第5話  居酒屋さん


 ムンチチの叱責はあれからも続いていたが、心配になってやって来たムンに救われ、今のムンチチと俺の関係はとりあえず平穏。だが酒場の中は混沌としていた。

 この街では人気店なのか、夕方過ぎから多くの人で賑わっている。いや、人と言ってよいのか甚だ疑問ではあった。


「獣人、エルフ、オーク、ドワーフ、人気種族のオンパレードだな」


 テーブルにある空いた皿を回収しながら、そう呟く。


「そこの透き通ってる兄ちゃん! ラガービールでもエールでもいいから、どっちか持ってきて!」


 ――くっ 透き通ってないもん!


 ウサギ耳の獣人(男)からオーダーを受けて、上司の下へ小走りで向かう。無論カーパお父様の事である。


「ビールとエールお願いします!」

「あいよ! 先にコレ持って行ってくれ!」


 山盛りの唐辛子の中に鶏肉のから揚げが隠されている。唐辛子の風味がついた味を想像しつつ配膳を行う。料理を置いた先から空ジョッキを回収し、新しく満たされた二つのジョッキを先ほどのテーブルへと運ぶという、一連の動作を流れるように行う。


「おい兄ちゃん! ラガービールかエールどっちかっつったろ!?」


 ――ミスったならリカバリー。


「申し訳ございません。お客様はとてもお酒に強い方とお見受け致します。あちらに見える女性も、お客様の雄姿を感じておられるようですよ?」


 チラリと相手の女性を伺うウサギ耳の青年。二人の目線に気がついたのか、こちらに振り向く女性。その瞬間にウサギ耳の青年に見えないように、さりげなく手を振る俺。そして律儀に手を振り返す出来た女性。


「んっ そういう事なら頂こうか…… むふふぅ~」


 こいつモテなさそうだなぁ。


 既に女性はこちらを見ていないのだが、ウサギ耳の青年は格好つけるように一度立ち上がり、ジョッキの中身を一気した。


「ふぅ……。おい、兄ちゃんよく教えてくれた。俺はラヴィ。あんたの名前は?」

「クラヤマと申します。以後お見知りおきを」


 だが信仰営業はかける。例えモテなさそうでも。


「兄ちゃんはなんで透き通ってんだ? そういう種族?」

「私は少々特殊な種族でして詳細は省きますが、皆に頼りにされたり、存在を信じて頂くともっとハッキリクッキリ見えます。どうかよろしくお願いします」


 ラヴィと名乗るウサギ耳の青年は、もう一つのジョッキに軽く口を付け、俺の姿を注意深く視認する。


「へ~ 珍しい種族だな~ まぁ借りがあるからな。あんたの事は信じるよ。間違いなく存在してるしな!」


 ――嬉しかった。同姓に認められたのは初めてかもしれない。よしんばモテないウサギ青年であったとしても。


「ありがとうございます。ほんとうに……本当に……うぅぅ…………」


 ラヴィの気持ちが信仰心となり俺に届いたのか、先ほどより己の姿が安定する。それを見たラヴィは驚きながらも俺の存在を労ってくれた。


「マジで見やすくなったわ。でも大変な種族だなぁ……けどヘコたれないで頑張れよ!」


 ――あぁ神よ。どうかこの青年をモテさせてあげて下さい。このままでは彼の善行は報われません絶対に。




 ――― お仕事中(居酒屋バージョン) ―――




 ある時に伝説の勇者はこう言った。終わりのない戦いを恐れはしないと。希望は果てることは無いと。だがそれは混沌に満ち溢れているこの世界でも言えるのだろうか。


「お前この酒場でも同じこと言えんの?」


 積み上げられた皿がまるで魔王城のように君臨していた。その周りにはジョッキ軍ならぬジョッキ郡。


「だがこれもまた一興!」


 俺に必要だったのはこういった何気ない事なんだ。神が人間のよう振舞うのは新鮮な気持ちであった。

 夕食の時間帯は既に超え、ピークは間違いなく去った。時々に酒の追加オーダーが入るだけだったので、俺は食器洗いに専念し始めた。


「お待たせしました~」


 ムンの愛嬌ある声と共に、ジョッキがテーブルに置かれる。常連なのか、ムンと世間話をし始めていた。ムンも常連さんも朗らかな笑みを浮かべ談笑している。暖かい雰囲気がその場を照らしていた。


 気が利くし性格もいい。とてもいい奥さんになりそうだ。そう考えていると――


「クラヤマ君? ちょっと裏に来てもらえるかな?」

「はい。ファーザー」


 ファーザーと言った瞬間、白目をむいて新しい威嚇を披露する、エンターテイナーお父様である。


 外はもう暗い。だが月は確実に上がっていく。裏口を出て対面する俺とムンチチ。この二人のテンションも確実に上がっていく。


「私の大事な大事な娘を、目で犯さないでくれるかな? オーナーの迷惑になる」


 オーナー兼店長の要点をまとめた簡潔な物言い。直球だが分かりやすい。すばらしき上司である。


「今回は理解しました」

「分かればいい」


 まだ山のようにある食器やジョッキを洗浄しなくてはならない。これからが俺の戦場。用事は済んだと思い店内に戻ろうとすると――


「おいっ!? ナニ勝手に戻ろうとしているっ!? まだ話は終わっていないだろうっ!?」


 左様でございますか。


「大体なぁ!? 上司より先に戻ろうとする根性が気に食わん!」

「ではお先にどうぞ」


 俺がそう言った瞬間、カーパ・ファーザーの飛行機みたいな両主翼サイドヘアーがいきり立った。もちろん彼の精神もいきり立つ。


「そういう事を言ってるんじゃないっ!? コレくらい分からないのかねっ!?」


 じゃあどういう事を言ってるんですかね? 

 

 ……と喉元まで出かかったが、こういった上司の場合、余計な言葉は火に油である。既に燃え上がったカーパお父様に、油をマシマシしてはならない。


 頭部もテカテカしてるからな。これ以上の増しは自殺行為で相手は焼身。


「じゃあ、どういう事を言ってるんですか?」


 分かってはいながらも、不当な扱いに耐え切れなかった俺は彼の頭に油を差す。


「最近の若いもんはよぉ……コレっつったらコレなんだよ!? 上司がコレっつったらコレだ!!!」


 このようになります。


 それからもムンチチは決壊したダムの勢いのように、矢継ぎ早にまくし立てていく。俯き反省しているフリをしながら、地面にいるアリの並びを眺め時間を潰していく。


 おっ さっきの頑張り屋さんだな。飯食ってお腹いっぱいになったか?


「聞いているのかねっ!?」


 長い叱責の場合、どこで息を抜くのかが勝負になる。ずっと真剣に聞いていても中身のない上司の場合、話の中身も無い。だが時折くる質問や傾聴確認のための予防線を張らなくてはならない。


 簡単な事さ。比較的発言の多い単語を覚えておけば、それが上司にとってのキーワード。これで切り抜ける。


「はい。コレですね」

「コレとはどういう意味だっ!? なんなんだねその答えは!?」


 それはこっちのセリフだ。お前さっき言ってたろ?


「馬鹿にしているのかねっ!? コレってどういう事なんだ!? あぁ!?」

「お言葉ですが――」

「口を挟むんじゃないっ!!!」


 くっ…… こいつ……


 俺は再度うつむいてアリの行列を見る。衝動に駆られた己の情けない弱さを噛み締める。


 ――お前たちは文句も言わず頑張っているんだよな。けど俺はもう負けそうだよ。うぅ。


 だが神は見捨てなかった。そして俺も神だった。


「お父さ~ん。オーダー入ったよ~」


 その乳神様チチガミサマの御名はムン。


「どうしたのお父さん? クラさんも?」


 裏につながる勝手口を開けたまま、こちらを見据えるムン。キョトンとした顔が月明かりに照らされ、ふんわりとした気持ちになる。


「い、いや、なんでもないんだ。社会ってモノを若輩者に教授していただけだよ? そうだね?」


 ムンチチは媚びる様な仕草でそう話す。だが俺はふて腐れるようにそっぽを向いて無言を貫く。


「不審者だと思って優しくしてりゃあつけあがりやがって! このやろおぉぉぉ!!!」

「本性を現したなっ! この河童妖怪アヤカシめぇ!? 神の名の元に呪ってやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 ――先ほどのように、間にムンが割って入る。


「喧嘩する時もあると思います。けど、程ほどにして下さい」

「「 はい 」」


 この時だけは二人の心は通じ合った。だがそれも一瞬だ。妖怪カーパは、こちらに聞こえるくらいの声で煽り出す。


「(今どんな気持ちぃ~? ねぇ? 娘に怒られてどんな気持ちぃ~?)」


 気持ちぃ!!!  


 俺は思いっきりニヤケ顔で煽り返す。煽り耐性のないムンチチは瞬間湯沸かし器のように一瞬で熱くなった言葉を垂れ流す。


「てめぇ!? その気持ちよさそうな顔やめろっ! あぁ!?」


 俺はこの瞬間に勝ちを拾い、その価値すらも見出した。

 

「申し訳ございません…… 本当に本当に申し訳ございません…… どうか、どうか私を追い出さないで下さい……  非礼があったならお詫びしますから…… あぁぁ……神よぉぉぉ……」


 冷静にこれからの言葉を紡いだ。


「どういう事なのお父さん? クラさんを追い出すって?」


 そしムンは俺を繋いだ。


「ち、違うんだムンよ!? 聞くんだ娘よ!? この不審者は――」

「不審者から救ってくれたのがクラさん。まだ何もお礼してないんだよ? それに一緒になってお店の手伝いもしてくれてる。どうしてそんな酷いこと言うの?」


 げへへ。


「娘よ見なさいっ!? あの性根の腐った禍々しい顔をっ!?」


 ふんっ。神が貴様に遅れを取るような事はない。


 俺が妙な顔と心情になったのは刹那という時間。既にマイ脳へ、悲しげモードに変更申請 → 許可 → 実行済みだ。


「もういいよお父さん。オーダーが入ってるからお願いね。行きましょうクラさん。お父さんの事は本当にごめんなさい」


 ムンの魅力的な香りを追うようにして店内に戻る。その途中ムンチチに向かって、気持ち悪いほどの笑顔と舌を左上に出し唇を舐めた。合わせてダブルピースをするが、無論のこと手の甲は相手側にして煽りを強化した。


「ハハッ」

 

 思わず漏れた俺の笑いが、ムンチチの心を強打し絶叫へと誘う。


「アッ――――――――――――!!!」





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