第37話 集る者 ~ Rocking Horse Fly I


 試験休みはかなめやナナリーたちと出かける以外は、ほとんど家でPCと睨めっこだ。休みになると、生徒たちにはかなり動きが出てくる。ゆえに情報の整理に時間がかかるのである。


 松戸美園復活の噂はTvvitterやFaceboogではほとんど見なかったが、学校の裏掲示板の方でささやかに書き込まれていた。


【近々、女王復活だって】

【それやべーじゃん】

【せっかく平和だったのにね】

【けど あの人いないと 調子にのるやつらがいるじゃん】

【そうだね あの人こそ秩序だもん】

【スーハイしてるねぇwww】


 今どき、掲示板なんぞに書き込む女子高生がいるんだな。


 とはいえ、LINFに慣れ親しんだものにとっては何か秘密めいたものがあり、匿名で書き込めることに新鮮さを感じているのだろう。この世代だと、大型掲示板『弐式ちゃんねる』の存在すら知らない子は多い。


 まとめサイトの元ネタがどこから来ているかも、彼女らには興味はないのだ。ゆえに、学校の裏掲示板なんてものが新鮮に映る。


「しつこいな」

『あれだけのことをされて、まだ出てこられるなんて……ある意味羨ましいです』

「羨ましい?」

『居場所がなくなることがどんなにつらいことか……わたしが身に滲みるほどよく知っています。なのに、あの人はそれでもまだ学校に来ようとしている』


 たしかに図太い神経じゃないと人前には出られないだろう。有里朱とはある意味、正反対なのだ。


「鋼の精神ってのは尊敬に値するが、だからといって何をしてもいいわけじゃない」

『また、わたしたちに仕掛けてくるのかな?』

「そりゃそうだろ。奴が動くとしたら、その燃料は怒りだ。俺らにやられた以上の仕返しをしなければ済まないだろう。普通の人間なら、前回ので多少は学ぶはずなんだがな……少し対応をまずったかもしれん」


 いちおうケガはさせないという最低限のラインは守ったつもりなのだが、却って怒りを増幅させてしまったようだ。


 あの性格だと改心するなんてことはないだろうし、最悪、鑑別所に送るか、病院送りにするしか手はない。とはいえ、できれば穏便にというのが俺の方針だ。


「松戸復活の噂も気になるが、俺としてはこっちも気になるんだよ」


 俺は『自殺として処理された事件wiki』というwebサイトを開く。


 三年前、市内の中学校で女生徒が飛び降り自殺を行った。だが、あまりにも不自然な死体の状態から、他殺ではないかとの噂も飛び交ったものだ。


『この事件知ってます。二年前ですよね。結局どうなったんでしたっけ?』

「そこに書いてある通り、自殺として処理された。けど、あきらかにおかしいんだよな。当時、屋上への扉は全て施錠されていた。しかも、うちの学校みたいに鍵をもっていないと、どちら側からも施錠も解錠もできない。でも、その女生徒の持ち物に鍵はなかった。いったい、どうやって屋上に上がったのかってね」


 まるで密室殺人のような状態でもある。ミステリマニアが喜びそうだ。


『それだけじゃないですよね。その子、高所恐怖症だって友達とか先生がインタビューで答えていました』

「考えられるのは鍵を持った犯人がその子を突き落としたってことだよな」

『でも、それだと警察が少し調べれば犯人がわかりませんかね?』

「そうだな。調べればわかるかもしれないけど、調べなかったら?」


 俺はある推測を確信して、わざと遠回し有里朱に質問する。


『職務怠慢ですよ。警察が信用なくすだけじゃないですか』

「でも、優先順位として信用より、誰かを庇うことを選んだら?」

『誰を庇うんですか?』

「この中学校。松戸の出身校だ。しかも二年前なら、ちょうど通っていた頃だ。さらに彼女のクラスメイトには自殺したその子がいる」


 俺が注目したのはその部分だ。


『まさか……彼女が殺したと?』

「松戸の親類はこのあたりでは力がある。警察への根回しなんてのも簡単なんじゃないのか?」

『……そこまでやりますか? あ、でも、松戸さんっていじめるときは他人にやらせるじゃないですか。彼女だったら、やった人に全部罪をなすりつけることくらいすると思いますよ』


 彼女は女王様だ。他人に命令することに生き甲斐を感じている。たしかに今の松戸なら人にやらせて、そいつに罪をなすりつけるだろう。


「そこら辺はまだ調べている最中なんだが、こうも考えられる」


 俺は言葉を選びながら頭の中で簡単に推論をまとめる。そして続けてこう言った。


「中学までの松戸は直接いじめを行っていた。ところが、やりすぎて人を殺めてしまった。なんとか親に泣きついて隠蔽してもらう。それ以降の彼女は、直接いじめを行う事をせず、自身の安全を考えて他人に命令して行わせた……まあ、これはあくまでも憶測なんだけどね」

『そんなことが許されるんですか?』

「まあ、可能性の一つだ」

『可能性ですか』

「そう、もしかしたら警察すら頼りにならないかもしれないってことを」


 今の段階では憶測に過ぎない。だが、その事を念頭に置いておかないと致命的な状況に陥る。松戸を法的に処理し、社会的に抹殺するのは簡単だが、彼女の背景を正確に把握しないと、とんでもないしっぺ返しを喰らうことになるだろう。



**



 寒くなってきたというのにアイスが食べたいという有里朱の願いを聞き入れ、夕食後コンビニへと出かけることにした。フード付きのベンチコートを羽織って玄関を出る。


 そして、マンションを出た所で明らかに不審な女子の三人組を見かけた。電柱の影に隠れながらこちらをチラチラ見ている。この寒い中ずっと見張っていたのだろうか?


 おまけにコンビニ行こうとしたら、尾行してくる有様。


「なんだよ、あいつら?」

『暗いからよく見えなかったけど、一組の子じゃないことは確かなんだけど……』

「おまえ、いつから出待ちのファンが付くようになったんだ?」

『ファンじゃないってば。どう考えても何かしてきそうだよ。どうするの?』


 何かしてきそうだけど、あまりにも見え見え過ぎて芸人のコントレベル。


「どうするのって……どうみてもど素人の動きじゃん。雑魚すぎて構う気にもなれん」

『絶対、何かしてきそうだよぉ!』

「そういや、買うアイスはいつものラムレーズンでいいのか?」

『今日はストロベリーがいいかな。さっき見たアニメで、女の子が食べてたじゃない』


 いつものコンビニに入ると、監視カメラの位置を再確認。すかさずアイスをカゴにいれ、レジ前にある冷蔵棚のところで立ち止まって、デザートを物色する。


 後ろで人の気配。さきほどの三人組だろう。さらに、首筋とフード部分に違和感。これは、何か商品を投げ入れたパターンかな。このまま万引犯にさせようという気だろう。


 俺はアイスを持って会計を行う。


 そして店を出ようとしたところで、あの三人組がやってくる。


「あー、この人商品持って出ようとしている」

「万引じゃん」

「いーけないんだ」


 騒ぎ出すので、すかさずベンチコートを脱ぎ、フード部分を逆さにして中身を出そうと、軽く振った。


 ころんと中から出てきたのは、四角い二十円のチョコ。


 俺はそのチョコを持ってレジへ行き、店員に差し出すと「警察を呼んでください」と告げた。


「え? あの……いいんですか?」


 レジの人も何が起きたのかわからず呆然としていた。


「ウケるぅー……自分でけーさつ呼んじゃってるよ」

「ま、自首したほうが罪が軽くなるっていうからね」

「けど、これで学校にも連絡いくね。停学かな。退学かな」


 それから十数分後に、制服の警察官がやってくる。たぶん交番勤務の人だろう。


「何があったんですか? 万引した少女というのは」

「虚偽告訴罪です」

「はい?」


 警官の顔が固まる。それを無視して、俺は監視カメラを指さした。


「あそこにカメラがありますから、その映像を見てもらえればわかりますが、あの三人はわたしに万引の罪を被せようと商品を意図的にわたしのフードの中へと投げ入れました。これは虚偽告訴罪です。被害届けを出したいのですが」


 相手は十八歳未満だから、この罪を成り立たせるのは難しいだろう。だけど、重要なのは自分が無実であることの証明と、相手の悪意の証明だ。


 店にはオーナーらしき人もやってきて、監視カメラの映像を見ることになった。その時点で、都合の悪い空気を感じ取った三人が逃げ出す。


「あ、キミたち待ちなさい」


 警官が追いかけようとするも、すごい勢いで走り去って行く三人。


「逃げちゃいましたね」

「キミの言い分は正しそうだな。だが、念のため、映像は確認させてもらうよ」


 その後、オーナーと警官とわたしとで映像を確認し、三人組が意図的に商品を入れたことがわかった。


「あの子たちとは知り合いなのか?」

「いえ、顔見知りですらないと思いますが、もしかしたら学校の子じゃないかと……」

「なにか心当たりは?」

「わたし、学校で酷いいじめを受けてるんです。だから悪目立ちしているんだと思います」


 ほんの少し演技して、か弱い女の子を演出を。


「それは酷いな。学校は何も対応してくれないのか?」

「ええ、困っているんですよ」

「今回の件でキミにお咎めはない。罪をなすりつけようとした子については、あの子たちが直接警察を呼んだわけじゃないからね。虚偽告訴罪を問うのは難しいと思うよ」

「えー、そうなんですか?」


 と、残念そうに言う。本当は知ってたけどね。


 それからしばらくして、俺たちは解放される。コンビニオーナーも犯人扱いして悪かったと謝罪してくれた。


 帰り道、オーナーにおまけしてもらったアイスを二つ持って歩く。万引の罪を着せられそうになったが、悪いことばかりではなかった。


「あいつら誰なんだろうね?」

『誰なんでしょう? けど、初めてです。知らない人にいじめを受けるなんて』

「あ、そうか。これも一つのいじめか」

『今回のって一つ間違えばわたしたち万引犯として捕まってましたよ』

「でも、わりと雑な仕掛け方だったんだよな」

『あんな酷いことをしようとしたのに?』

「だって、あいつらマンション前で俺たちが出てくるのは待ってたじゃん。たまたまコンビニに出かけるつもりだったけど、有里朱がアイス食いたいって言わなければ今日はこのまま寝るところだったんだぞ」

『そういえばそうですね。わざわざ、わたしたちをいじめるために待ってたんでしょうか?』

「この寒い中か?」


 十二月の寒空にご苦労な事で。


『どうしてもいじめたかったとか?』

「見たこともない人間だろ? 恨みを買うなんて事もあるまい」

『じゃあ、なんで?』

「考えられるとしたら『指令』だろう」

『指令?』

「女王様からの指令だよ」


 俺の言葉で有里朱は腑に落ちたかのように吐息を吐く。というか、この吐息はどっから漏れているんだ?


『松戸さんだ』

「そういうこと。ただ、今回のは情報が足りないから正確にはわからんが、高木や馬橋みたいな配下系とは違うような気がする」

『というと?』

「雑すぎるって言ったろ。いじめ方が。待ち伏せも不自然だし、万引の罪を着せるにしても、もっと上手いやり方はあったはずだ」

『余裕がなかったとか?』


 有里朱が鋭いところを突く。逆にこいつは、物事を冷静に見る余裕が出てきたのだろう。


「そう。もともと松戸の配下でもなかった人間が、彼女の命令を効率良く実行できるはずがない」

『もしかして、脅されてる?』

「その可能性が高いよ。まあ、本当の事は今の段階ではわからないのだけどね」


 とはいえ、いじめに関してはある程度対策は考えてある。松戸美園への対応策が全く無いわけではない。


 冷静に個別に対応していけば、問題はいずれ解決できるだろう。それこそ絡まった糸を丁寧に解くように。



 ゆえに面倒な敵ではあった。

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