第62話 鉄拳 ~ Castle of iron


 春休みは終わり、有里朱たちは二年生となった。他の部活動は新入生の勧誘に躍起になっているところだが、うちの部活はマイペースにのんびりと活動を行っている。


 部活といっても、ほとんどは雑談をしているようなものだし、新入生が入ってきても俺らの方が困ってしまう。


 うちの学校は二年生になってクラス替えは行われないので、ミドリーやナナリーと同じクラスになれるようなことはなかった。四人も集まればグループが出来るわけだし、クラス内での孤立を防げるかと思ったが、それも叶わない。


 でもまあ、部活の時間は楽しいから、それだけが学校に来ている楽しみでもあった。


 新学期となっても部室では、いつもの通りの雰囲気。


 適当に本を読んで、適当に雑談して、暗くなったら帰るという適当な部活だ。


「そういやミドリンの動画って最近、再生数が落ちてきてるんじゃない」


 ニヤニヤと意地悪くナナリーが言う。ほんとミドリーに対してだけは強く出るんだよな、この子は。


「しょうがないじゃない。JKウーチューバーっての肩書きが使えなくなっちゃったし、JCウーチューバーで凄い子が出てきちゃったからね」

「あ、私知ってる。『pawn and fawn』ってチャンネルの子でしょ。あれ凄いよね。『○○を爆破してみました』とか過激な動画がウケてるって。しかも中学生って話だし」


 めずらしく、かなめがその話に加わる。なにやらJCウーチューバーに詳しいようだ。


「そうそう、その子だよ。あたしのライバルは」


 ミドリーと同じ、JCの子も工学系の「やってみた」なのかな? それならばライバルってのもわかる気がする。俺も後で探して見てみよう。


「うふふ、ミドリンは現実を見るべきよ。年増はライバルになれましぇーん」


 火に油を注ぐナナリーに、ミドリーは半分くらい本気でそれに食ってかかる。というか、ナナリーもだいぶミドリーに汚染……影響されてるなぁ。


「あんたも年増でしょ。ロリババアが!」


 ロリババアは違うんじゃないか? ……いや、その手の嗜好の人には女子高生ですらババアか。ナナリーは見た目中学生だし、ある意味、言い得て妙である。


 俺がそう感心していると、かなめがこんな話を振ってきた。


「ねえ、あっちゃん。知ってる? 学校で流行っているあの噂」

「噂?」


 PCで集めた情報で、最近多い単語を抽出する。一番多いのは、世界の滅亡というオカルトチックな話。いつの時代でも語られる終末論。これに惹かれる若者は多いのだろう。くだらない噂だ。


 次に多いのは盗難か。今さら、かなめが終末論の話を振ることもないだろう。


「かなめちゃんの言いたいのは、盗難の方?」

「うん。学校に誰かが入り込んで生徒の私物を盗んでいるっていう噂」

「噂ってことは、物的証拠がないとか?」

「盗まれたのがお金とかじゃなくて、本当に些細な私物なの。ハンカチとかタオルとか……えっと、キーホルダーとかマスコットってのもあったかな」

「それ、盗まれたんじゃなくてなくしたんじゃないの? もしくはいやがらせっていうか、いじめ?」

「盗まれた子は特にいじめられていたって訳じゃなかったみたいだけど」

「なくしたでも、いやがらせでもなく、気付いたら無くなってたってこと?」

「うん。だから噂なの。けど、なくしたって子の数が最近異常に多いって話」

「学校側に報告すれば……けど、盗まれた物がしょぼいから教師も真面目に取り合ってくれないわけね」

「そうなのよ。けど、一番多い被害者は運動部の子かな。ほとんど部室で被害に遭っているっていう話よ」

「部活で使ったタオルがなくなったとか……それ、絶対どこかで落としてない?」

「そうなんだよね。だから、誰も先生に言おうとしないの。けど、被害だけは増えていくから、実は妖怪の仕業なんじゃないかって言う子も出てきたわ」


 それ、妖怪っていうより妖精じゃないか。北欧だとこの手のいたずらは「ムーミン・トロール」がやってたとも言われている。


「さすがに妖怪はないでしょ」

「それはそうだけど、けど不思議なのよね。タオルなんか盗んでどうするのかなぁ?」


 タオルねぇ……運動部のタオル……タオルは汗を拭く物……女子高性の汗の染みこんだタオル?!


 あれ? これって変質者の仕業じゃないの?


「あたしのクラスでも、バレー部の子がサポーターなくしたみたい」


 ミドリーが話に加わってきた。わりと被害者多いのかな。


「七璃も噂で聞いたよ。バトミントン部の子が、ロッカーに入れてたナプキンがなくなっていたって」

「あ、まさか」

「ああ……ねー」


 ナナリーのその情報に、何かに気付いたミドリーとかなめが顔を合わせて声を上げる。


 やっぱり、変質者の類が濃厚だわ。とはいえ、部室自体は鍵を掛けられる。強引に破れば痕跡が残るし、鍵を壊したなら完全に盗難だとわかるがその様子もない。


 ということはピッキングにかなり長けているということか? 部室の扉は、校舎と違って鍵はそこまで厳重ではないし、夜間は警備員が巡回しているがほとんどは校内を重点的に見回るだろう。


 部室棟なら校舎の外だし、鍵はわりと単純なのでそこそこピッキング能力があれば簡単に開けられる。


「なんか怖いね」


 かなめが大まじめな顔でそう呟く。直感的に俺と同じ結論に達したのかもしれない。つまり変質者が原因だと。


「誰が入り込んでいるのかわからないのは怖いけど、直接被害があるわけじゃないからね。それにうちの部室は大丈夫じゃない?」

「なんで?」

「だって、運動部みたいな変質者が喜びそうな私物は置いてないもの」

「やっぱり変質者なのかな?」


 と、ナナリーが自分を抱き締めるようにぶるっと身震いする。


「怖がらなくてもいいって、うちらには関係のないことだよ」


 運動部じゃないから汗の染みこんだタオルとか体操着とか置いてないし、私物を置くロッカーもないから生理用品とか置いて帰る部員もいない。


「そうだよね。それにあっちゃんがいるからこういう時は頼りになるもの。去年、ストーカーを撃退したもんね。あの話は凄かったよ」

「え? アリリンってストーカー撃退したことあるの?」


 おい、ミドリー。いつの間に呼び方が「ありすぅ」から「アリリン」に変わってるんだけど!?


「凄いんだよ、あっちゃん。ストーカーなのに、逆に相手を怖がらせちゃったもんね」


 俺の武勇伝を嬉しそうに語るかなめ。自慢の妹って感じなのかな?


「へぇー、そんなことあったんだ。詳しく聞かせて」


 ミドリーは立ち上がると、入り口近くの小型冷蔵庫の前に行きその扉を開ける。中には各自が持ち寄った飲み物が入れてあるのだ。


「あれ?」


 そんなミドリーが首を捻る。


「どうしたの?」

「あたし、昨日アイスティーの飲みかけを入れておいたんだけど」

「飲んじゃったんじゃないの?」


 ミドリーが立ち上がると、隅に置いてあるゴミ箱の中を覗く。


「だって、空になったペットボトルが入ってないよ」



**



 何日かして学校に不法侵入した変質者が捕まった。


 夜中に侵入し、とある理由で身動きのとれなくなった犯人が巡回中の警備員に見つかり通報されたということだ。


 その場所というのが、文芸部の部室。ということで、呼び出しを受けて警察に事情を聞かれたりなんかした。


 部室に戻るとみんなが注目してくる。俺以外は、あまり事情を知らないのですぐに聴取は終わったそうだ。


「ねぇねぇ。録画してたんでしょ?」


 開口一番でミドリーがそんなことを聞いてくる。たしかに昨日の様子は部室内に設置されたカメラが記録していた。


「見ようよ。七璃、なんかワクワクする」


 ちょっと前までは、変質者は怖いとか言ってなかったっけ?


「あっちゃんが何か細工してたのは知ってたけど、来たら全部終わってたからね。詳しい事情が知りたいじゃない?」


 かなめまで興味津々の瞳。全員の視線がこちらに向く。


「しょうがないなぁ……」


 俺は監視カメラからSDカードを取り出し、それをノートPCにセットする。


「再生するよ」


 周辺機器の情報から、セキュリティシステムが作動した時間を調べ、その一分前からの映像を液晶画面に映し出した。


 まずは誰もいない部室が映っている。赤外線暗視カメラなので、部屋は真っ暗というわけではない。


 一分ほどで扉に変化が現れる。ドアノブが微かに動き出したのだ。犯人がピッキングしているのだろう。


 しばらく経つと、かちゃりと軽い金属音が響く。解錠されたようだ。


 扉がすーっと開き、小柄な男が入ってくる。年齢は……四、五十代だろうか。


 男が部屋のある一線を越えたところで、LED電灯がぱっと明るくなる。一瞬、ホワイトアウトするが、すぐに通常カメラへと切り替わった。暗視カメラのようなぼけた映像ではなく、くっきりと映し出されている。


 犯人が驚き、辺りを見回していると、部屋の奥に置いてあった人形……konozamaのマケプレから手に入れた某アニメの巨大ロボット(サイズは1mほど)の両腕が動き、その拳が犯人の方を向く。


 「ロケットパーンチ!!!」と、熱血主人公ばりの声がロボットから発せられ、その右腕が犯人に向かって飛んでいく。


 ポンと軽い音がして、男の顔に当たって落ちた。だが、彼はなんのダメージも受けていないかのように「なんだこれ?」と落ちた腕をとる。


 その瞬間、ロボットの左腕から投下網のようなものが発射され、男は身動きがとれなくなった。


「なんだよこれ? ふざけんな!」


 後は、大音量で某アニソンが響き渡る。「Z」の発音が爽快なあの歌だ。


 さすがにそんな状況で警備員が駆けつけないわけはない。


 警備員が到着した時点で、ようやく歌は止まる。実はこの時、部室の様子を自分の部屋でモニターしていたのだ。侵入者があった時点で自宅のノートPCの方にアラートが届き、そこからリモートで部室の灯りを点け、ロボットを動かし、そして人を呼ぶために音楽を鳴らした。


 警備員が来たので音を止めたまでの話であり、これら全てが自動で行われたわけではない。


 とはいえ、仕掛けを作るのは面白くて……いやぁ、苦労したわ。とりあえず、こんなスッキリとした結末に部員のみんなは歓喜の拍手を送るに違いない。


「あーねー……」


 かなめが苦笑いをして目を逸らした。あれ? 自慢の妹じゃなかったの?


「もっとかわいい人形使えばよかったのに」


 ナナリーは俺のスーパーロボットに不満げだ。


「この決め台詞って、映画で謎の巨大生物と戦うロボットが使った必殺技だっけ?」


 ミドリーは完全に間違えている。違うぅうう、元祖はこっちだ。御年七十二歳の大先生に謝れぇえええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!


『孝允さん、悪ノリし過ぎ……』



**



 四月も下旬となり、新一年生も学校に慣れた頃だろう。ほとんどの子は部活を決めてしまったようで、部室棟の周りでの新入生を勧誘する声も落ち着いてきている。


 だが、慣れることによる弊害は年齢や場所に関係なく起こるのだ。


 人は環境に適応しようと集団を作り始める。一人よりは仲間と共にの方が環境に早く適応できるのだから。


 そして、この集団が曲者だ。集団に入れない者は異端として迫害される。人類が当たり前のように何千年もかけてやってきたことだ。


 昼休み、用があって職員室へと行き、ついでに屋上の様子を確かめる。最近は部室がメインの活動の場所となってしまっているが、緊急時のためには少しばかり整備しておく必要があるからだ。そして教室へと戻る途中、その光景を見てしまう。


 一人の女子を数人の女子が取り囲んでいる。上履きの色から判断して、一年生の女子だと判断できる。


――「なんでクラスのルールを守れないの」

――「そうよ。あんたが迷惑かけてんのよ」

――「あやまんなさいよ」

――「ほんと、ムカツクよね、この子」


 廊下の隅でそれは行われていた。ちょうど通り道だし、わざわざ避けるのもおかしい。屋上に寄っていかなければ通ることもなかったのだが。


『いじめだよね?』


 その有里朱のわかりきった問いに俺は「ただのトラブルかもしれないよ」と釘を刺しておいた。


 事情がわからない状態では、首を突っ込むべきではない。特に学年が違う場合、正しい情報を把握できない場合がある。めぐみ先輩の時なんかがそれが顕著に表れた。結果オーライではあったが、それが致命的なミスに繋がった場合は最悪の結末をもたらしただろう。


 あの旅館の騒動のように間接的な関わりがあるならば未だしも、今回はまったく無関係な一年生のことだ。ナナリーやミドリーみたいに、わずかな繋がりがあるわけでもない。


『……どうする?』


 有里朱も躊躇している。こいつも理解してきたのだろう。助けるべき人間、そして助けられるかどうかの判断が難しいということを。


 年齢が一年生たちとは一つしか違わないが、学校内においてはその一つの差が絶大的な権力差となる。


 そう、一つ間違えば自分たちがいじめに於いての上位に居座ることになってしまう。基本的に学校の生徒は上級生には逆らえないのだ。


 圧力をかけるつもりがなくても、圧力がかかってしまう場合がある。そして、それは後に厄介な火種となる。


 だからといって、回れ右をして逃げてもどうにもならないだろう。ここはそれなりの覚悟を持って通るしかなかった。


 目を逸らさないだけでは真実は見えてこない。


 情報を正確に分析して把握することこそが、状況打破への最適解なのだから。

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