさい」

 

 そう言いつつ指定された部屋に滑り込みドアを閉めた。だが不穏な物言いをする父上。


「おやすみ…… 永遠にな……」 


 


――― クラヤマ遊戯中(ムン実家バージョン) ―――




「よしっ! 寝るか!」


 これから寝るとは思えないハイテンションで己に眠りを告げる。俺には間違っても賢者タイムなぞ存在しない。


「何故なら俺は賢者にはなれない……神だからだっ!」


 むしろ余計に気合が入り、くるくると落ち着きなく部屋を回る。まるで動物園にいる運動不足の動物のようでもあった。


「ふんふんふ~ん」


 抜き足差し足忍び足。

 別にムンの所へ夜這いしようとしている訳ではない。木造なので音に気を使っているのだ。


「あ~ なんとかなるもんだなぁ~ 異世界転移じんせいも~」


 鼻歌交じりでルンルン気分。ついには歌をもグングン歌う。


「にぇっ♪ にぇっ♪ にぇにぇにぇのにぇ~♪ 夜ぅ~は酒場で運動会♪ きもぉ~ちぃな♪ きもぉ~ちぃな♪ チ○ポはぁ~♪ 全開ぃ~♪ 狂喜の乱交会♪」


 ムンと二人で夜の運動会を開催ってかぁ~? もし鍵が掛かってても神にとっては朝チュン前よぉ~ げへへぇ~


 だがジャッジメントの神に三回目は無かった。


「ん……? ん!? んぅぅぅぅ~!?」


 俺の身体が雷に連続で打たれたように激しく点滅する。次第に薄くなり消え行く俺の身体。


 マジでっ!? どうしてっ!? ムンが俺を認識していてくれているハズっ!? カーパお父様は少なからず……いや、憎しみを持って強く俺を認識しているハズっ!?


「もっ もしかして…… 寝ているときは認識から外れてるとか……?」


 冷静になっているのかいないのか。全く落ち着いて考えられなかったが、一つの回答として受け入れざるを得ない。


 慌てて廊下に飛び出し、ムン部屋の前へと一直線。


「ムンっ!? ムンムンっ!? 起きてっ! 俺の存在が消えちゃうっ!?」


 だが眠りが深いのか、一向に反応はない。ドンドンと激しくドアを叩くが反応が無かった。俺は存在を賭けて言霊を放つ。


「ム―――――――――ンッ!!!」


 雄叫びの勢いに合わせるように思い切り扉が開く。だがムンの部屋でなくカーパお父様の部屋である。


「うるせぇ!!! 盛ってんじゃねぇっ!?」

「河童ぁ!?」


 あっ――――


「てめぇ!? 河童っつたかコラァ!?」


 初対面の時と同じように胸ぐらを掴むカーパ父上。あまりにも勢いよく掴まれたのと己の存在がかかっていた為、対応に遅れを取る。


「いっ いえ、河童と言った訳ではありません。(カッパ)ァ――――と叫んでしまっただけです。まさか河童だなんて言うわけがありません…… いくらそのようでも……」


 強烈に締まりつつある首元に苦しみながら、頭だけを鳥のように動かし自身の存在を確認する。どうやらカーパ父上が起きてくれたお陰で、存在を確立できているようだ。


「てめぇ!? そのようでもってなんだコラァ!? あぁ!?」

「いえいえ。アヤですよ? お父様の大好きなアヤちゃんですよ? ね?」


 ――俺よ冷静になれ。河童と言えども存在の為には必要不可欠なんだ。


「何がアヤだっ!? アレコレうるせぇんだよっ!?」


 アレコレ欲張りセットを常時オーダーしてんのはアンタだけどな? そろそろ詰めるか?


「おっとぉ……? このままですと首元に赤い輪っかが暴行の事実として残りますよ……?」

「なら、てめぇも愛娘のワイセツ未遂罪で立件してやるからなぁ?」


 ――ふっ


「お父様ぁ? それは誤解ですぅ。私は、ただただ存在が消えてしまいそうなので助けを求めに行っただけですぅ」

「お前の欲望は消えなかったみたいだな…… どうせムンの身体も求めにイッたんだろう?」


 ――くっ


「確かにイッたのは紛れもない事実ではあります。ですがそれはムンの部屋にイク前で……」

「お前は何発イッても、常時接続可能なクソ野郎。使いたい放題、快楽制プランが発動? その必要が無いの分かるか? ココじゃファックォスはお断りだFuck off」

 

 ――うっ


「いえいえ。私はベストエフォート型ですので、結果に対する責任を負わないことを定められております」

「ほう? 貴様が自ら過ちを認めるとはなぁ? ベストエフォート型なら最大の結果を得られるよう努力するって事だもんなぁ? じゃあワイセツ行為に対して最大限努力をしようと考え行動していたと解釈できるな?」


 言い負かされた俺は、インターネット掲示板のレスバトルに負けたヒキコモリのように頭を抱えて唸った。


 アッ――――――――――――!!!


 己の姿が認識されないことを良いことに、見知らぬ住人と一緒になって部屋に篭っていた日本の懐かしい思い出がまたもやよぎる。


「ま、まぁいい。ここは私が詫びよう主人マスター。イキ過ぎた行動をしてしまい大変申し訳ない」

「……大体なんなんだお前は? 存在も性質も不安定過ぎるだろ。そんな奴が愛娘の近くに突然現れたら父親はどう思う? え?」


 諭すように話し始めるカーパお父様。強固に締め上げられていた首元は解放され、俺は胸一杯に空気を吸った。


「……心配すると思います」


 ふぅ~、とカーパお父様が吐いた溜息が廊下を漂う。


「そうだろ? しかも、お前は獣の性欲を持った言わば性獣。いや淫獣」

「……そのように見えますか?」

「神がNOと言っても俺はYESと答えるな」

「……それであれば何も言えません」


 ポリポリと禿げ上がった頭をカキながら、再度溜息をつくカーパお父様。だが強ばっていた表情は少しずつ和らいでいく。


「クラヤマ、もう一度だけ聞く。ムンの部屋に行った目的は何だ?」


 まるで眼前に選択肢が現れているようだった。

 正直に答えるか、それとも嘘をつくか。俺は――――


 →(正直に言う)

  (嘘をつく)


「私は……この通り存在が不安定な種族、故あって故郷を追われた身です。この街では私の事を知っている人はいません。ムンとお父様が眠りについてしまった事により、私への意識が薄れ存在が消えてしまいそうに。慌てた私はムンの所へ行き、助けてもらおうと思いました」


 身動き一つせず黙って聞き入る父上。


「……ですが、その前にはカーパお父様が仰るように、不埒な考えをしていたのも事実です。それが嘘偽りの無い真実です。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」


 だがカーパお父様からの返答はない。俺は下げていた頭を元に戻した。

 すると――――


「そうか、よく話してくれたな。信じようじゃないか」

「信じて……くれるんですか……?」

「あぁ。お前の顔を、目を見れば分かる。お前は嘘をつくことも出来たハズだ。だがお前はそれをしなかった。信用に値する」


 あぁ…… なんて魅力的な上司なんだぁ……


「あ、ありがとうございますぅ! し、信じてもらえるなんてぇ…… お、思ってもみなくてぇ…… う、うぅ……」


 俺は感動のあまり涙腺が緩む。他人から見た自身の姿は情けないかもしれない。けれど俺の心は認められた嬉しさに満ちあふれていた。


「泣くな泣くな。さぁ、こっちだコッチ」

「あっ……」


 男らしいゴツゴツしたお父様の手が、俺の右手を掴む。

 俺は顔を拭いながら、顔を赤らめながら、逞しいお父様に手を繋がれながら階下へと導かれる。


「やはり男同士なら、しっかり話さないと駄目だな」

「そうですね!」

「俺はお前を信じた。そして俺は俺の考えも信じた。それで良いな?」

「はい!」


 これから深夜の店内で男同士の熱い飲みが始まるのだろう。心を開いた者たちが自然と酒を嗜むさま。なんて美しい光景であろうか。

 

 階段を降りきりカーパお父様と俺は気取らない足取りで、椅子の上がったテーブルをかき分け進んでいく。もうすぐ店の入口が見えてくる。もしかすると夜の街に繰り出すのかもしれない。


 俺はこれから起こる酒宴に心躍らせながら質問をぶつけてみた。


「カーパお父様は、どのようなお酒が好きなんですか?」

「俺か? そうだなぁ……」


 ピタリと足を止めるお父様。


「……その回答は来世でな?」


 ――――へ?


「ここから出てけぇぇぇぇー!!! この不安定淫獣野郎っ!!!」

 

 強烈な蹴りを喰らい深夜の異世界ストリートとご対面。猛烈な勢いで扉を閉められたが、俺の頭はパキパキにカチ開いてきた。


 クラヤマサマ、アキラメナイ。





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