第40話 フジョシ ~ Rocking Horse Fly III
それまで消極的で陰湿に有里朱をいじめていた宮本香織が、なぜ積極的に仕掛けてきたのか?
それは松戸美園が原因であることは予想がついていた。
とはいえ、宮本は松戸の直接の配下でない。だとしたら、脅されていたと考えるのが普通だろう。
「宮本さん、松戸さんに脅迫されていたんでしょ?」
「……」
俯いて黙ってしまう。そのことを他人に喋れば、なにか彼女に不利益なことが起こるのであろう。
「安心して、ここで話したことは口外しないわ」
「……っ」
宮本は顔を歪める。今まで見下していた人間をそう簡単に信用できるわけがない。その感情は理解できた。
「あのね。わたしにとって松戸さんは敵。あなたはにとって松戸さんは味方なの?」
「そんなわけないじゃない!」
俺を睨むように見上げる宮本。
「あなたにとっても敵ならば、わたしたちは互恵関係にあるわ」
「互恵?」
「あなたは脅されているんでしょ? 彼女に。だったら、あなたを助けることで松戸美園に一杯食わせることができる」
「一杯食わせるって……何をする気なの?」
こちらに向ける視線が緩んできた。先ほどまでのような鋭い目つきではない。目尻がやや下がり、少し驚いたような顔だ。
「それはあなたが何の弱みを握られて松戸美園の指示に従っているかによるね。あのさ、わたしたち、松戸を見返すために同盟を結ばない?」
「同盟って……あんたさっきから何言ってるの?」
「松戸美園に対抗するのには、一人じゃどうにもならない。けど、人数が多ければそれだけ彼女に対して脅威になれる」
いじめる側において、いじめる奴がどうなったら嫌がるか。それは徒党を組むこと。一人なら多少やり返されてもたいしたことはないが、相手が複数でまとまられると対処が面倒になる。
「けど、わたしはあんたを信用できないし、あんたとは友達になんかなれない」
「いいよ。だからこその、互恵関係なんじゃない。互いにWin-Winであるからこそ組む価値があるの。お互いに価値がなくなったら解消で構わないわ」
「あんた……ほんとに美浜有里朱?」
その言葉にドキッとする。
悪口を言って悦に浸るくらいだから、有里朱のことはかなり観察していたのだろう。それこそ重箱の隅をつつくような些細なことさえ見逃さなかったのかもしれない。
虚を突かれて思わず苦笑い。なんとか誤魔化そう。
「あれだけボコボコにいじめられたのよ。変わらずにはいられないでしょ」
「まあ、いいわ。わたしを助けてくれるってのなら、その方法を教えて」
とりあえず、有里朱の中身についての言及を避けてくれたのでほっとする。まあ、通常の思考ならそこまで考えは回らないか。
「じゃあ、まず、あなたが脅されている理由を教えて」
**
宮本香織は数週間前に、とあるコンビニで万引をした。本人曰く魔が差してということだったらしい。ところが、その様子を写真に撮られていたらしく、それを材料に脅迫されたということだ。
松戸からの指示は美浜有里朱をいじめ続けること。無視とか陰口ではなく、直接手を下せというのが彼女のお好みらしい。
「その画像をもとに脅されているのよ」
「もう一度確認するけど、フィルム式のカメラで録られたわけじゃないのね?」
「フィルム式? 『写るんか』のこと?」
しまった。この世代だと、スマホとかデジカメが当たり前の子たちなのである。銀塩写真なんて一部のマニアしか使わないか。それでも、最近は使い捨てカメラの『写るんか』が復刻して人気が出始めたんだっけ。
「デジタル画像ってのは改ざんが簡単にできるから証拠能力は低いんだ。けど、そこまで気にしなくても一芝居打てばいけそうかな?」
「どうすればいいの?」
俺を完全に信用してくれたわけではないが、さきほどまでの虚勢を張った強気の発言は消失していた。それこそ、借りてきた猫のようにおとなしくなってきている。
「宮本さん。あなたは松戸美園にいじめられていた。そして、万引を無理矢理強要された」
俺は頭の中でシナリオを描いていく。松戸を悪者にし、宮本を救う方法だ。
「え? 万引は強要はされてないけど……」
「そういう設定にするの。で、今から店に謝りに行くわ」
「そ、それはちょっと……」
悪いことをしたとはいえ、直接謝罪に行く勇気はないのだろう。少し腰が退けて見える。
「宮本さんはこのままだと、万引の件が店と学校にバラされて停学になってしまうよ」
最悪の場合は退学だ。それは本人もよくわかっているはず。
「謝りに行っても一緒じゃないの?」
「だから、さっきの設定を使うの。いじめられて強要されましたって。わたしは、あなたが『自殺するまで追い詰められてた』って嘘の証言するから、それに合わせて」
俺の設定では、宮本香織は松戸にいじめられていて万引を強要され、その罪の意識に耐えられなくなり自殺しようとする。それを俺が……美浜有里朱が見つけて止めるのだ。なかなかドラマチックではないか。
「自殺……うん」
「わたしは警察が呼ばれないように店主を言いくるめる。その間にあなたは松戸美園へわたしのいじめには関与できないって突っぱねて。あんたなんか従えないって強気で言うこと。これは松戸美園を怒らせないと意味ないから」
コンビニのオーナーには身分を明かして、いじめられていたことを強調し、その証拠があることを説明する。宮本さんが拒絶すれば、松戸美園はコンビニに万引のことをばらしにくるだろう。
実際、彼女の行動は予想がつくので策を練るのは簡単だ。
「そしたら、あの人が店にバラすんじゃないの?」
「すでに店の人には謝っているから、バラされたところで今さら。けど、店の人はこうも思うわ。『この子が宮本って子をいじめてた子なんだな。あの子の話は本当だったんだって』」
松戸が来店した時点で、ゲームは俺たちのターンになる。なにしろ、宮本がいじめられているっていう嘘を松戸が半分証明しにくるようなものだ。
「そっか、松戸さんの存在は、あたしたちの言っていることが本当だって証明するようなものなのね」
それまで沈みがちだった宮本さんの顔がぱっと明るくなる
「そう。で、店の人には『虚偽告訴罪』の件を話しておく。松戸が来たら、その話をするようにね。そしたら、どうなると思う」
「きょぎしんこくざい?」
「簡単に言えば、誰かを偽の犯人に仕立てて警察に捕まえさせる罪」
「なるほど。そうね……自分が逆に警察に捕まるかも知れないから、逃げ出すね」
「尻尾を巻いて逃げ出して、その店にはもう近寄れないかな。わりと『ざまぁ!』な展開でしょ」
「うん。面白い」
てなわけで、すぐに実行する。結果は言うまでもない。
ただ、こちらとしてはモヤモヤが残るような仕返しなので、もうひとエッセンス付け足すことにした。
水風船の中にシュールストレミングの液を入れ、それを近所のやんちゃな小学生に渡す。
「この水風船をあのお姉ちゃんにぶつけて、逃げ切れたらこれをあげるね」
と、トレーディングカードの超レアカードを見せつける。これはKonozamaの中古市場で購入したやつだ。あの女王様から逃げ切るのだから、これくらいの報酬は必要であろう。
「うわ! なにそのカード」
「世界に千二百枚しかない強力な蘇生カードだぞ」
「うお! すげー欲しい!」
「ガンバレ!」
「やってやる!」
熱い言葉で少年は走って行った。
松戸美園に反撃は与えない。ずっと俺のターンだ!!!!!!
**
「フジョシ?」
「オタク趣味の女子のこと?」
「ちがうちがう。腐った匂いのする女子のことだよ」
「それがどうしたの?」
「昨日、駅前ですごい悪臭騒ぎがあってね。うちの高校の女子が誰かを追っかけ回してたんだけどさ」
「なにそれ?」
「それがあの松戸さんなのよ」
「まーたあの人、悪臭まき散らしたの? こりないわねぇ」
「それが笑えるのよ――」
教室で、近くの女子たちが昨日の件での話題で盛り上がっている。
「ねぇ、あっちゃん。昨日、なんかあったの? 一昨日も部活を途中で帰っちゃうし」
一緒に見ていたティーンズ雑誌のページを捲りながら、かなめがそんなことを聞いてくる。
「ん? 互助会の仕事を一つ」
「互助会?」
「部室に言ったら話してあげるよ」
ここで真相を話すとクラスの誰かに聞かれかねないからね。
「そういえば宮本さん、どうしたのかなぁ。いつも三人で喋ってるのに今日はなんか二人にハブられてる感じ」
「自業自得だよ。そこまでは責任持てない」
松戸から助ける約束はしたけど、友情を修復してやるとは言っていない。
『らしくないね。中途半端じゃない? しかも原因は孝允さんだし』
ふいに有里朱の声が聞こえる。
「おまえに助けてやれって言われなかったからな」
『もう! 誰かを助けるのってわたし基準なの?』
「俺は万能じゃない。全員を助けられないんだ。だから『助ける奴』は選ぶんだよ」
そもそも俺は正義の味方ではない。
『孝允さんってもっと優しい人だと思ってたのに……』
「それは買いかぶりすぎだよ。言ったろ、俺は万能じゃない。マンガのヒーローでもない。だから、助ける奴は最低限。助けるときは全力でだ」
『それはわかるけどさ。なんか、宮本さん見てると心が痛いんだよね』
有里朱の他人を思いやる気持ち。それは裏を返せば他人の痛みを知りすぎてしまうこと。全部自分に置き換えてしまうのだ。
「昔の自分と重ねてるんだろ? けど、あいつは有里朱と同じなんかじゃない。あいつはおまえを蔑んで自らいじめる側に回った奴だ」
『そうだけど……』
「それにあいつを助けたら、あいつはまた調子に乗るぞ。一度、有里朱がどんな気持ちでいたのかをわからせる必要があるんだ。孤立する怖さを」
『けど……』
「宮本はさ、大丈夫だと思うよ。コンビニの店主に謝ったときのこと覚えてるだろ? 本気で反省して謝ってた。だから大丈夫だよ。あいつが謝ればトモダチ関係も修復できる。それは俺たちが手を出すことじゃない」
『……うん、孝允さんのやることにあまり文句は言いたくない。だから、これ以上は口出ししない』
「前はもっと文句言ってたけどな」
『文句言っても仕方がないもん。わたしには出来ないことをやってくれるんだから』
そこにシビれる! あこがれるゥ! までがセットだぞ。とか、○○ネタは有里朱には通用しないんだろうな。
まあいいさ。真面目に答えてやる。
「俺のやってることなんて、誰にでもできることさ。考えるのを止めなければ、誰かしら到達できる道だ」
思考停止は愚行であると、師匠が言っていた。
『ね、今回の宮本さんって孝允さんのいじめ分類だとどんなタイプなの?』
「うーん……そうだな。わりと複合型に近いな。いろんな要素を持っている」
『例えば?』
「クラスの奴らと同じ【同調圧力系蔓延型】なんだけど、いじめる側で性格が歪んで、途中からいじめを楽しむようになってきた。陰口とか楽しいからな。ある意味麻薬だ」
『そうだね。誰かの悪口って、心のどこかで気持ちいいって思っちゃうところがあるかもね』
「けど、それで終わらずに松戸に脅迫されて直接手を下す手段に出た。この時点で【回避系服従型】とも言える。けど、あいつはもともと有里朱が嫌いだっただろ? 岩瀬みたいな【寄生型】の側面も持っている。本来いじめってのは単純じゃないんだよ。人間の感情はいろんな部分が複雑に絡み合っているんだ」
『孝允さんが宮本さんに厳しかったのは、【寄生型】の側面を持ってたから?』
「まあ、そうとも言えるな。でもさ、あいつもかわいそうな奴だよ。誰かをいじめるエネルギーを自分を変えるために使えなかったんだからな」
『……わたしたちって、ほんと弱いね。情けないくらいに』
それでも有里朱は宮本と自分を重ねて見てしまう。
優しさは強さではない。強くなければ他人を助けることなどできないのだから。
だからこそ、こいつが強くなる手助けをしてやらなければならない。頼ってもいいけど、いずれ頼れなくなるときに来る。その時のためにも俺は有里朱の成長を見守る義務があるのだ。
こいつが一人で戦えるその時まで。
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