第83話 シンクロナイズ ~ Lolice 【田中央美視点】
目の前で鮮やかな大捕物が始まる。
アリスや謎の男の人が捕まえた監禁犯を、到着した警察官が次々と確保していく。中に取り残された一年一組の生徒達も無事保護された。
この後、ボクたちは到着した
誤魔化すべきところは誤魔化す。クラッキングに関してはまともに話せるわけがなかった。アリスも余計なことを言ってなければいいが。
ボクがウンザリしなが車を降りると、そこにはにこやかな笑顔のアリスと謎の男の人がいた。
ボクは見ていただけだから、なんとか誤魔化したけど、アリスはどうやって警察の細かな事情聴取を逃れたのか。あの子、半分パニクっていたから、うまく答えられなかったと思うのだけど。
「プレザンスさん、大丈夫? お疲れ気味だけど」
何か違和感を覚えるアリスのその言葉。
「ああ、大丈夫だ。寝不足がまだ解消されてないからね。それよりも、そちらは」
ボクは謎の男へと視線を向ける。中肉中背の二十代後半から三十代前半くらいの男。髪型も顔も取り立てて特徴的ではない。ミドリーあたりなら、フツメンと称すだろう。
こんな印象をボクが持つのも、ボクが男に対してあまり興味がないせいかもしれない。
「ああ、リアルでは“はじめまして”だな。僕はチバタカヨシだ」
今、この人はなんて言った? チバタカヨシだと?
「ちょっと待ってくれ。チバタカヨシというと、あのアリスの中のイマジナリーフレンドか?」
「プレザンスさん。どこかで落ち着いて話しましょうか。立ち話もなんですから」
アリスがニコリと笑うと、くるりと背を向け歩き出す。
謎の男、チバタカヨシもそれに続く。この男がアリスの中に入っていたというあのチバタカヨシなのか?
混乱する。そして自分の中で推測していた彼の正体が崩壊していく。チバタカヨシは単なるアリスの妄想かイマジナリーフレンドだと思っていたのに……まさか実在していたとは。
ボクたちは数十メートル離れた所にある「珈琲と食事の店」と看板に書かれた、昔ながらの喫茶店にへと入った。
中に入ると、開店四十周年と書かれPOPが見える。チェーン店でもなく、地元の古い店らしい。
人も少ないし、落ち着いた雰囲気だ。なるほど、静かに話をするにはファミリーレストランなどより適しているのかもしれない。
席に着くと二人はカフェオ・レを頼む。ボクも同じものを頼んだ。
しばらくの間、二人を観察する。小声で何か相談しあっていた。なんだか緊張感が押し寄せてくる。これほど神経が張り詰めたのは久しぶりかもしれない。
「話を聞かせてくれるんだよね?」
余りに緊張しすぎて、ようやく出た言葉。ボクは対面に座る二人の顔を交互に見る。
「そんなに警戒しなくてもいいんだけどな」
男が苦笑したように呟き、それに隣のアリスが補足する。
「まあ、しょうがないんじゃない? 事情が事情だし、アリスはまだ眠っているもの」
アリスが眠っている? どういうことだ?
「ボクは、チバタカヨシが目覚めないと、アリスから聞いたが」
「うーん、タカヨシは目覚めてるんだけど……そっか、まどろっこしいね」
アリスが困惑した表情で、隣にいる男に助けを求めるように視線を投げかけた。
「一つ一つ事実を話していけばいい。プレザンスさんは論理的な思考を持っている。その方が手っ取り早いだろう」
「うん、わかった」
彼にそう返事をするアリスは、ボクに向き直るとこう言った。
「あのね。ワタシはアリスであって、アリスじゃないの。名乗るならロリスかな」
ロリス?
そこで脳内の歯車が噛み合う。そういえばかなめから聞いたことがあった。千葉孝允はもう一つの人格として、初めはロリーナと名乗っていたことを。
ということはロリーナのアリスってことか? そうなると妄想でもイマジナリーフレンドでもない。多重人格の一つか。
「別人格?」
「そうだよ。もともと美浜有里朱の中には二つの人格があったの」
「いつから?」
「そうね。物心ついた時からかな? それが別人格だって気付いたのはタカヨシさんに会ったときね。あ、このタカヨシは隣にいるこの人だよ」
アリスは慌てて、隣にいる男を指差す。
「そう、僕の名前はチバタカヨシだ。苗字は千葉県の千葉、タカヨシは、考えるに正義の義だ」
千葉孝義……あれ? 違う。ボクがアリスから聞いたのは……。
「木戸孝允の孝允じゃないのか?」
「それはロリスのイマジナリーフレンドだ」
と、男が答えた。なんだか、頭が混乱してくる。これは状況の整理が必要か。
そんな表情を読み取ったのか、今度はアリスの方が話し出す。
「混乱してるね。初めから話した方がいいかな。ワタシはアリスの交代人格。冷静沈着なワタシと、泣き虫だけど情が深いアリスに分かれているの。といっても、主人格はアリスの方なんだけどね」
さらに千葉孝義がその言葉に補足する。
「僕がロリスと出会ったのは、大学時代にボランティアで病院に行った時だ。その時はロリスが主として現れてたみたいだけどな」
「幼いワタシは孤独を感じていたの。アリスには友達がいるのに自分には出来ない。その事で悩んでいたんだと思う。その頃は頻繁に入れ替わっていたから、母親も怖がっていたのよ」
だから、美浜有里朱の母親は子供に対して冷たい態度をとるのか。コントロールしにくいロリスを抑えるために、厳しい躾をしていたのか。
「でね。彼に聞いたの。友達の作り方を……うふふ」
そこでロリスと名乗るその少女は笑い出す。
「教えただろうが」
再び苦笑いの千葉孝義。
「だって、それがイマジナリーフレンドの作り方よ。友達が出来ないなら想像上の友達を作ってみないかって」
「さすがに五才の幼女に友達になろうなんて言えねえよ。僕はロリコンじゃないし。それに小さい子なら、誰だってイマジナリーフレンドを持てるはずだ」
「そうだけど、それをまともに受け取ったワタシも悪いんだけどね。で、それで作り上げたのがタカヨシ。この場合は木戸孝允の孝允だよ」
納得はいくが、釈然としない部分もある。だからこそボクは、朝の段階でアリスを問い詰めたかったのだ。
「アリスは……もう一人のあなたの人格は、そのイマジナリーフレンドのことを知っているのか?」
「いえ、知らないんじゃないかな。ワタシたち交代人格は、基本的に情報を共有できなかったから」
「じゃあ、なんでアリスに孝允っていうイマジナリーフレンドができているんだ?」
「ロリスが十才くらいの時に僕たちは再会しているんだ」
男が口を挟む。その再会とアリスのイマジナリーフレンドと、どんな関係があるのだろうか?
「うん。ワタシと孝義はね、とあるゲームのフレなの。ゲームイベントでたまたま出逢っちゃったんだ。ワタシが十才の時かな。央佳ちゃんが迷子になった時のイベントだよ。まさか、そのフレが、ワタシが五才の時にイマジナリーフレンドの作り方を教えてくれた人とは思わなかったんだけどね」
「その時に僕は、ロリスと孝允と三人で話したんだ。孝允は僕のことを師匠と呼び始めてね、いろいろと教えたんだよ。まあ、弟みたいな感覚かな。面白いから僕とも情報を共有しようってことになった」
そこで、頭の中にパズルのピースが降ってくる。このピースに嵌まるのは……。
「もしかして、ブログを共同で書いてたのって」
目の前のアリスがニコリとする。
「そうだよ。お互いに情報を共有し、孝允っていう
するとボクと交流していた【lacie】という存在も、彼女たち三人の複合体だったというのか?
「そしたら、不思議なことが起こったんだ。本来なら情報共有ができないはずのワタシとアリスの人格が、深層部分で情報を共有し始めたの。アリスは気付いていなかったかもしれないけど、ワタシにはアリスからの情報が流れてきたんだよ」
さすがにボクの頭でも話について行けなくなってくる。そもそも、ボクはそこまで交代人格について詳しくないし。
さらに孝義がなぞなぞの答えを解説するかのように、どんどんとそれに話を加えていく。
「僕たちはブログとは別に秘密の日記を付けていた。三人……この場合は僕、千葉孝義とロリスと、そのイマジナリーフレンドの孝允で情報を共有してたんだ」
その情報が主人格のアリスの深層心理の部分で繋がっていたとすれば、彼の知略や知識なども共有できたのかもしれない。もちろん、アリスにはその自覚はなかったのだ。
「だけどアリスは孝允というイマジナリーフレンドを持っていなかった。なのに、なぜ彼女の方にもそれが表れた?」
「それは多分、アリスが死を選ぼうとしたからよ」
目の前のロリスが悲しそうな顔をする。そこでボクは悟ってしまった。
「自己防衛本能……」
「そうね。それが一番しっくりくるかも。孝允というイマジナリーフレンドは深い部分で美浜有里朱という根幹に繋がっていたの。だから、己の死に対する反応として、緊急的に孝允の人格が呼び覚まされたの」
死に対する自己の安全の確保。危機に対して、本来イマジナリーフレンドである孝允が身体の制御を奪った。
「なぜ孝允なんだ? キミ、ロリスじゃなくて」
「彼女は孤独を感じていた。消えて無くなりたいという感情よりも、一人でいたくないという感情が優先された。結果的に、自分が消えてワタシに支配権を譲るより、深層心理に刻まれた孝允の存在を呼び覚まして、それに頼ろうとしたんだと思う」
前にアリスから聞いた話では、その頃はカナメとの関係も破綻していたらしい。かけがえのない友達を失った彼女が求めたのは、もう一人の想像上の友達か。
「なら、最近、アリスと孝允とで身体の支配権が入れ替わったのも」
「アリスの『生きたい』って想いが強くなったからだと思う」
彼女が生を渇望した時点で、孝允の役目も終わりつつあったのか。
複雑怪奇とはよく言ったもの。根本的な部分でボクは間違っていなかった。だが、疑問な部分はいくらでも出てくる。
「そういえば千葉孝義は、交通事故で意識不明の重体じゃなかったのか?」
「ああ、半年前まで入院していたぞ。意識も一週間くらいは目覚めなかったらしい。まあ、僕は目覚めても二週間くらいは意識が混濁していたらしいが」
「それならなぜ、アリスに連絡しなかった」
「したさ。お見舞いにも来てもらった」
「アリスはそんなこと言ってなかったぞ!」
思わずムキになって反応してしまう。
「まあ、行ったのワタシだからね」
とアリス、いやロリスが苦笑した。なるほど、実際に連絡を受けたのも、お見舞いに行ったのも、交代人格である
「それでアリスは何も言ってなかったのか……いや、しかし、深層部分で情報共有ができるんじゃないのか?」
「深層部分の情報共有はエピソード記憶というより、身体で覚えている記憶だよ。例えば体術とか、知略の部分とか、そういうところ」
だから、主人格は覚えてないのだな。繋がってたとはいえ、エピソード記憶の共有まではしてなかったのだから。
そして、その知略にせよ体術にせよ。それは孝允のオリジナルである千葉孝義譲りのもの。以前、孝允には師匠がいたと聞いたことがあるが、それこそが目の前にいる彼なのか?
「それで、アリスの中の孝允はあんなに動けていたのか」
「そういうこと。あとね。彼女が自殺を実行しようとした日から、情報が一方通行で流れてきたの」
「一方通行?」
「主人格アリスの中にイマジナリーフレンド……暫定的にBと名付けるよ。孝允Bが表れて主導権を握った影響で、アリスのエピソード記憶がワタシのイマジナリーフレンドの孝允Aを通じて流れてきたの。もともと孝允Aと孝允Bは同一なもの。孝允Bは主人格に合わせるために、記憶を一部削除されているけどね」
全て合点がいった。
「つまり、主人格アリスの情報は、孝允Bを通じてAに流れ、それをあなた、ロリスが得て、さらにそれは秘密の日記によってオリジナルの千葉孝義にも共有された」
そこには特殊な能力もご都合主義の魔法もない。いくつもに折り重ねられた濃密な情報とちょっとした偶然が、歯車のように噛み合って奇跡のような動きをしただけだ。
「そういうこと。言うなればアリスの中にある孝允Aは、ワタシと孝允と孝義さんの情報が同期した思念体ようなもの。そして、その情報共有が美浜有里朱自身を助けることになるの」
「要するに、アリスはロリスのイマジナリーフレンドを借り受けて、美浜有里朱の生命維持に努めたというわけか」
「まあ、簡単に言えばそういうことだね。けど、孝允はもうイマジナリーフレンドじゃないよ。彼はアリスの身体の主導権を握った時点で、第三の人格として独立している」
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