第82話 最終手段 ~ Alice V【美浜有里朱視点】


「じゃ、じゃあ、全員一箇所に集められていて、スマホが使えない状態になっているっていうの?」

「ああ」

「それって、一年一組全員が誰かに連れ去られたってこと?」

「さすがにそれは目立つだろう。そんなことがあれば警察がすぐに動くはずだ」


 そりゃ二十人近くの生徒が一度に誘拐されれば事件にはなるよね。少なくとも、何人かの親は気付くし、誰かが通報するはず。


「動いてないの?」

「ああ、だから拉致というよりは、たまたま集まっていた場所をセンキョされたかだ」

「センキョ?」

「なるほど、占拠ね。監禁されているってことか」


 かなめちゃんがそう呟く。というか、それマズいでしょ?


「けど、それだって大騒ぎになるんじゃないの?」

「カナメ、九十九里佳の親にかけて、彼女がどこへ行く予定だったか聞いてくれ」


 プレさんが淡々とかなめちゃんに指示を出す。彼女は相変わらず冷静だ。


「うん、わかった」


 かなめちゃんはそう言うと、部屋の隅に言ってスマホで電話をかけた。二人はわりと落ち着いている。違う、かなめちゃんは緊急時だからこそ落ち着いて、やるべき事をやろうと動いているだけだ。


 しばらくして通話が終わると、かなめちゃんが青ざめた顔でこちら見る。


「九十九さん、九時くらいに誰かの呼び出しを受けたみたいで、出かけたって」

「誰に呼び出されて、どこに出かけたって?」

「それはわからないって」


 高校生の女の子が出かけるのに、いちいちそんなことまで話さないよね。けど、誰が呼び出しだの? 【J】って人なの?


「ボクの予測では、一年一組全員が誰かに呼び出された可能性が高い」

「誰に?」

「それはわからないが、九十九里佳以外は、九十九里佳に呼び出された事になっているはずだ。そして、とうの彼女は、彼女と親しい第三者に呼び出されている」

「【J】って人じゃなくて?」

「一組にはまだ工作員が紛れ込んでいたんだよ。たぶん、その子が【J】経由で指令を受け取っている」

「もしかして作田さん?」

「いや、あの子とは別だ。作田徳子のように九十九里佳のことをよく思っていない子が【J】にその心をつけ込まれた」

「でも、その子が九十九さんを呼び出したのなら、そういうのはかなめちゃんに報告がいくんじゃないの?」


 九十九さんは一組のリーダーになるために、わたしたちへの協力は惜しまないはず。些細なことでも報告するって約束だったのに。


「それはどうにでもなる。恋愛相談があるとか、口実はいくらでもつけられるだろう。そんな恋バナまで、ボクたちに報告するとは思えない」

「でも、Xデーなのに、そんなノコノコと呼び出しに応じるの?」


 だって、今日は予言された『一年一組に天罰のくだる日』なんだよ。


「九十九里佳は予言に対して懐疑的だ。『何もないなら心配する必要はないよね?』そう言って説得されて呼び出された可能性が高い」

「どうしよう……」


 これで一組の生徒たちに何かあったら、それこそ流れは【J】に優位に向かってしまう。


「今、彼女たちのスマホが最後に電波を拾った場所を特定している。少し待て」


 プレさんは、画面上のアイコンをクリックすると、立ち上がったアプリに何かの数値を入力する。


 と、画面には地図とピンアイコンが表示された。


 そこは駅前を指している。


「ここで電波が途絶しているな」

「電車に乗ったってこと?」


 わたしは思わずそう推測するが、すぐにプレさんに否定された。


「いや、電車に乗っても、地下鉄じゃないから電波は拾える」

「ということは。この近くにみんないるってことね?」


 プレさんが、地図を拡大する。駅周辺の建物と商業施設が表示された。


「そうだ。駅前近辺で、二十人近くの生徒が集まれるところというと」


 かなめちゃんとわたしの指が、ある一点の建物を指差す。


「カラオケボックス」

「カラオケボックス」


 二人の声がシンクロした。


「なるほど、たしか大勢が入れるパーティールームがあったな」


 さらにプレさんはPCを操作する。と、今度は駅前のカラオケボックスの間取り図が表示された。


「パーティールームは一階ね。みんなそこにいるってこと?」

「可能性は高い」

「じゃあ、すぐ行ってみんなを帰らせないと」

「待て、アリス。言っただろ、これは監禁されている可能性もあるって」

「監禁?」

「ただ集まっているだけではあるまい。監禁を実行している犯人がいるはずだ」

「それこそ早く行かないと!」


 わたしは机に置いたトートバッグをとると急いで出口へと向かう。プレさんも続いて付いてきた。そして、残ったかなめちゃんにプレさんはこう告げる。


「カナメ、部室に残ってボクの指示を待ってくれ。もしかしたら、見当外れの場合もある。ミドリーたちもそのうち来るだろうから、その時はキミたちに動いて欲しい」

「わかった」

「アリス、行くぞ!」


 部室を出ると、わたしはプレさんが乗ってきた自転車の後部荷台に乗る。ほんとは違反だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。



**




 夏休みとはいえ、平日の午前中ということもあって駅前は閑散としている。




 目的地に着いたが思った以上に緊張してたので、ひとまず商業施設のトイレに行って心を落ち着かせる。


 こんなとき孝允さんがいれば心強かったのに……。


 考えていても仕方が無い。今のわたしにできることをするしかないのだ。


 ところが、思考を研ぎ澄ませようとしているのに急に睡魔が襲ってくる。


 船を漕ぐように頭が一瞬傾きかけ、瞬間的にブラックアウトした。


「ダメ! こんなときに」


 パシッと両手で頬を叩き、眠気を覚ます。


 急いで戻るとカラオケボックスの前で待たせていたプレさんに声をかける。


「ごめん。やっと落ち着いた」

「それにしてはずいぶん遅かったな」

「ほんとにごめん」

「いや、いいさ。おかげでここの建物の構造についていろいろ調べられたからな」

「そうなの?」

「あのカラオケボックスのパーティールームは窓がある。それは裏手に通じているんだ」

「裏から入るの? でも、鍵かかってるんじゃないの?」


 実際に裏手に回ると、窓はあっても、 鉄製の格子がついていて中には入れない。幅は十五センチくらいだろう。もしかしたら、子供なら入れるかもしれないけど。


「入る必要はない。電波遮断機が仕掛けられるとしたら、このあたりなんだ」

「え? 装置は犯人たちが持っているんじゃないの?」

「監禁している実行犯は、黒幕にとってはただの駒だ。そんな奴らに遮断機を持たせたら黒幕の思い通りにコントロールできないじゃないか」

「そっか。下手にタイミング悪く電波遮断されてしまったら、実行犯に指示が出せなくなるのね?」

「そう。それにたぶん、実行犯は電波遮断の事実を知らないよ」


 あくまでも使い捨ての駒。余計な情報は教えないってことか。


「だから、監禁後に第三者が電波遮断機をこの近辺に取り付けた。たぶん、ここだろう。窓があって、コンクリートじゃないから、部屋の中のスマホの電波に干渉できる」

「なるほど」


 そう返事をしながらも、わたしは結局何もできないなと悟る。威勢良く飛びだしてきただけで、現場での対処はたぶんプレさんに任せてしまうことになるだろう。


「あった!」


 彼女が見つけたのは、壁に不自然な形で貼り付けられた円形の機械。それを無理矢理剥がすと、ポケットから取り出したニッパーで、中の配線を切っていく。


「よし、これで電波の遮断は無効にした」

「わたし、九十九さんに電話かけてみるね」


 スマホを取り出して九十九さんに電話をかけるが、呼び出し音は鳴るのに、出る気配がない。


 しかたなくLINFにメッセージを送ったが、こちらも既読にならない。それにしびれを切らして、プレさんが部室で待機するかなめちゃんへと電話をかけた。


「あ、カナメ。デスクトップにある【○特S】っていうアイコンをクリックして……うん……そしたら、今から言う数字を入力して……」


 ある程度プレさんの指示が終わると、彼女の顔がこちらに向く。


「どうするの?」

「今、二十二人のスマホに侵入して、カメラの映像を見られるようにしている」

「え? カメラ?」

「カナメとの通話音声をスピーカーに切り替える」


 彼女がスマホを操作すると、かなめちゃんの声が聞こえてきた。


『プレさん、起動したよ。画面が真っ暗になっちゃったんだけど』

「現在、生徒達のカメラからの映像が見られるようになっている。スクロールさせて、映像が映っているのを探してくれ』

『う、うん。けど、みんな真っ暗。見えても、なんか鞄の中とかっぽいね……あ!』

「見えたか?」

『うん、一つだけ部屋の中が見えた。なんか覆面を被った……男の人らしい人物が……二人いる』


 監禁されているというプレさんの推測はほぼ当たっていた。ということはこの人たちは【J】なのかな?


「ねぇ、プレさん。この人たちがわたしたちの追ってる【J】ってわけじゃないよね?」


 頭がこんがらがってくる。冷静なプレさんと違って、わたしはプチパニック気味。


「そんなわけないだろ。【J】が直接手を下したことなどないはずだ。さっきも言った通り、こいつらは使い捨ての駒だ」

「そっか、そうだよね」


 黒幕は表舞台に出てこないからそう呼ばれるのであって、こんな目立つようなことはしない。


『ねぇ、プレさん。一人が手になんか持ってる……これって』


 かなめちゃんが何かに気付いたようだ。


「映像が映っているのは何番だ? 番号が右上にあるだろ?」

『えっと、十七番かな』

「わかった、一旦通話を切る」


 そう言って、プレさんはホーム画面に戻すと、あるアイコンをタップする。


 すると、スマホの画面には映像が映った。これは、かなめちゃんの言っていた男の人か。


 その手元をピンチアウトして拡大するプレさん。何か黒光りする物体……これって。


「拳銃だな」

「それ、かなりヤバイじゃん。警察に通報しないと」

「今通報する」


 と、プレさんは再び通話モードに切り替えて、緊急通報を行った。


 冷静に正確に、そして誤魔化すべきところは誤魔化して情報を伝えるプレさん。わたしだったら、パニクっててちゃんと警察に伝えることができなかったかも。


「よし、これで十分以内には到着するだろう。都会であれば平均七分とも言われている」


 そう安堵しながら、プレさんが再び画面を切り替える。と、一人の女生徒が男に腕を掴まれて、床にそのまま倒される場面が映った。


 女生徒は泣き叫んでいるように見えるんだけど……。何かとても嫌な感じ。それも生理的嫌悪感に近い。


「マズいな。このままだと、この子はレイプされる」

「ヤバイじゃん! わたしたち部屋に行った方がいいんじゃない?」

「ダメだ。相手は拳銃という武器を持っている。ボクたちにはこれ以上のことはできない。警察の到着を待つしかないんだ」

「本当に十分以内に来るの?」

「たぶん……としか言えない。それに到着してもすぐには突入しないだろう。警察官だって、中の様子がわからなければ下手には動けないはずだ」

「そしたらあの子、乱暴されちゃうんじゃないの? 他の子も」

「そうだな。だが、警察ですら慎重に行動するのに、ただの素人のボクたちに何ができるんだ?」


 ジロリとこちらを見るプレさんの瞳。彼女の言いたいことはわかる。


「けど……」

「勇気と無謀は違う。キミは、部屋に突入してどうやって女生徒を助けるんだ?」


 プレさんの冷たい言葉。わたしは死ぬわけにはいかない。だから、おとなしく警察を待つしかないの?


 違う、孝允さんだったらうまく行動している。誰も死なずに、誰も不幸にならない方法を。


 わたしは彼に、散々そんなワガママなオーダーを言ってきたじゃない!


 孝允さんに無理させて、自己満足みたいなのを押し付けてたじゃない!


 結局、わたしは何も出来ない。孝允さんがいなければ、誰も助けることができない。


 わたしは……。わたしは………………………………!!!


 突如として閃く、その悪知恵は孝允さん譲りのものなのだろうか?


 身体が勝手に動いていた。


 落ちていた大きめの石を格子の間から叩きつけ、ガラスを割る。


 そして、その開いた穴にトートバッグに入れていた最終兵器『シュールストレミング開封爆弾』を投げ入れた。


 缶詰の落下とともに、部屋の中には臭気がたちこめる。常人なら判断力を失う臭さだ。


 部屋の中は地獄絵図と化していただろう。ほぼ全員が臭いに耐えきれずに嘔吐えずいている。


――「くせぇえええ!! なんだよ。これ」

――「とりあえず外に出ろ」


 男の声が部屋の中から聞こえてくる。このままだと、警察が到着する前に犯人が逃走してしまう。


「犯人が逃げちゃうよ」


 わたしは正面出入り口へと走り出した。


 そして、凄い勢いで出てきた黒ずくめで覆面をした男の足を、踵を使った回し蹴りで引っ掛けて転ばす。これも孝允さんが使った技。身体がちゃんと覚えている。


 さらにその倒れ込んだ男を抑えつけようと、背中から右手をひねる。孝允さん直伝の、力を入れずに相手を無力化する方法だ。


「できた!」


 喜んだのもつかの間、もう一人の男がこちらに向かってくる。忘れてた、犯人は二人組だったっけ。


 彼の手に持つ銃口がこちらに向く。


 だが、咄嗟の事で避けられない。


 絶体絶命。わたしはこんなところで死んでしまうのか?


 そう思った時にふいに現れたもう一人の男の人。その人がもう一人の覆面の男の腕を締め上げ、拳銃がぼとりと地面へと落下する。


「やぁ、アリス。ようやく会えたね」


 男の人の顔がこちらに向く。初めてなのに、なぜか前から知っていたような感覚。さらに懐かしい匂いのする人。


「あれ? もしかして……」


 そしてわたしの意識は喪失 《ブラックアウト》した。


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