第78話 救済 ~ The Hatter V


 相談者からは、央佳ちゃんをいじめた事を後悔しているという反省の言葉と、場の雰囲気に飲まれて仕方なくやってしまったという逃げの言葉を聞かされた。


 この場に央佳ちゃんがいたならば、きっと憤っていたであろう。


 彼女たちに限らず、いじめっ子というのは九割以上自分が悪いと思い込みたくない傾向にある。


 有里朱も。親身になって聞いているフリをしながら心の中では怒りが煮えたぎっている感じは伝わってきてはいた。


 けどまあ、人はそんなに強くなれないんだ。許してやれとは言わないが、自分がいじめる側にならないよう常に心構えはしておくべきだと思う。


 そもそも、いじめを批判している奴のどれくらいが、他人をいじめることなく人生を終えられるのか。おそらく一割もいないだろう。


「では、始めさせていただきます」


 そう言ってカードをシャッフルし、相談者の前に並べていく。


 シャッフルといっても、本当に乱雑に混ぜているわけではない。特定のカードの位置をずらさないようにしている。予め、上にくる何枚かのカードを固定するためだ。


 すでに相手に見せるカードは決まっており、それが意図的でないことを隠すことを目的としている。


 カードマジックの基本は、事前に有里朱には教えてあり、数回の練習でそれを難なくこなすことができていた。実はこいつ、かなり器用なようだ。


 そして、裏返ったカードを右から一枚ずつ捲っていく。


「では、一枚目です。これは……月のカードですね。不安を意味しています。そして、その不安を抑えるための光を欲しているのでしょう」


 二人の視線が、何か救いを求めるような感じになる。この位置のカードはランダムに置かれたのではなく、意図的であった。つまり、手品マジックの手法。


 これは彼女たちを取り巻く状況から、素人でも判断できるようなことをカードで示しただけ。


 占いなんて、九割方こんなものだ。


「毎日が不安でしかたないんです」

「私たち、本当はヒーリング研究会に誘われたんですけど、こちらの部の方からDMをいただいて、希望を感じました」


 『世界が終わる』なんていうヒーリング研究会のカルト的なものより、うちらの『現状を維持できて、明るい未来を提示する』ほうが、この子たちには魅力的に映ったのだろう。


 これもまあ、人によってどちらが効果的かというのも変わってくる。ケースバイケースで対応を変えていくのが正解だ。


 さらに二枚目のカードを捲る。


「二枚目は……節制のカードですね。これは逆位置ですか。お二人とも、生活の乱れを感じます。もらったお小遣いを浪費していますね。しかも、かなりの無駄と出ています。お心当たりは?」


 二枚目もランダムな占いの結果ではなく、手品マジックによる操作テクニック。台本は決まっているので、カードの場所もその通りに並べているだけだった。


 有里朱のその問いかけに、二人はうんうんと頷き、「ストレスが溜まっちゃって、ぱーっと使いたくなって、お年玉とか全部降ろして買い物に行ったよ」と藤原冴子が答える。

 さらに丸山里莉が恥ずかしそうに続けてこう答えた。


「買ったはいいけど、勢いで買った服だから、家で改めて着てみたら全然似合わないし、サイズもちょっと違ってたんだ。だから、ものすごく後悔している」


 これはコールド・リーディングではなくホット・リーディングという手法。事前に得た情報を利用しているだけ。SNSで予約が入った時点で、文芸部を総動員して彼女たちを調べまくった結果だ。


 これで占いの信頼性も上がったと思う。


「では最後のカードです。これは……死神ですね」


 目の前の二人の顔が、ギョッとなる。これだけあからさまなカードが出たら普通は恐怖を隠せないだろう。タロットの意味を知らない一般人なら尚更だ。


 ここからは、彼女たちの仕草や表情を、事細かに読み取ることが大切である。


「ご安心ください。これはタロットカードです。しかも逆位置にありますので、『これから良くなっていく』という意味があるんですよ」


 強張っていた二人の表情が、少し穏やかになる。よし、これで彼女たちの心には隙ができたはずだ。この隙間に一気に情報を叩き込めば、彼女たちのコントロールが可能になる。


 有里朱は続けて、こう告げる。


「死神のカードには、『古い物に区切りを付け、新しいスタートをする』という意味も込められています。お二人は、何か古い物に区切りを付けるという部分にお心辺りはありませんか?」


 有里朱のその質問に、藤原冴子がこう答えた。


「そういえば最近、長年通っていた財布を買い換えました」


 この情報はたった今、彼女から引きだした情報だ。事前の調べでは出てこないものを、相手に喋らすことで得ることができる。事前調査は不要。鎌をかけるとも言う。


 さて、ここからはアドリブ。コールドリーディングが重要となってくる。つまり、相手の反応から情報を読み取り、巧みに会話を誘導していく。失敗は恐れなくていい。読み間違えでさえ、それを利用するのが、この手法の恐ろしいところだ。


『有里朱。打ち合わせ通り、占い結果に絡めていくぞ』

「うん、わかってる。このペテンを奇跡として演出すればいいんでしょ?」

『そうだ』


 有里朱は目蓋を閉じて考え込むような素振りをすると、藤原冴子へこう告げる。


「そうですか、占い結果と一致していますね。古い財布はどうされました?」

「妹にあげました。まだ使えるんで」

「なるほど。それで? 浪費癖はまだ直らないのですよね?」


 ここでの選択肢は二つ。直っている場合と直っていない場合。どちらも対応方法はある。


「ええ。どうにも衝動を抑えきれなくて……」

「せっかくの新しいスタートなのですから、古い物は捨ててしまった方がいいかもしれませんね。いっそのこと、妹さんに新しいものをプレゼントされてはいかがでしょうか? 姉妹揃って新たなスタートを切ることができるかもしれません」


 財布、妹というキーワードから、タロットの死神に絡めたアドバイスを行う。それぞれが合致していれば、相談者は納得するだろう。


「あ、それいいですね。妹の誕生日がもうすぐなんですよ」


 適当にでっち上げた話も、曖昧な提示をするだけで相手の方から噛み合わせてくれる。


「なるほど。では、いつもより少し高価なものを贈ることをオススメします。たぶん、それであなたの浪費癖も治まっていくでしょう」


 金がなくなれば浪費しなくなるのは当たり前の事。それをさも占い結果のように告げるだけ。


 目の前のもう一人の生徒、丸山里莉は黙って話を聞いていた。こちらは『古い物に区切りを付け、新しいスタートをする』という占い結果にあまり興味を示していない。というか、自分のことにどう結びつけていいのかわからないのだろう。


 こういう時は、さらなる誘導が必要である。


「丸山さんの中に赤いものがぼんやり見えますね。これは……なんでしょう? 食べもの、衣類、アクセサリー、ゲーム――」

「あ、この前、スマホで長年やってたパズルゲームを消したばっかりなんです。で、最近、アイドル育成ゲーにハマリ始めました。もしかして、赤ってのは、アイナ○の○瀬陸くんでしょうか?」


 よし、当てはまるものがあったぞ。有里朱、一気に畳みかけろ。


「なるほど、最近の寝不足の原因はソレですね」

「あれ? なんでわかったんですか?」

「この一つ前に、『節制』のカードがでていましたよね。ここに表れているんですよ。『寝不足』というキーワードが」

「はへぇ、そうなんですか」


 と自分の事を言い当てられたように関心するが、彼女の寝不足は表情などに注意すれば素人でもわかること。あとは、カードの意味を拡大解釈して関連づければいい。


「ただ、悪い傾向でないことは確かです。丸山さんにとって、その○瀬陸くんは大切な人なのでしょう? ですから、あなたにとってはプラスの方向に行くはずです」

「ホントですか?」

「占いの結果とも合致しております。『古い物に区切りを付け、新しいスタートをする』。そのものズバリですね。あとは、その新しいスタートにに全身全霊をかけるべきではないですかね。それがより良い結果を生むはずです」


 ようは課金地獄に陥りなさいと、遠回しに誘導する。ささやかな嫌がらせでもあった。まあ、それは今は些細なことだ。


「はい、全身全霊を込めて陸くんを愛します!」


 とりあえず救済という目的は果たしたわけだ。だが、それだけで終わらせるわけにもいかない。


「最後にお二人に、『天罰』という言葉に呑まれないための心構えをお教えしましょうか?」

「はい、教えて下さい!」

「ぜひ、お願いいたします!」


 二人の身体が若干身を乗り出してくるような感じになる。これまでの占いで、こちらをかなりの信頼したのだろう。ここまでくれば、操るのも簡単だ。


「あなたたちは罪を犯しました。罪をなかったことにしようとすれば、災いからは逃れられないでしょう。しかしながら、罪を罪と認め、償う努力を怠らなければその想いは天にも通じるでしょう」

「具体的には何をすれば?」


 丸山里莉がそう問いかけてきた。隣の藤原冴子も身体を強張こわばらせながらも、しっかりとこちらの話を聞いている。


「そうですね」


 相づちを打つと、有里朱はカードの山から一枚捲って机の上に置く。


 カードの種類は『吊るされた男』。これも前もって見せることが決まっていたカードだ。


「あなた方には試練が必要なのかもしれません。あなたたちはどんな罪を犯したのですか?」

「クラスの子が持っていたマスコットの人形をバカにして、みんなでボロボロにしたの」

 そう丸山里莉が話すと、続けて藤原冴子が震えた声で懺悔するかのように語りです。


「けど、それってその子のお姉さんの形見だったみたいで……ほんと、わたしたち最低な事をしたと思ってる」

「そうですか、その子にとって大切な物を穢したのですね。ならば、このカードに従い、試練をうけるべきでしょう」


 有里朱はそこで一呼吸置いて、決定的な言葉を吐き出す。


「あなたの大切な物を、あなたが罪を犯した者の前で壊しなさい」

「……」

「……ぇ?」


 一瞬、ギョッとした顔をする二人。まあ、そりゃそうだ。


「罪を償おうとするあなたたちに、神は無慈悲な罰を与えないでしょう。それとも、生命の危険があるかもしれない天罰を受け入れますか?」


 救いと脅し。飴と鞭みたいなものだ。


 彼女たちの心は救われ、央佳ちゃんも全面的に許すことができないまでも、彼女たちの行いで少しは憂さを晴らすことができるだろう。


「わかりました」

「占いの言葉に従います」


 二人の顔に、決意の表情が表れる。洗脳成功であった。


「では、これにて占いを終了します」

「ありがとうございます」

「なんか、少し心が軽くなった感じです」


 深々と頭を下げて退室する二人。


 彼女たちはこれで、少なからずとも「世界の終わり」と「天罰」からの恐怖を逃れられるだろう。ヒーリング研究会を頼ろうとすることはない。


「次の方どうぞ」


 かなめが扉の外に向かって告げる。


「あのDMの内容は本当なの?」


 入ってきたのは四人組の女子。入ってそうそう、こちらに問いかけてきたのは背の高いショートカットの子だ。ボーイッシュで、正義感の強そうな顔立ちに見える。


 あとの三人は、その取り巻きといった感じであった。どの子もボーイッシュな子の言動に注目している。


 この手のタイプは、前の二人のように罪の意識に訴えかけるよりは、自らの正義に訴えかけるほうがいいだろう。いわゆる偽善者タイプなのだから。


「ええ、あなたは救世主になるべきです」

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