第81話 証跡 ~ Alice IV【美浜有里朱視点】
「うぇーい!」
「ぅぇええいい!」
部室に帰ってきたわたしは、みどりちゃんやななりちゃんたちとハイタッチをする。
「はーい!」
かなめちゃんやその後に戻ってきた央佳ちゃんも、二人に付き合わされてわたしの後にハイタッチをやらされていた。まあ、満更じゃないって感じだったけどね。
とはいえ、プレさんは倚子に座ったままPCの画面を見つめている。あれ? 作戦うまくいったけど、あんまり嬉しくないのかな。
『いやいや、有里朱。プレさんの口元よく見てみろ、わずかに上がってるだろ』
孝允さんの声がする。そういえばプレさん、少し笑ってるかも。あんまり表情かわらない子だから、感情が読みにくいってのも難点だよね。
「あ、そういえばそうだね。やっぱプレさんも嬉しいよね」
『今回の作戦で、かなり俺たちは優位に立てる。ヒーリーング研究会はバラバラだ。あとは、俺らが彼女たちを導いてやればいい。我孫子陽菜をそのまま一組のリーダーとして、こちら側へと引き入れてやればいいよ』
「そんなうまく行くかなぁ?」
『まあ、二年一組はそれほど焦らなくてもいいよ。【J】が次の手を打ってこなければな。それよりも、まだまだ予断を許さないのが一年一組だよ』
「あー、そうか。まだ予言が残ってたね。占いの方があまりにも上手くいったから、忘れてたよ」
『【J】にとっての本命はそっちだよ。内容によっては、一気に形勢逆転されて苦しい立場になる』
「なにするのかな?」
『それはわからない。プレさんに探ってもらってるけど……そもそも【J】の正体がわからないからな。探るにも限度がある』
「そうだね。黒幕がわかんないと、どうにもなんないもんね」
『まあ、とりあえず。有里朱は明日の占いのことを考えてろ。明日の予約は一日たっぷりうまってるぞ』
「うん、頑張る。ニセ占い師って、けっこう大変かと思ったけど、わりと面白いよね。サポートはプレさんがしてくれるし、かなめちゃんもいるしなんとか行けそうだよ」
『なるほど、俺がいなくても大丈夫だな』
「孝允さんの意地悪! 肝心のブレーンがいなくちゃ、わたし動けないよ」
『そうか? 今日は結構、俺の補佐なしに喋れてたじゃないか』
「そりゃ、基本的なことは教えてもらったし」
『おまえ、わりと応用がうまくなったよな』
「そうかな?」
孝允さんに褒められるとなんか嬉しくなってしまう。
『おまえはさ、もう一人じゃないよ。俺と出会った頃は、孤独だったけどさ。今は戦う力と手に入れた、喜びを分かち合う仲間を手に入れた』
「う、うん。そうだね。どうしたの? 孝允さん」
『いや、もうそろそろ俺の役割も終わりなんじゃないかって思えてきて』
「やめてよね。なんだか、フラグが立ちそうじゃない」
『フラグ? 死亡フラグも何も、元の俺って死にかけてるんだろうが』
「……だめ! そんなこと冗談でも言っちゃ」
孝允さんは一度わたしの中から消えている。あの時のような喪失感は味わいたくない。
『なんだよ。まあ、その……悪かったよ』
彼も冗談が過ぎたようで、少し反省したような口ぶりとなる。
「アリス! 今日は作戦の成功を祝ってどっか寄ってこうよ」
みどりちゃんが近寄ってきて、わたしの肩を抱いた。
「あ、それいいね! 七璃、カメダのシ口ノワールがいい」
その提案に、ななりちゃんが目を輝かせる。
「相変わらず、燃費の悪いやっちゃな」
「ミドリンに言われたくないよ!」
と、プチ喧嘩をし出す二人。そんな彼女たちを優しげに見つめながらかなめちゃんも寄ってきた。
「明日もあるけど、今日はお祝いしたい気分だね」
「そうだね。みんなで行こ! プレさんも行くでしょ?」
わたしは振り返ってプレさんを見る。彼女はまだ液晶画面凝視していた。
「ボクはいいよ。まだ調べ物があるからさ。キミのノートPC、今晩借りてていいか」
「いいよ。けど、ホントに行かないの?」
「キミらだけで行ってきなよ。ボクはまだ気が抜けないんだ」
【J】の正体がわからなくて不安なのは孝允さんだけではない。彼女もまた、その不安要素を取り除こうと必死なのだろう。
「そう……」
彼女の返答に残念に思いながら、その隣に座っている央佳ちゃんを見る。
「わ、わたしは……その……あんまし活躍してないし」
少し遠慮がちな物言い。最近は性格も丸くなってきたので、こういう央佳ちゃんの反応は珍しくもない。
「アリス。あの子、甘い物に目がないから連れてってあげて」
プレさんが視線をこちらに向ける。その表情は僅かに優しげだった。
**
あれから何日が経ち、わたしたちの作戦は順調に進んでいく。すでにヒーリング研究会は瓦解寸前。
部長の我孫子さんも、わたしたちの術中にハマっていた。完全に落ちるのは時間の問題かな。
そんな中、未だに不気味なのが黒幕の存在。あのプレさんですら、その正体を曝けない。
少し焦りが見える彼女、ここ数日ちょっとピリピリしていた。
そして、ついにXデーを迎える。
今日は、占い研の二人が予言した『一年一組』に天罰の降る日だ。
超常現象的な事が起こるとは思ってないけど、人為的な事で何かをやらかすと孝允さんは予測している。
カーテンが少し開いてたせいで、その明かりで目覚めは少し早かった。
だからといって、寝不足というわけでもなく、とても気分の良く朝を迎えられる。身体も軽いし、今日も絶好調かな?
「おはよう!」
元気いっぱいに声が出てしまう。まずった。誰もいないからいいけど、こうやって心の声との切り替えを間違えてしまうと恥ずかしい事になるんだった。
うんしょ、と起き上がってもう一度心の声で挨拶をする。
「おはよう」
返事がなかった。あれ? もしかして? と、また最悪なことを考えてしまう。
けど、前にも同じ事があった。そして、孝允さんはちゃんと戻ってきた。彼が目覚めない日の頻度が上がるということは、彼の周りで何かが起こり始めているのかもしれない。
けど……わたしは一人じゃない。いつまでも孝允さんに頼っているわけにはいかないんだ。
彼が安心して戻ってこられるように、帰ってこられる場所を残しておかなければならない。
そのためにも、わたしは死なないし、死ぬつもりもない。文芸部のみんなも、学校も、全部なくさせない。
わたしはわたし自身と彼の為に戦う。
着替えてすぐに学校へと向かった。今は夏休み中なので、かなめちゃんとは学校で会うことになっている。そのほうがお互いに余裕を持って出られるからね。
そもそも、ゆるーい部活なので、練習の開始時間なんてものはない。適当に集まって、適当に話して、適当な時間に帰るというスタイルだ。
とはいえ、昨日までは占いごっこの件もあったから、朝から大忙しだったけどね。
今日はXデーということで、占いの相談のアポは受け付けずに、みんな部室で待機ということになっている。
学校へ着くと、そのまま部室へと直行。授業がないから、すごく楽だ。
「おはよう!」
そう言って開けると、中にはプレさんがいた。ただ、ひどく疲れた顔をしている。
「ぁぁ……ぉはよぅ」
気怠げに返事をする彼女。その異常な疲れ加減に、ピンときて質問をしてしまう。
「もしかして、徹夜だった?」
「ああ、調べ物をしていてな」
彼女がこちらに向けるのは苦笑い。そして、その目は笑っていない。一瞬、ぞくりとする。
「大変だったね。少し寝た方がいいんじゃない?」
「ああ、後で寝るよ。その前に確かめたいことがあるんだ」
「確かめたいこと?」
「チバタカヨシに聞いてくれないか?」
「あ……ごめん、今日はまだ目覚めてないんだ」
「目覚めてない? またか……まあ、いい。アリス、キミでもいいんだ。答えを出してくれるのなら」
「えーと、なにかな?」
プレさんが、私のノートパソコンの液晶画面をこちらに向ける。
「キミのPCから隠しファイルが見つかった。中身はテキストファイルだ。内容はブログの下書きだよ」
「えーと、それがどうしたの?」
なんか専門用語とか言われてもよくわかんないし。
「わからないのか? キミがアソシエイトで稼いでいるブログの中身だ。キミはここ最近のブログの更新について知らないと言っていたな」
孝允さんの資金源でもあるブログのことは知ってるけど、実際にわたしはその内容を詳しく知っているわけじゃない。
ななりちゃんが、勝手に更新されてるって気が付いたみたいだけど、どう考えてもわたしじゃないんだけどなぁ。
「し、知らないよ。それにブログの更新時間見たでしょ。どう考えてもわたしがPCを触れる時間じゃないって」
「そうだな。でも、同時にとあるプログラムも見つかったんだ。それは、ある一定の時間になると自動的にブログを投稿するようになっている。記事さえ作成しておけば、自動で更新してくれるんだよ」
あれ? わたし、追い詰められてるの?
「知らないよ」
「本当にキミは知らないのか? チバタカヨシはどうしたんだ? キミの中にいるんじゃないのか?」
プレさんが立ち上がって、こちらに迫ってくる。たぶん、徹夜明けで頭が回らないんだと思う。あとで落ち着いた時に、きちんと話そう。
「まあ、わたしは逃げないからさ。プレさんは一回寝た方がいいよ」
わたしのその意見に彼女はため息を吐く。そうしてくるりと背を向けるとこう言った。
「悪い。少し興奮し過ぎた。けど、起きたらきちんと説明してもらうからな」
プレさんはそのままソファーに倒れ込み、寝息を立て始めた。
安堵&不安がこみ上げてくる。プレさんが何言ってたのかは半分も理解できないけど、わたしの根幹を揺るがすような事実であることは間違いない。
今までずっと誤魔化してきた孝允さんの存在。
確かに千葉孝允という人は存在する。実際に彼の実家にもいった。だけど、その人が、わたしの中にいる孝允さんとイコールで結ばれる確かな証拠がない。そもそも、入院中の孝允さんの顔さえわたしは見たことないんだ。
「ほんとうに孝允さんは存在するの?」
自問する。
イマジナリーフレンド。最初にプレさんは言っていた。けど、彼の知識はわたしのものじゃない。わたしが知らないことを彼が知っている事は、彼の確かな存在証明となるのだ。
「大変!」
かなめちゃんが扉を開けて飛び込んでくる。
彼女は息を切らせながら肩を上下させている。そうとう焦ってここまで来たのだろう。そこまで緊急じゃないならLINFで知らせてくれれば……ううん、それだけ緊急事態なのかもしれない。
「どうしたの?」
「九十九さんと連絡がとれないの。LINFの返事がないのもそうだけど、電話自体が繋がらない。電波の届かない所にいるみたいで」
九十九さんとの連絡係であったかなめちゃんは、一日に何度か彼女と連絡を取り、指示を出しているのだ。それが出来なくなったってこと?
「どういうこと?」
だって、今日はXデーだから、一日家にいるってことでみんなを納得させたはずだったのに。
「わかんない。急に連絡が取れなくなったの。最後に返信が来たのは朝。“おはよう”に対して“おはようございます”って普通に返ってきたんだよ」
「それ何時頃?」
「八時だったかな。学校行く前、朝ご飯食べてたところだった」
「今、十時だよね。二時間の間に何があったんだろう?」
嫌な予感がしてきて、心臓がバクバク鳴ってきている。今日はXデーだ。何かあってもおかしくない。
「プレさん」
わたしはプレさんの意見を聞こうと、彼女を起こしにソファーに近づく。
が、プレさんが起き上がり、片手を挙げて「話は聞いていた」と言うと、机に向かいPCで何か作業をしだす。
その彼女の顔が歪んだ。
「マズいぞ。本当に一年一組全員のスマホが繋がらない。これは電源が切られてるか……電波の届かない場所にいるか」
どうやって調べたかしらないけど、彼女は一組全員のスマホの状態を把握したらしい。
「全員が? 登山にでも行かない限り、そんなことにならないでしょ?」
ここらへんで電波が届かない所なんて、山の方しかない。けど、あの予言の呪縛から逃れたとはいえ、わざわざXデーに危険な場所に行くだろうか?
「私、昨日九十九さんと連絡取ったけど、そんなこと一言も言ってなかったよ」
わたしの言葉に対して、かなめちゃんがそれを否定する。そりゃ、全員で登山するなら、事前にかなめちゃんに相談していたよね。まあ、かなめちゃんは止めただろうけど。
「まあ、待て。遠くへ行っていないのであれば二択だ。まずは、二十二人全員の電源が切られている」
「え? それはないでしょ。バッテリー切れにでもならない限り、全員が電源が切れるなんてことはない。わたし、買ってから一度も電源切ったことないもん」
「私はたまに電源落とすけど、再起動させるだけだから、電源切りっぱはないよ」
かなめちゃんもプレさんのその推測を否定する。
「ならば、もう一つの可能性だ」
プレさんが落ち着いた声で、そう答えた。
「もう一つ?」
「全員が同じ場所にいて、そこの電波が遮断されている場合だ」
「そんなことがありえるの?」
かなり特殊な状態じゃないの? それって。
「央佳の時に使っただろ? 電波遮断機。それを【J】が使っている可能性が高い」
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