第79話 救世主(傀儡) ~ The Hatter VI


――『背の高い子は九十九つくも里佳りかだよ。あと、右から豊海とようみ紗綾あやか片貝かたかい恵理瑠えりる作田さくた徳子のりこ


 イヤホンマイクにプレさんの声が入ってくる。タブレットに表示された資料をチラ見しながら、有里朱は四人組の顔を確認した。


『取り巻きの三人は他人への依存性の高い子たちだからね、九十九里佳さえ落とせば、うまくいくよ。とはいえ、彼女はかなり頭がいいから注意してね。それと、カナメ。作田徳子には、例の作戦を実行してくれ』


 追加でプレさんから、そんな風にアドバイスがくる。同時に、無線を聞いているかなめにも指示が伝えられたようだ。


 といっても、昨日この子たちにDMを送った時点で方針は決まっており、今日はタイミングに合わせてそれを実行していくだけである。。


 リーダー格の九十九里佳は一年一組でもわりと常識を重んじるタイプで、自分からいじめを行うようなことはなかった。だが、クラス全体でのいじめが行われる直前に央佳ちゃんとはトラブルを起こしている。


 クラスに馴染めない央佳ちゃんに無理矢理話しかけ、善人ぶって世話を焼いていたらしい。


 まあ、相手の気持ちも考えず、世話を焼こうとする輩ってのは、けっこうウザいものだ。反発されるのは当たり前の事。


 さらに、央佳ちゃんは央佳ちゃんで、洗脳されて狂犬のようになっていたのだから、うまく行くはずがない。


 その後、九十九里佳のグループと決定的に決裂した央佳ちゃんは、彼女に徹底的に無視されることになる。


 彼女自身、正義感が強いが故に直接的ないじめには加わらなかったが、手の平を返したように親身な態度から急変しての無視ってのは、相手にけっこうなダメージを与えるものだ。


 結局、央佳ちゃんのことを考えての行動ではなく、自分の正義感からの親切。なので、相手が思い通りに動かなければ、相手を悪となすだけだ。そういう思考は、事前調査から窺えていた。


「おかけになって下さい」


 かなめにそう促されて、有里朱の前へと移動する四人。


「あっ!」


 四人のうちの一人、作田徳子が何かに躓いてよろけたようになり、「大丈夫?」とかなめが咄嗟に彼女の身体を支えた。


 そして用意された倚子に次々と座る四人組。九十九里佳以外は、少しオドオドしている。独特な場の雰囲気に呑まれている感じだ。


「先に言っときますけど、私は占いなんか信じませんよ」


 口火を切るように九十九里佳がそう告げる。きっと、自分を舐められないように強気に振る舞っているのだろう。


「ええ、構いませんよ。わたしたちが行うのは、ただの人生相談です。もし、何かを恐れているならばそれを乗り越えるすべをお教えするだけです」


 彼女の目を見る。顔はしっかりとこちらを向いているが、視線がチラチラと逸れがちだ。


 みんなの手前、強がってはいるものの、自信のなさが見え隠れしているのだろう。


「早いところ教えてください。この子たちも不安になってるんですから」


 本当は自分が一番不安なのだろう。が、取り巻きの子たちの不安を除く為に、ここに来たということを強調したいのだ。


「では、こちらに向け左手を開いて、テーブルの上に載せて下さい」

「手相でも見るんですか?」


 訝しげな反応。そして、僅かな嘲笑。こちらに全面的な信頼を寄せられるよりは、多少なりとも疑いの目を向けてもらった方がいい。


「いいえ、ちょっとした余興ですよ」


 彼女の手の平に有里朱の手の平を載せて合わせる。少し汗ばんだ肌の感じが伝わってきた。


 急にタッチされたものだから、ビクリと彼女の身体が僅かに跳ねる。


「な、なにをするんですか?!」

「あなたの状況を整理しているのです。その方があなたに良いアドバイスができるでしょう?」

「別にいいですけど……早くしてください」


 有里朱は瞳を閉じて、何かを読み取るフリをする。実際は、台本の内容を思い出しているだけだ。


「青いものが見えます。それは、一瞬にして喪失してしまいました。……なるほど、あなたは少し前に青いものを無くしたのでしょうか。これは、なんでしょう? 心当たりはありますか?」


 まずはホットリーディング。これで相手の心を揺さぶる。


「青い……ええ、ちょっと前に傘を盗まれましたわ。色はたしかに青だったと」


 もちろん、その情報を入手するのは簡単だ。それだけでは奇跡を演出できない。ここからは、さらにテクニックが必要となる。エモーショナルに訴える手法だ。


 ただし、今回の相談者たちには奇跡とは逆方向の演出を行う。


「そうですか、その時に何か変わったことはありませんでした?」

「変わったこと……」


 九十九里佳が考え込むように頬に手を当てると、「そういえば」と切り出した。だが、その表情には僅かな違和感を感じる。


「なんでしょう?」

「盗まれたその日、毎週見ていた唯一のテレビ番組が見れなくなってしまいました。他のチャンネルは映るのにそれだけなんです。テレビが壊れているわけでもないのに、不思議なんです。他の子にLINFで聞いてみたけど、みんな普通に見れていたみたいなんです」


 すぐに有里朱が俺へと話しかけてくる。


「孝允さん、これってどういうこと?」

『ああ、よくあることだよ。アンテナの受信レベルがギリギリで、特定のチャンネルだけ映らないってのは。映るチャンネルは単純に僅差で受信レベルに達しているだけの話。ケーブルかなんかの接続不良だな』

「じゃあ、そっから別の話に持ってけばいい?」

『オカルトに話を繋げるのは簡単だが、それはやめた方がいいな。この手のタイプは逆効果になる。あと、接続不良は雨の影響もあるかもしれん。彼女、事前に傘を盗まれているだろ? ということは、その日は雨だということだ』

「ということは、外部のケーブル?」

『ケーブルか、もしくはアンテナブースターだ。業者を呼ぶ方が早い』

「わかった」


 有里朱は重ねていた手を離し、にこやかに笑って九十九里佳にこう告げる。


「それは、たぶんケーブルの接続不良でしょう。その日は雨だったのですよね? 劣化したケーブルかアンテナブースターに雨水が染み込み、アンテナレベルが下がったんだと思われます」

「え? けど、私の見たかったチャンネルだけ」

「アンテナレベルが低下すると、特定のチャンネルだけ映らないことがあります。たぶん、他のチャンネルもギリギリ受信範囲内だったのでしょう。地デジは僅かな差で、映らないことがあるんですよ。早めに業者を呼んだ方がいいですね。雨が降ったら、また同じ現象が起きますよ」


 有里朱のその返答に、くすりと笑う九十九里佳。想定していた答えと違っていたのだろう。やはり、こちらを試していたか。


「うふふ。傘の件と、どうやって繋げるかと思いましたけど、なるほど不確かなオカルトに頼るわけではないんですね」

「九十九さん、あなたは頭のいい人です。くだらないことで話を濁すことはありませんよ」

「わたしもくだらない占いなんかより、確実なアドバイスが欲しいの」

「ええ、わかっていますよ。あなたは、今回の一年一組の悲惨な状況にも心を痛めていますね」

「はい、その通りですわ。私がもっとしっかりしていれば、あんないじめを行わせることもなかったのに」


 彼女は自信満々にそう言い切る。


 ただし、央佳ちゃんの形見への執拗な嫌がらせではなく、また違った形のいじめをしていただろうな。この子は。


「それはクラス委員の一宮美理さんのせいだと」


 一宮美理はカースト最上位だった子。だからこそ、「J」に利用されたのだろう。その彼女はいじめ問題で失墜した。


「ええ。あの子が市原さんに執着するからこんなことになったんです。あんな子、無視すりゃいいのに……」


 まあこれが彼女なりの正義なのかもしれない。典型的な同調圧力系偽善者型に当てはまる。


 だが、今回は彼女の正義感を利用させてもらうだけ。我孫子陽菜のヒーリング研究会に対抗するには、一年一組にもまとまってもらわないこと困るからな。


『有里朱。うまく誘導できてるから、そのまま彼女を祭り上げろ』

「うん、わかってる」


 有里朱は再び話す相手を切り替え、目の前の九十九里佳にこう告げる。


「ならば今度はあなたがクラスを導くべきです。学校での自殺騒ぎとその予言で、一年一組はかなり危険な状況に晒されています。みんなの心をまとめられるのは、九十九さん、あなただけでしょう」

「ありがとうございます。それで、具体的にはどうすればいいと思いますか?」


 少し余裕が出てきたからか、九十九里佳の表情が穏やかになっていく。


「そうですね。まずは目立たないこと。あとは雑音のカットですね」

「雑音?」

「SNSをやっている子はやめさせるか、鍵アカにしてください。LINFも一組以外の子とは連絡をとらないこと。二週間ほどでいいので、これを徹底させてください。雑音が入らないだけでも、彼女たちの心はかなり穏やかになるでしょう」


 沈静化を図るなら、情報の遮断……いや、情報の管理が必要だ。


「なるほど」

「あとは、一組のLINFグループがありますよね? そこで、こちらが用意したサイトを見るように伝えて下さい」

「そこには何が書いてあるんですか?」

「今までにハズレた『世界の終わり』の予言ですよ。あとは、新興宗教がその手の事件を起こした概要とかが書いてあって、読み物としても面白いと思います」

「なるほど、みんなの目を覚ますのですね」


 にやりと九十九里佳の口角があがる。この子はもともと、予言を信じていなかった。彼女は、なんとか取り巻きの三人の子は説得したが、それでも完全に納得しているわけではない。


 そこで、うちらが九十九里佳をバックアップすれば、その信用は保証されるだろう。彼女が望んだ、クラスでの絶対的な地位を獲得できる。


「それと、なるべくこちらに連絡をください。状況に応じて、指示を出しますから、それで一組は救われ、あなたはあのクラスでのナンバーワンとなれる」


 彼女を通して、一年一組のコントロールが、そこそこ可能になる。あとは、離脱者を出さないように、他の者も操りやすい状態に持っていかなければならない。


「里佳。あたしたちが一組を変えられるのね」

「わたしはずっと里佳が、一番だと思ってた」

「一宮さんなんかより、里佳の方がリーダー向きだもんね」


 有里朱の言葉に、取り巻きの三人は九十九里佳を羨望の眼差しで眺める。彼女たちからも迷いは消えたのだろう。……一人を除いて。


 四人は教室を出て行く。ここに入ってきたときは、不安で仕方が無かった彼女たちの表情も、穏やかになっていた。


 まあ、一人は仮面なんだけどね。


「あっちゃん、うまくいったね」


 かなめが近づいてくる。


「うん、緊張したけど、孝允さんがうまく誘導してくれたから、なんとか喋れたよ」


 有里朱はかなめの両手を握り、緊張を解きほぐすように安堵する。


――『アリス。央佳から連絡があった。藤原冴子と丸山里莉が来て、改めて謝罪されたそうだ。しかも、その時に彼女たちの大事なものを壊すということも実行したらしい。央佳、見ていて笑いそうになったって言ってた。これであの子の心も少しは気が晴れただろう』


 プレさんからの報告が入る。なるほど、藤原冴子と丸山里莉はこちらの占いをかなり信用してくれたようだな。一見、彼女たちは騙されて酷い目に遭わされたように見えるが、実のところ彼女たちからは不安な心が取り除かれ、それで救われたのだ。


 要は偽薬プラシーボ効果に近いと言ってもいい。占いが本当かなんて、どうでもいいんだ。


 央佳ちゃんの心も晴れ、藤原冴子と丸山里莉も反省して不安が取り除かれる。誰も不幸にならない。


 復讐をするならば、こういう選択も考えておくべきだろう。自分を含めて全員不幸になるという選択など愚行だ。


 ただし、命が失われた場合は、こんな甘っちょろい方法なんかでは誰も救えない。


――『カナメ。例の件はうまくいったか?』


 プレさんからの問いに、かなめは澄ました顔でそれに応答する。


「うん。上着のポケットにさりげなく入れたから気付いてないと思うよ」


 かなめが作田徳子のポケットに入れたのはタロットカードの【運命の輪】。彼女がコケたのも、事前にトラップを作っておいたからだ。細工をしやすいようにとの作戦の一部。


 実は作田徳子は、九十九里佳のグループから抜けたがっていた節がある。学校の裏掲示板でそんなことを漏らしていた。プレさんのクラッキングで、それが彼女だということがわかって急遽、策を練ったのだ。


 もともと彼女は九十九里佳があまり好きではないらしい。友人の付き合いで親しくしていたというのもあるようだ。


 このまま放置すれば計画に影響が出るとのことで、手を打っておく。


 【運命の輪】は、逆位置で「流れに逆らう行動」という意味をもっている。彼女はあのグループの中では唯一、占いに興味がありタロットの意味を知る者だ。


 そして、カードの裏面にはサインペンでこう書き足されている。


 “裏切り者には制裁を”と。

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