第41話 桃色吐息 ~ The Party


「もうすぐクリスマスだよね!」


 部室でナナリーが唐突にそんなことを言う。今日は十二月二十一日。日付としてはもうすぐだな。今年のクリスマスが中止でないのなら。


「早いよね。今年ももう終わりだもん」


 かなめはクリスマスの時期を年の終わりと捉えているのだろう。ちょっとばかし、年寄りじみた考えでもあった。かなめらしいといえば、かなめらしいのか。


「クリパでもやる?」


 俺がそう提案。リア充……ウェイ系なら当然のイベントである。


 自分もぼっちだからと諦めていたが、今のこの女子高生という立場を利用して楽しむのもありだろう。俺だって頑張ってるんだ、これくらいのご褒美はいいだろう?


『なんか孝允さんから負のオーラが漂ってますけど』

「有里朱もいいよな? みんなでパーティ」

『う、うん。いいけど』


「アリスのその提案のったぁ!」

「わ、私もいいかな。クリスマスはこれといって予定ないし」


 ナナリーもかなめもカレシとかはいそうなタイプじゃないしな、これは想定内の答えだ。俺は勝てる勝負しかしないのである。


「どこでやろうか? わたしんちは騒ぐとお母さんに怒られるから提供できないけど……」


 有里朱の母親は気分屋だから、機嫌の悪いときにパーティーなんてやったら後でどんな仕打ちがあるかわからない。いじめ問題が解決するまでは、なるべく親子間でのトラブルは避けたかった。


「んー、じゃあ、どっかのパーティースペース借りる?」


 と、かなめがスマートフォンを取り出し、検索をかけ始める。


「あ、七璃の家なら大丈夫だよ。毎年、お母さんは会社のパーティーとかで遅くなるから」


 それはちょうどいい。彼女の家はマンションだが、この三人なら羽目を外しすぎて隣や階下の住人に迷惑をかけることもないだろう。


「じゃあ、今度の日曜日にナナリーの家に集合だね」

「プレゼント交換とかやろうよ」


 ナナリーの目がキラキラと輝く。やったことはないけど、そういうのに憧れていたという瞳だ。うん、わかるぞ、その気持ち。


「うんうん、それいい。面白そう」


 かなめもテンションが上がってくる。女の子だけで集まるとはいえ、家で家族とクリスマスパーティーをやるよりは愉しいのだろう。


「三人だけだけど、シャッフルして自分のプレゼントに当たらないようにしないといけないね」


 ナナリーが口元に指を添えて少し斜め上を向いて考え込む。そんな仕草も彼女は絵になるかわいさだ。もういっそ、自分をモデルにイラスト描いちゃえばいいのに。


「スマホのアプリでプレゼント交換用に特化したものがあったはずよ。ほら」


 俺はアプリストアから検索した画面を二人に見せる。


「これで問題ないね。なんか、ワクワクする。七璃、パーティなんてするの初めてだし」

「去年は何してたの?」


 ぼっちに聞くべき質問じゃないとわかっていても、ついつい聞いてしまう。


「うーん……クリスマス限定のリク絵描いてたかな?」


 そういや、ナナリーはpixibで活動中の絵師だったな。ユーザーからのリクエストに応えるってのも、ネット民としては充実しているのかもしれん。


 俺なんかそのネットすらできなくて、去年のクリスマスも相変わらず会社に寝泊まりしてたもんな。いかん……ブラックな記憶は封印しておこう。


「私は、ダイナといちゃいちゃしてたかな」


 カレシではなく、ペットというのがかなめらしい。羨ましいぞ猫。


『わたしは……ごめん、記憶にない』と有里朱。


 おまえはオチ要因かよ! とのツッコミはやめておこう。ぼっちならわかるよ。クリスマスなんて初めから無かったんだ!



**



 ナナリーの家に集まってのクリスマスパーティー。何が違うかといえば、部活にいるときより食べものが豪華になっただけだ。基本的にたわいもない話で盛り上がる。そんな青春である。


「ねぇねぇ、どうせだからパーティーゲームしない?」


 テンションの高いナナリーがそんな提案をしてくる。彼女が一番このパーティーを楽しんでいるのだろう。眩しすぎるくらいの笑顔を皆に振りまいていた。


「ゲーム?」

「そう。お母さんが、なんか福引きで当てたみたいなんだ。けど、今まで遊ぶ機会がなくて……」


 ナナリーの笑顔が曇っていく。ぼっちだった頃を思い出してしまったのか。いかん、魔女化してしまう。


「やろうよ。みんなで楽しもう!」


 かなめがそんなナナリーに気付いて声をあげる。さすが、俺の中で『お姉さまと呼びたいキャラ』ナンバーワンだけはある。


「う、うん。せっかくのパーティーだしね」


 で、彼女が出してきたゲームといえば、ビニールシートのようなものに、赤と青と黄色と緑の丸い枠が四列にきれいに並んでいるものだった。


 かなめは不思議そうに「なんだろう?」と呟くが、俺はこれがなんであるかを知っている。思わず苦笑いがこみ上げそうになった。


「ツイスターゲームっていうんだって」とナナリーが得意げに言う。


 一九六五年にアメリカで生まれたパーティーゲームの定番。ゲーム内容を知っているだけに、少しの躊躇と期待感を抱いてしまう。


「ななりさんは、やったことあるの?」

「ないけど、簡単なゲームだって聞いたよ」


『ねぇねぇ、孝允さん。このゲームってどうやるの?』


 興味津々に有里朱が聞いてくる。説明してもいいけど、説明したら絶対意識しだすよな。ここは黙っていた方がサプライズ感があっていいかも。


「まあ、やればわかるよ。ナナリーが言ってたみたいにシンプルなルールだから」


 まずはじゃんけんをして対決者と順番と審判を決める。結果、俺たちとかなめの対決で、審判がナナリーだ。


 ゲームのスタートとともにナナリーが色を示すスピナー(ルーレットのようなもの)を回す。


「かなめさんの手が赤。足が黄色だね」


 最初はこれといって面白みはない。指示された場所に手や足を置いていくだけのゲームである。


「次、アリスは手が緑、足が青」


 ゲームが進むにつれ、両者は複雑にもつれ合い、無理な体勢で手足を指示された丸い部分へと置いていくことになる。勝負は先にバランスが崩れて倒れたものが敗者だ。


「かなめさんの手が緑で足が黄色」

「アリスの手が赤で、足が黄色」


 さきほどから鼻孔を擽る仄かな香り。そして、なにやら首もとにかかる吐息。


『うきゃっ!』


 と、有里朱が反応しまくってる。逆に男の俺の方が冷静だという妙な状況。


「アリスは、手が緑ね。足は青だよ」

「ほいっ」


 と、身体をねじ曲げ体勢を変える。柔軟運動や筋力トレーニングのおかげで、これくらいじゃへこたれない身体となっていた。


「かなめさんは、手が赤ね。足は……えーと黄色」


 かなめが体勢を変えて脇腹あたりに膨らんだ胸部が当たる。有里朱もかなめも華奢な身体だが、かなめの方が胸はデカい。さすが上位互換。


『きゅふっ』


 さきほどから有里朱の悶えているような声が漏れてくる。たかがゲームだというのに、意識しすぎだってば。


「おまえ、変な声漏らしすぎ」

『……だって、しょうがないじゃない。かなめちゃんの身体が変な風にくっついてくるから』

「かなめのこと嫌いなのか?」

『そんなわけないじゃない!』

「じゃあ、いいじゃん」

『いいけど、……その……なんか気恥ずかしいというか』


 そうこう話しているうちに自分の番が回ってきて、体勢をずらすとかなめの股の間から足を通すかたちとなり、彼女の尻に自らの股間を押し付ける状態だ。でも、これ健全なパーティーゲームなんだぜ。


「アリス、あと手を黄色に付けないと」


 ナナリーの指示に従い、手の位置をずらす。なんとか、持ちこたえることはできた。


 だが、有里朱の吐息はピンクがかっているのではないかと思うほど、艶めかしい。


 次にかなめが動く番だが、そのさいに彼女の右手の甲が俺の……有里朱の胸の先っぽに触れる。


「あ、ごめん」


『ぁんっ!』


 体中に電撃が走る。さすがに体勢を保てなくなり、一気に崩れ落ちた。


「やだ、だいじょうぶ?」


 仰向けに倒れた俺……有里朱にかなめの顔が近づいてくる。


『か、か、か、かなめちゃ……ん』

「落ち着け有里朱」


 有里朱の感情に引っ張られるように、俺の思考も混乱していく。


 かなめの艶やかな唇をぼんやり眺めていると有里朱の熱い感情が流れ込む。まるでその唇を欲しているように……。


『かなめちゃん……』


「あはは、アリスの負け!」


 ナナリーが倒れている俺にスマホを向け、パシャリと写真を撮ったようだ。そこで、有里朱も俺も我に返る。


『あー、恥ずかしい』

「やばかったな」

『ど、ど、ど、どうしよう。キスしたいって思っちゃった』

「別にいいんじゃない?」

『いいわけないでしょ。かなめちゃん……女の子なんだよ』

「それがどうした?」


 有里朱は黙り込んでしまう。まあ、これ以上突っ込んで聞くのはかわいそうかな?


「かなめさん勝利ってことで、今度は七璃が参戦するよ。アリス審判よろしく!」


 ナナリーがスピナーを渡してくる。「ほい」と受け取ってバトンタッチ。


 さて、これから女の子同士の濃密な絡み合いを第三者視点で観られるのか……そう思うと興奮――。


『孝允さん?』

「なんだ?」

『なにか、ヨコシマな感情が表れてません?』



**



「愉しかったねー!」


 ナナリーの家からの帰り道、両手を上げて伸びをしながらかなめにそう告げた。ツイスターゲームはかなり白熱したし、百合百合した雰囲気を当事者視点で楽しめるとは思わなかったからな。


 有里朱はなんだかなんだ言いながらも、ゲームを楽しんでいたし、それ以前の部活とあまりかわらないようなパーティーの雰囲気でさえ堪能していた。


「そうだね。クリスマスにこんな騒いだの久しぶり」

「だよねー。わたし、あんまりクリスマスは好きじゃなかったけど、これからは『いいかな』って思えるかも」


 俺は有里朱の言葉をそのまま伝えている。だから、彼女が愉しかったというのは本心だ。


 しばらく余韻に浸りながら二人で静かに歩く。しばらくして歩みを止めたかなめが、ぎこちなく問いかけてくる。。


「こんな時に言うのもなんなんだけどさ。わたしたちのクラスの状況って、あんまりよくないじゃない? あっちゃんはこのままでいいのかな?」


 そこで有里朱とバトンタッチ。いじめ対策担当の俺に切り替わる。というか、有里朱が黙ってしまったので俺が代わりに答えることになったのだ。


「そうだね。なんとかしなきゃいけないって、今必死で考えてるよ。まあ、クラス全員ギャフンと言わせてやるようなことをね」


 振り返ってそう答えると口元を緩めた。いや、歪ませたと言った方がいいのかな。


「……」


 かなめが俺を凝視する。その瞳に宿るのは、不信感を抱いたような冷たい視線。いや、彼女がこんな視線を有里朱に向けるわけがない。


「どうしたの?」

「ううん。なんでもない。また来年もクリスマスパーティーやろうね」


 かなめは首を振って苦笑い。すぐに視線は穏やかになる。そして、誤魔化すように来年の話題。


 違和感。いや、俺たちに対してかなめは違和感を抱いているのかもしれない。かといって、本当の事を話して信じてもらえるものか。


 こういう場合は気付かないふりをして普段と同じように接しよう。せっかく、あんなに愉しかったのだから。


 それからは、いつものように会話を交わし、いつものように分岐路でかなめと別れた。


 家に着くとPCを起動して、部屋着へと着替える。最近は寒くなってきたので、スウェットだけではなく、リラックスしたクマを象った着る毛布を羽織っている。


 起動したところでメール通知。これは、有里朱のアカウントではなく俺『千葉孝允』宛のメールだ。


 GuMailの受信トレイには、懐かしい名前が記載されていた。


【送信者:プレザンス - サブジェクト:久しぶりだな】


 昔、MMORPGでお世話になった人だ。といっても三年くらい前だが、初心者の俺にいろいろ教えくれた親切な人だ。


 なぜか意気投合して、その後もメールでやりとりを行っていた。二年くらい前からゲーム自体は仕事が忙しくなりすぎてログインすらできなかったが、それでもプライベートなメール交換はしていたのだ。


 といっても直接会ったことは一度も無い。わりと論理的思考が強い人で、俺よりも情報収集能力が高い。なので、よく相談に乗ってもらっていたな。


 俺はメールを開封する。


【ちばのん、本当に久しいな。一年以上音沙汰がなかったものだから、どこかでくたばっていたのかと思っていた】


 『ちばのん』というのはゲーム上での俺のニックネーム。


 しかしまあ、俺に対する返答はいい意味で酷いな。とはいえ『くたばっていた』というのは当たらずとも遠からずといったところか。千葉孝允は、現在意識不明の重体だ。


【あの時の約束はまだ有効だ。困っていることがあるならボクの能力の範囲でキミを助けよう】


 約束というのは、前にとある事で困っていたこの人を助けたことがあるのだ。


【では、また交流できることを嬉しく思う    プレザンス】


『この人が孝允さんが前に言ってたプレザンスさんなんだね。いくつくらいの人なの?』「会ったことがないからよくわからないよ。まあ、会うこともないだろうけどね」

『信用できる人?』

「この人の情報ソースはかなり信用できるよ」


 俺はプレザンスさんへの返信メールを書く。内容は、松戸美園一族に関する情報収集。特に議員をやっている松戸克也の周辺を洗ってほしいとお願いした。


 プレザンスさんは前に、ゲーム運営会社の不正や政治家の汚職を暴いたこともあり、その気になれば国家機密にも触れられるとの噂もあった。


 ちょっと怖すぎるので、そこらへんは突っ込んでは聞いていないんだけどね。


 返信して、ものの数分でプレザンスさんからメールが届く。もう美園の情報を掴んだのか? と思ったが、ただの返信だった。


【頼ってくれてありがとう。キミに借りを作ったままなのは、いささか気負いするところがあったからな。これくらいの情報なら大した労力にはならない。もっと大きな組織でも問題ないぞ。】


 相変わらずの口調。それに松戸美園の一族を調べるのに『大した労力じゃない』だからな。本当に畏れ入る。


【それはともかく、キミのメールからは、もっと重要な悩みを抱えているように思える。もしかしたら、そちらの方がキミの為になるのではないか? 人に言えない悩みもあるだろうから無理強いはしない。しかし、ボクならばキミの悩みにも簡単に答えられるかもしれないぞ】


 そんなことが書いてあった。悩みといっても『女子高生の身体に意識が入り込んだ』という奇天烈な現象だ。そんなもん、相談できるわけがない。というか、論理的に答えるのはムリじゃね?


 とはいえ、プレザンスさんなら、そんな奇妙な事実にさえ、納得できる答えを出してしまいそうなところがあった。



 次の日はかなめとお出かけ。ちょっとした買い物だ。遠出をするわけでもなく、駅前をブラブラする程度である。


 待ち合わせて買い物して、お茶して、お喋りして、愉しい時間を過ごすという「やっぱデートじゃねえか」という青春だ。もちろん、この時のお喋り担当は有里朱だ。かなめといる時が一番生き生きとしている。


「喉かわいちゃったね」


 かなめがそう言い出したので、自販機であったかい飲み物を買うことにした。


 ガタンと音がして、かなめが取り出し口からホットのカフェオレをとる。


 俺はなんにしようかなと、飲み物を選び出す。寒い時期とあって、あったかい飲み物は全体の半分を占めていた。


「これでいいや」と甘酒を選んだ。


 ボタンを押す。と、有里朱が「ダメ!」と叫んだ。まーた好き嫌い言って、しょうもないやつだなぁ。と、缶を取り出しプルトップを開けて一口飲む。


「あったまるねぇ!」


 そう言ってかなめの顔を見た俺は固まった。


 冷たい視線……いや、なにか不気味なものを見つめる視線を俺に向けていた。そんな彼女の唇が動く。


「あなた、誰?」

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