日常
この学校の校舎には本館と特別棟を行き来する渡り廊下が1階と3階にあり、3階の渡り廊下にはお昼を食べるためのスペースがあるのだ。
そこにはパラソル付きベンチ4カ所ほど設置してある。
僕、
何でこんなパラソルが飾りでしかない場所でお昼を食べているのかというと、ここは基本的に誰も近寄らないからだ。
普通の人がこの場に長時間いると脱水症状とか気を付けないと危険な気温だけど、僕たちならこのぐらいならまだ余裕がある。
ここでお昼を食べることは別に問題ではないんだが、買ってきたばかりのジュースがすでに冷たくないというのは勘弁してほしい。
購買で買ってきた冷やし中華もまったく冷たくないし。むしろぬるいし。
何か対策はないかと考えていると和人のスマホが振動した。
一回で止まったからメールかな?
「あ、愛華ちゃんからだ」
「なんだって?」
先ほど選択科目のダンジョン学科を教えてくれていた先生だ。
授業を教える姿はとても凛々しくい。
生徒の中にもファンが多い。
だが、愛華ちゃんファンが好きなところは慌てたり、気を抜いたりすると子供らしい行動をしてしまうところだ。
身振り手振りで伝えようとしたり、擬音語を多用してしまう。
彼女の名言が『ニャーさんがニャーニャー鳴いていた』と言うのがある。
訳せば『猫が鳴いていた』と言いたいのは分かったが、その現場にいた人たちは意味がしばらく分からなかったらしい。
つまりは愛華ちゃんの魅力はギャップなのだ!
と、和人が熱く語ってた。
俺もそう思うけどね。
「えっと。『なんで授業中にふざけるの? 私の授業つまらないのかな? なんだったら和人くんに授業の代役を頼もうかな? 助っ人で真守くんにもお願いしようかな?』ってガチギレ寸前だな」
「僕までとばっちりじゃないか! 今すぐ謝れ!」
「そ、そうだな」
それから数回のメールのやり取りをして無事に許してもらえた。
なんで僕が教鞭を執らないといけないんだ。
「あははは。愛華ちゃんマジギレだよ。マジ、ウケるわ」
そう言って爆笑し始める和人。
「もっとしっかりしろよ。お前は潜ってる時とキャラが違い過ぎるんだよ」
「お前に言われたくねーよ。学校だと猫かぶりやがって」
「かぶってねーよ!」
僕は穏便に学校生活を送りたいんだよ。
「あ、そいえばさっきのメールで愛華ちゃんが『
「またか」
どこで何をしているのやら。
「あいつは俺の方で連絡しておくよ」
「任せた。リーダー」
「おうよ!」
まったく。
チャラいって訳じゃないけど、いつもふざけているのにここぞって時にはカッコイイ顔するんだからな~。
解せぬ。
「それで土曜日はどうだったんだ?」
「何が?」
「愛華ちゃんと潜ったんだろう?」
「そうだよ。僕と愛華さん、
「おぉ~。お前、ハーレム状態だな。ん?」
何を言っているのだろうか。
冗談と分かってても顔が少しイラっとする。
「愛華さんに反省していなかったってメールするか」
「ストップ! ソーリー! それだけは!」
調子のいい奴だ。
「まったく」
「それで? 何階まで行ったんだ? アレを使ったのか?」
「いや、アレは使わなかったよ。さすがにタンク2人とアタッカー2人で分けたら深くは行けないよ」
「それじゃ3階くらいか」
「正解。さすがだな」
僕は基本的に攻守どっちも出来るから仲間のバランスを取る形で変えられるけど、愛華さんと実里はバリバリのアタッカーだから替えはきかない。
知郡さんは一応はタンクは出来るけど、まだまだ危なっかしいところもあるし、そのくらいの深さが妥当だろう。
遊撃かサポーターかピンポイントアタッカーの誰かが一人でもいればもう一階層深く潜っても良かったんだけどね。
「【イバダン】は2階がネックだから俺ならさっさと3階に行くな」
「僕も同じことを思ったよ。アイツ、剣系と相性悪いし」
「人気のメイン武器を潰しにかかるって初心者には辛いよな」
ダンジョンには数々の武器が存在し、自分の戦闘スタイルをちゃんと認識して武器を選ぶ事が何よりも重要である。
カッコイイからって理由で武器を選ぶと後々に後悔することになるのだ。
「真守。今日はどうする?」
「行くよ」
「お! なら今日は一緒に行こうぜ」
「分かった。みんなに連絡は任せた」
「おうよ!」
和人と潜るとなると僕がタンクかな?
「和人。タックとアタッカー、どっちやる?」
「ん? 俺がアタッカーの方が良いだろ」
「そうだよな」
なら、ほかに誰が来るかだよな。
「愛華ちゃんは学校の仕事で多分無理だろうな」
「あ~体育祭の準備か」
6月の2週目の土曜に体育祭があるからその準備などがあるんだろうな。
大変だな~。
「同じ理由で知郡ちゃんもダメだな」
「あの人も忙しいよな」
土曜日にも愚痴を言ってたしな。
「実里はどうだろうな。アイツは部活か?」
「土曜日に練習あるか聞いとけば良かったな」
「問題ないって」
と、なると残るは龍谷か。
連絡付くかな?
「なぁ。真守」
「ん、どうした?」
急に笑顔が消え、潜る時の雰囲気を出し始める。
「お前から見て俺たちのパーティーは10階に行けそうか?」
「……」
目からも本気が伝わる。
本当にギャップがあるな。
まぁそれだけ本気ってことだから悪いことじゃない。
「行けるだけの力はあるよ。ただ、苦戦はするだろうな。最悪な場合を想定するなら……2~3人は重傷か死ぬだろうな」
「……それはお前が本気を出してもってことか?」
コイツの中の僕は一体どんだけ強い奴だと思っているんだ。
「何度も言っているが、お前は僕を過剰評価し過ぎだ。僕の力は所詮は1人力に過ぎない。たしかに皆よりは技術面では一歩先にいるかもしれないけど、ダンジョンはチーム戦だ。僕が出しゃばってもいい結果になる訳じゃないんだ」
「そう……だよな。すまん」
何を急いでいるんだか。
「良いか、和人。〈ダンジョンで死ぬ事が冒険者として一番の恥〉なんだぞ」
「あぁ……」
気まずいのか、頭をかいて顔を伏せてしまった。
気持ち寂しそうな気配がする。
そういえば、僕にもこんな時期があったな。
「和人」
「ん?」
「焦る気持ちは僕にも分かる。原因は分からんが、僕にも、その、なんだ。似たような時期があったからな。えっと、あまり気にするなよ」
うまく言葉が出ない。
ここでスラスラと慰める言葉が出せれば良いのだが。
「もしかして慰めてるのか?」
「あ、いや。すまない」
何で謝ったのか分からないが、流れ的に謝ってしまった。
「ふっ。ふふふ。あはははは! お前、それで慰めてんのかよ! 下手くそにも程があるだろ!」
「人が慰めてるのに何で爆笑してんだよ!」
コイツ、僕をおちょくってるのか?
「いや、元気が出たよ。ありがとうな、真守」
「ふ、ふん」
素直にお礼なんてすんなよ。
こそばゆいな。
と、学校のチャイムの音が鳴った。
昼は終わりか。
「あれ? 次の授業って体育じゃなかったか?」
「ヤバ! 着替えてグラウンドに向かわないと!」
僕と和人は急いで片付けてダッシュで教室に向かう。
渡り廊下から教室まで地味に遠いんだよな。
「ショートカットするか?」
和人の提案に迷う。
ショートカットすれば間に合うが、バレたら怒られる。
だが、授業に遅れても怒られる。
むむむぅ~。
「よし。ショートカットしよう!」
「おっしゃ! 1階に飛び降りればすぐに教室だから窓から降りるぞ」
「了解」
僕たちは窓に近づき、いつものように周囲の確認をする。
「右、上クリア」
「左、下クリア。オールクリア」
「降下」
和人の降下の言葉を合図に飛び降り、なるべく着地の音がしないように着地をする。
和人も物音を立てなかった。
目算で8メートルぐらいだったから問題ない。
「よし。教室はすぐそこだ」
「間に合うぞ!」
急いで窓から学校に入る。
「コラ! そこに2人! 待ちなさい!」
後ろから不意に声をかけられた。
まずい、先生に見つかった。
「今、上から飛び降りたのが見えたのだけど?」
「すいません!」
振り向くと同時に謝った。
和人、お前も早く謝るんだ。
チラっと和人を見ると呆れた顔をしていた。
何故だろうと、下げている頭を上げるとそこには知郡さんが笑顔で立っていた。
「何だ。知郡ちゃんかよ。驚かすなよ」
「和人くん。学校では私の事は先輩と付けてもらいたいのが?」
「へいへい。生徒副会長知郡先輩」
「ははは。冗談だよ。和人くん」
どうやら僕たちに声をかけたのは先生ではなかった。
僕たちより1つ年上で生徒会の副生徒会長だ。
「いきなり声をかけられてビックリしましたよ。知郡さん」
「いやいや。外を眺めていたら人が降ってきたのを目撃した私の気持ちにもなってくれ、生きた心地がしなかったよ」
屋上から飛び降りたとか思ったのかな?
確かにそれは悪いことをしてしまった。
「まったく、髪がボサボサじゃないか」
そう言って知郡さんは僕の髪を手櫛で整えてくれる。
少し恥ずかしいがとても優しい人だ。
ほのかに知郡さんの優しい香りして落ち着くな。
「これでよし。ほら、急いでいるんだろう? 次やる時は気配もちゃんと消して飛び降りなさい」
「あ、はい」
「そんな事を言っていいのかよ。まったく」
和人はブツクサ言っていたが、僕はお礼を言ってその場を後にした。
体育はアウトだったが、怒られる事はなかった。
肝心の先生が遅れてきたのだ。
なんでも体育の先生が生徒会副会長と少し話が長引いてしまったのだとか。
あの人には後でお礼のメールをしようとストレッチを一緒にしていた和人と話して決めたのであった。
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