第85話 感情 ~ Caterpillar II
校門の前には、学校関係者を取材しようとマスコミが群がっているらしい。なので、ナナリーの家に一度集まることになった。
彼女の家なら駅から近いし、プレさんたちにも都合がいいだろうとのことだ。
皆が集まった段階で、まずは有里朱の口から、ロリスや千葉孝義の件が話された。言葉が足らないところはプレさんが補足してくれたので、皆も理解が早かったのかもしれない。
「ごめんね。あっちゃん」と抱きつくかなめに、「孝允って人もアリスそのものだったんだね」と納得するナナリー、それから「本当にチバタカヨシって存在してたんだ」と呆け顔のミドリー、そして央佳ちゃんは「アリスセンパイパネェっす!」と意味不明に関心していた。
まあ、百合っぽい展開があったがそこは省く。
その後の議題はもちろん、殺された柏先生のことだ。
「ネットニュースだと、殺されたってくらいしか載ってないんだよね」
とミドリーがそう呟き、ナナリーも「七璃はあんまり馴染みのない先生だから、殺されたって聞かされてもピンとこない」とこぼす。
柏
三年生になって選択科目に倫理をとらなければ、まったく関わる事もない教師である。実際のところ、ナナリーも央佳ちゃんも「誰それ?」って感じだった。
とはいえ、有里朱は一度だけこの教師と話したことがある。あれは、去年の話。自殺未遂の直後で、俺もあまり状況を理解していなかった時のこと。
わりと落ち着いていて優しげな教師だったような気もするが、殺されたということは誰かに恨みでも抱かれていたのだろうか?
あの時、彼に何かを手伝わされたが、それ以降はまったく関わりはなかったといっていい。向こうも有里朱のことは覚えていないだろう。
『そういや、有里朱。去年、駅前で先生を見かけたって言ってなかったか?』
俺は彼女へと問いかける。去年からずっと気になっていたことだ。
「去年?」
『ほら、ナナリーの自殺を止めて東浦和まで帰ってきただろ? 彼女と別れた後に駅前で柏先生を見つけたっておまえは言ってた』
「……ああ、そういえばそんなことを」
『その時、隣に女の子がいるっていってなかったか?』
「うん、けど、ちらっとしか見てないよ。たしかうちの制服だったと思うけど……」
『他に覚えているものはないか?』
「なんで?」
『プレさんからの情報だと柏先生は独身でかなり真面目らしい。付き合っている女性もいなかったという話だ。それに金遣いも荒くなかったようだから、風俗とか援交に手をだしているようには思えない』
「生徒から相談を受けたんじゃないの?」
『そうかもしれん。だけど、気になるんだ』
まさか高校生相手に恋愛感情を抱いていたなんて、どこかの安っぽいドラマにでもありそうだが。そして痴情のもつれで殺された、とまで来たらそれこそ低予算のサスペンスだ。
「うーん、そうだね。薄暗くて顔はあんまり見えてなかったから、誰だってのはわからないよ。けど……メガネ……メガネをかけてたくらいかな」
視線は真正面にいるプレさんに向く。とはいえ、彼女じゃないことは確かだ。メガネをかけた女生徒なんていくらでもいる。
そういや、彼女を【J】と疑ったこともあったっけな。
『あまり有用な情報じゃないな』
「しかたないでしょ!」
と、有里朱がむくれたので、それをフォローするようにロリスがこう言った。
『まあ、仕方ないんじゃないか。視界や記憶にも限界はある』
ノートPCを持ち込んだプレさんが、得意のクラッキングで警察のデータベースにアクセスしているようだが、これは見ないフリをするべきか。
「遺体の状況がわかったよ。現場は、自宅アパート。四肢は切断。それも生きたままだそうだ。しかも、鍵はかけられていて密室殺人ともいえる」
プレさんのその発言に、央佳ちゃんが「うへぇ」と顔を歪ませる。
「密室なんて推理小説みたいだね。七璃なんかワクワクしてきた」
央佳ちゃんとは正反対に、ナナリーはニンマリと語る。創作意欲を刺激されたのだろうか。もともと物語とか好きな子だからな。
だが、プレさんはそんな彼女の言葉をバッサリ切る。
「ただし、ボクたちはその謎解きには参加する必要はない」
ミドリーは、隣のナナリーに「うちら探偵ちゃうわ!」とツッコミを入れていた。
さらにプレさんは言葉を付け足す。
「考えなきゃいけないのは、柏先生と【J】との関係だ」
「やっぱり関係あるの?」とかなめ。そういう考えにたどり着くのは、松戸美園の件や央佳ちゃんへのいじめの件、その他もろもろの事情を知っているからだろう。
その時、ピコンっとプレさんの持つノートPCがメールの着信音を鳴らす。
「おや、千葉孝義から頼んでいたものの資料が届いたようだ」
ロリスが有里朱の状況を彼に話していたおかげで、彼も【J】の件について調べていたようだ。
「見せて」
有里朱が近づき、その液晶画面を除く。
「どれどれ」
「七璃にも見せて」
好奇心旺盛な二人も寄ってきた。
メールには、三年前に市内の中学校で女生徒が飛び降り自殺を行った事件の新聞記事やネットニュースの画像データ。そして、師匠の知人であるその中学の教師からの、事件当日の証言が事細かに書かれていた。事件のあと、学校内で聞き取り調査を行ったようだ。
これは、警察というより、教育委員会に報告するためであろう。
そして師匠が推測するには、この事件は自殺ではないとのことだ。たしかに屋上に鍵はかかっていたが、非常階段にハシゴをかければ屋上には簡単に出入りが可能な構造だったという。
似たような感じで、俺はロープで屋上に上がってたからな。密閉された空間でない以上、そこは密室ではないのだ。
そして師匠の知人の教師が集めた情報からは一つの違和感が浮かび上がる。
証言者の生徒たちが不自然に松戸美園の仕業じゃないかと仄めかすのだ。もちろん、彼女にはアリバイもあり、警察もそれを把握していた。だからこそ、自殺として処理をされたのだ。
これは何かの誘導なのか?
「柏先生と、この自殺した生徒はどんな関係があるの?」
有里朱がプレさんにそう聞く。
「柏先生は四年前、ここの中学校で国語の教師だった。だが二年前、中学教師の職を辞めて、この学校に再就職してきた。倫理の教師として」
まるで誰かを追ってきたようじゃないか。ストーカーだとしたらタチが悪いが、そんな安易な理由じゃないだろう。
「あ、それでこの自殺の件の資料を送ってもらったのね。けどそんなに簡単に高校教師になれるの?」
「彼はこの学園の理事長の親類だ。コネでどうとてもなるだろう」
「ということは、中学の時の事件のことも知ってるんじゃないの?」
「ああ、そうだ。彼も流山空美を校内で見かけたうちの一人だ」
そこでナナリーがぐいと身を乗り出す。
「まさか、柏先生が流山さんを殺して、恨みを買った流山さんの霊に殺されたとかいうオチはないよね?」
「ナナリン。さすがにそれはないわぁ。脳みそ腐ってるんじゃないか?」
彼女のボケへのツッコミはミドリーの役目のようだ。
「けど、何か関連はあるかもしれないよ。それにわたし腐女子じゃないよGL専門だから頭の中はお姫さまなんだよ!」」
「だからさすがに幽霊は飛躍しすぎでしょ? つうか、お姫さまってなんだよ? 単なる百合豚だろうが」
ミドリーとナナリーが訳のわからん喧嘩を始めたので、プレさんが冷静な言葉でこう切り出す。
「だが、流山空見と柏英重朗はなんらかの関係があるはずだ。だからこそ千葉孝義はこの情報を送ってきた」
プレさんは右手の中指でメガネのフレームに触れて位置を直すような仕草をする。
「結局、松戸美園が潰れたからうやむやになったけど。あれって、やっぱりきちんと調べなきゃいけなかったんじゃないの?」
ミドリーも近づいてきてメールの内容を読み始めた。
「ミドリンはさ。その……この事件を知ってるんだよね?」
ナナリーが、デリケートな話題ということで慎重に彼女に問いかける。彼女は流山空見と同じ中学なのだ。
「だいたいのあらましはね。でもさ、あたしは部外者だったし、それほど詳しいわけじゃないよ」
「ねぇ、みどりさん。この自殺したとされる子って、どんな子だったの? この孝義さんの知人の教師の話だと、『おとなしい』って書いてあるけど」
かなめが、そうミドリーに質問する。
「話したことはないよ。けど、あくまであたしの印象だと『おとなしい』とはちょっと違うかな」
「違うの?」
「どっちかというと『感情がない』だね」
背筋がぞっとする感覚は、有里朱と共有できた。すでに亡くなった子だというのに、薄ら寒さを感じる。
「サイコパス」
プレさんがそう告げた。それは俺も同時に感じたこと。直感的な何かが、心の警鐘を鳴らす。
それは波乱の予感を指し示すものでもあった。
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