第7話 お月さん
――― 月よ月よ、眩い月夜、夜を少しでいい、伸ばしてくれないか ―――
風呂上りからムンの部屋にお呼ばれしていた。部屋の中は緑と茶色を基調としたラグやカーテン、テーブルやタンスなどの家具が置かれている。
「まるで森の中にいるみたいだなぁ」
「そのようにしました」
そのようですか。
物の色合いも森のようだったが、実際に植木も所狭しと並んでいる。机の上には可愛らしい原色系の花が小さくまとまっていた。
「とても落ち着くんだけど」
天井窓から差し込む月明かりを浴びながら俺はこう思った。
山の神として認定しよう。ここは俺の第二の故郷。
「なによりです」
よりよいです。
だが俺のいた山も綺麗だった。人間が入るのを躊躇う位の自然の濃さ。そして森は恵みの場所でもある。時折入ってきた古き人間達を見守り、時に導いたりもした。
――あの時の人間たちは、自然の怖さを分かっていたよな。
むやみに立ち入る事もなく、荒らすような事はもちろん無い。動物たちもそれを分かっていて、互いの領域を侵すことは僅かだった。
――だが時代は変化した。人類は繁栄したんだ。
皆はどうしているのだろうか。山の神は女神が多い。消え行く存在の俺に、優しく問いかけたあの娘はどうだろうか。
――存在してるよな。俺より間違いなく有名だしな。
「ならいいか」
「はい? どうしました?」
「いや、故郷の事を思い出してね。それぐらい感慨ある部屋って事さ」
既に日付は変わっている。明日の仕事に差し支えないのだろうかとムンに話を振った。ムンによると、基本はランチのお弁当販売と夜の酒場メインで営業しているとの事。多少部屋が余っていたので、酔いつぶれた客などに寝床を提供していた事から、サブ的に宿泊もやり始めたらしい。
「お母さんがお出かけしているので、明日のランチ弁当はお休みですし、お昼頃までゆっくり寝てられますよ?」
「ここは居心地がいいから、ムンさえよければもう少しここにいてもいいかな?」
もちろんです、と嬉しそうに答えてくれると、こちらとしてもありがたい。何せこの異世界に来てから、まるで情報を得ていない。
いまのところ、ムンが認識してくれてるから存在出来ているけど。
それでもウサギ耳の兄ちゃんラヴィに言われた通り、今現在も存在が透き通ってる兄ちゃんのクラヤマさんである。
「そう言えば、酒場でのお客さんの支払いはカード決済が多かったよね? この街ではそれが普通なの? ずっと山にいたから世間に疎くてさ」
世間知らずの神こと俺。だが日本の情報は、ネットと都内の透明浮遊散歩であらかたマスター!
「はい。ここは東の都と呼ばれていまして、お金はポイントカードに変えられています。ほとんどの店舗にカードリーダーがありまして、ポイントカードの名前はMIYAKOです」
馬車しか走ってない中世と侮っていたな。しかしここは異世界。何かしらの違いはあるはず。
「どうやって通信してるの?」
「魔法学を応用して通信しています」
――来たぞ魔法。異世界らしくなってきた。
「……と言っても私は詳しくは分かりませんが」
大丈夫。ほとんどの人は仕組みがどうなっているかなんて知らないさ。俺が知りたいのは君の詳細な仕組みだけ。そう思って浮かんだ疑問を口にする。
「ムンはもしかして魔法使える?」
「………………」
いきなり無言!? ヤバイ!? 地雷踏んじゃった!?
俯き加減なムン。
哀愁漂う姿のムンが、悲しげなメロディと合わせて動画にアップされている情景が頭によぎる。せめてもの救いに、ここは明るいメロディで再アップし直してあげたい。
「ムン踏んじゃった♪ ムン踏んじゃった♪ ムン踏んずけちゃったら飛んでった♪」
あっ…… テンション上がり過ぎて声出しちゃった……
するとムンは表情を戻し――
「ふふっ 踏まないで下さいね?」
セーフ! ジャッジメントの神よ! 今はただ貴方に感謝します!
ムンはもう笑顔に戻っていた。そして少し考える素振りを見せながら――
「でも…… クラさんが踏んでくれたら私…… 飛べるようになるでしょうか……」
「飛べる……? ように……?」
俺の頭の中は混乱していた。まるで過剰発注かけて捌ききれない商品を前に、右往左往している営業マンと商品の置き場を考える倉庫マン。
ムンは俺に踏まれたいのか? ムンは飛びたいのか? もしかして俺に踏まれることで――――――俺は二つの考えを弾き出す。
一つ。ムンが大空を飛ぶという事。
魔法学うんぬんの話から考えられない事ではない。
二つ。ムンが性的に飛ぶという事。
性癖学うんぬんの話から考えられない事ではない。
「なる。なるさ。絶対飛べるように(性的に)」
「そ、そうですよね。飛べますよね(大空に)」
俺は真摯な目でムンを見つめる。ムンもそれを返すように視線を互いに一つにさせた。
俺は見誤ってばかりだ。なんちゃって中世の異世界だと思っていたら、思いのほか発展しているし、そこで暮らす人々だって固定された概念なんかないんだ。自由なんだ。十人十色なんだ。
――ムン。俺は君がマゾでも受け入れるよ。むしろウェルカムだよ。
気がつくとムンは手を差し出してきた。呼応するかのように手を伸ばし、ぎゅっと握手する。ムンのサラサラな手の感触が、直に触れ合っていることを嫌でも認識させる。そのままの状態でムンは話し始めた。
「実はですね…… 私、同じ種族の子達と比べると成長が遅いみたいなんです。みんな私くらいになったら精霊の力を借りて色々な事が出来るのに……」
「遅い? 成長が? そんな事はないよ。十分に成長している」
むしろ、たわわな果実が成長しきってるという事実。
「優しいですねクラさんは。でも能力も開花しないですし、身長だってこんな低いですし……」
悩める年頃なんだろう。そう俺は一人思った。
大抵、婦女子が思っているマイナスなんてプラスにしかならない事を知らない初心なムン。ウブではあるがマゾなムンとはこれいかに。
「もしよかったらさ、ムンが(性的に)飛べるようになるまで俺が付き合うよ。おはようから朝チュンまでオールタイムOKさ!」
ムンは満面の笑みで――
「嬉しいです。せっかくですから、クラさんに初めてをお見せしたいと思いましたから。それなら大空に向かって飛べた時に、一番最初に見てもらえますしね」
ん? 大空?
「もしかして飛ぶって……空を飛ぶこと……?」
ムンは顔を傾げながら人差し指を顎に当てて……
「? そうですけど?」
セーフ! ジャッジメントの神よ! 今はただ貴方に感謝します!
「オホン! 気にしないでくれ、ただの確認だ。色々あって話を変えるけどムンの種族って?」
「妖精族ですね。ここ東の都には色々な種族の方が住んでいますが、妖精族は少ないんです。クラさんのように自然と一緒になって住んでいるのが普通ですね」
「お父様とお母様もかい?」
はい。と頷くムン。
だが俺は疑念を抱いた。妖精とは思えない風体のカーパ父上。特に頭上。
「実はクラさんに妖精族だって伝えたくなかったんです。お空も飛べないですし、何も出来ないですから……」
少しではあるが、気落ちしたように伝えるムン。それを見て俺は――
「何も出来ないなんて事はない。実家の手伝いだってしてるし、俺はムンがお客さんと親しげに話す様を見て、すごいと思ったよ。それに俺の事を助けてくれたのはムンだ。感謝してもしきれないよ」
「クラさん……」
「ムン……」
俺は考えていた。いやらしい事ではない。ムンに俺が日本の神である事を伝えるなら今だと。ムンだって伝えたくなかった事を俺に伝えてくれたんだ。
「ムン実は――――」
俺は立ち上がる。伝える為に。そのままムンの自室をドア付近まで歩き言葉を告げた。
「カーパお父様? 何用ですか?」
「ギクリ!?」
「擬音語を発声したのは、長い
「お父さん? そこにいるの?」
愛娘の問いかけにも応じず、そろりそろりと廊下を移動する音だけが室内に響く。
俺は勢いよくドアを開けた。そこには何故か頭を隠したカーパお父様が存在していた。ムンも一緒に廊下を覗きに来た。
「どうしました? こんな夜更けに?」
「それはコッチのセリフだっ! 一体こんな時間までナニをしているっ!?」
「お話していたんだよクラさんと」
まだナニもしていません。
「いいか娘よ? もう遅い時間だ。襲い掛かられる可能性も肯定しか出来ない」
こいつ…… 俺様を何だと思ってやがる……
だが河童の言うとおり遅い時間である事は確かだ。ムンはまだ元気そうであるが、俺は多少疲れてもいたのも事実なので素直に従うことにする。
「分かりました今日はお開きにします。ムン。色々とありがとうな」
「いえいえ。こちらこそです」
「「 ふふっ 」」
二人同時に笑い合う。それを見ていたカーパお父様はハゲ
「おやすみムン」
「おやすみなさいクラさん。お父さん」
ムンは扉を閉め、廊下に残されるは二人。既に何か言いたそうな目をしているカーパお父様。面倒な事に発展する前に先手を打つ。
「お父様もおやすみなさい」
そう言いつつ指定された部屋に滑り込みドアを閉めた。だが不穏な物言いをする父上。
「おやすみ…… 永遠にな……」
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