第36話 煽り ~ The Hatter II


 ちなみにトレース元とされるイラストの主は、同年代くらいの女の子であった。情報がpixibのプロフィールくらいなので、どこまで信用できるかはわからない。ただ、あれ以来沈黙を保っている。


 この子もある意味被害者なんだよな。


 勝手にトレースされた被害者だと祭り上げられて困惑しているのかもしれない。あとでフォローしておくか。


 一方『榛名わぴこ』は、絵描きでもないのに知ったかぶりで、たまたま見かけた二つの絵に関連を見いだしたのだ。


「さて、定石としてはこいつの過去の発言で何かやらかしてないかを調べるのだけど……」

『でも、この人、前に調べなかったっけ?』

「あの時は、個人を特定できるものを探してたからな。今回は反社会的な行為をしていないかを探す。他人に厳しい奴に限って自分には甘いからな」

『あー、よくいますよね。そういう人』


 榛名わぴこを探ると、わりと他人を厳しく非難する傾向が見えてくる。もちろん、彼女が正しくて相手が間違っている場合がほとんどだ。


 過去のツイートを遡ってくうちに、胸くそ悪いものを見つける。今回と同じようにトレースを指摘をして、絵描きを一人潰している。


 トレス疑惑のイラストはすでに消去されているが、まとめサイトなどに画像があるのでどんな感じの疑惑だったのかはわかる。


 今回のように拡大して回転させての輪郭線の一致。俺は疑惑の人をよく知らないので、これが本当にトレースだったかどうかは判断できない。もうpixibも退会してTwitterすらやっていないようなので、本人に問い合わせることすらできなかった。


 その人がイラストを投稿することはもうない。「榛名わぴこ」は一人の絵描きの才能を潰したのだった。


 しかも、わりと「榛名わぴこ」を賞賛するコメントも多い【よく見つけたな】とか【一つの才能だよな】【ネットの悪を叩くためにも頑張って下さい】とか、溜息が出るような書き込みもあった。


 本当にトレースしていたとしても、外野があれこれ言う問題ではない。トレースされた人がどう思うかが重要である。


 とはいえ、それはそれで泥沼化する事件もネットでは多く起きている。救いのない話だ。


 さて、ツイートではわりと優等生的な発言が多い。悪いことは絶対許さないという、一見正しいようだけど、視野が狭く、独裁的なことを平気でやろうとする子だった。


 Tvvitterからはインスタクラスへのリンクが貼ってある。


 ここまでは、事前の調査で解っていたことだ。料理の写真とか、風景写真を上げている。面倒くさいからと後回しにしていたが、気合いを入れてみるか。


 両手でパンと頬を叩き、眠気を覚ます。


『痛いよぉ』

「悪い」


 料理、風景、料理、料理、風景、料理ってな具合で、当たり障りもなく、インスタ映えに特化したつまらない画像の連続。センスがある者なら、もうちょっと独創性を持たせられるのだが、そこらへんはいち高校生の自己満足であった。


 そんな中に違和感のある画像が見つかる。


 グラスに注がれた炭酸ジュースで乾杯するところだが、下に見切れるすれすれの所に空き缶が移っている。それはチューハイであった。


 あれはアルコール度数が4%くらいあるやつじゃないか?


「はい、アウト」

『厳しいですね』

「普通に法律違反だろ。他人に厳しいんだったら自分にも厳しくせいや!」

『孝允さん怒ってます?』

「ナナリーを傷つけたし、前に将来有望だったかもしれない絵師を潰した」


 こいつにはお灸というより、その口を塞ぐ方が先だ。


 まずは、最新ツイートをリツイート(引用してフォロワーに知らせる)して、それに対するコメントを付ける。


【こいつ宅女って言ってるけど嘘だなw 女子高生ですらないぞwww】


 煽るような書き込みに対して、すぐに返答リプライが書き込まれる。


【は? 現役のジョシコーセーだけど】


「すぐに返ってきたな。よしよし、次はこうだ!」


【嘘松乙wwwwwwwww】


 流行りの言葉を使いながらのリプライ。嘘吐きだと嘲笑うのがポイント。


【ウソつく理由がないでしょ】


【証拠は? 出せないなら嘘松認定ねwww】


 俺の書き込みから少し時間をおいて、制服姿で目元を片手で隠した写真が投稿される。髪型はサラサラストレートの内巻きヘア。後ろにある小物から、身長は推測できるな。


 えっと、だいたい百七十センチってところか。宅女に七十超えの高身長はあまりいないから特定するのに便利だ。それに髪型はストレートのロングか。鼻と口も見えてるから、調べるのはわりと楽かも。


【これが証拠だよ。あんま人を嘘松呼ばわりすんじゃねえよ!】


【うはっ! ただのコスプレじゃんwwwwww ほんとはババアじゃねえの?】


 かなり煽っていく。彼女のようなタイプならヒートアップするのは間違いない。


【ババアじゃねえよ!】


 次に生徒手帳の名前の部分が隠されたものがアップされる。発行日は今年の四月一日となっていた。ということは一年生で確定。無意識にツイートしてる情報とも一致する。


【なるほど 高校生ってことはわかったよ】


 俺は飄々と書き込んでいく。


【誤れよ】


 ヒートアップしてるなぁ。これLINFじゃなくてTvvitterなんだけど。おまけに誤字で送信している。相当余裕がなくなってきたか。


【高校生ってことはわかったけど このインスタの写真は何かな?】


 先ほどの缶チューハイが映った写真を拡大したものを引用としてツイートする。


【たまたま転がってただけだろ 飲んだ証拠にはなんねえよ】


 写真を拡大したものは、大型掲示板『弐式ちゃんねる』にもスレッドを作って載せる。スレ名は【放火魔女子高生の飲酒問題】。


 缶チューハイの件と、ナナリーをトレス疑惑で炎上させて潰そうとした件を放火魔に喩えて書き込んだ。


 そしてインターネット上では一気に火が付いたように書き込みが広がっていく。


 まとめサイトたちがこぞって取り上げはじめたのだ。


 そもそもネットってのは疑惑の段階でよく燃え上がる。ナナリーの時だって、決定的な証拠じゃなくただ疑わしいってだけだったもんな。


 辛辣なツイートが流れていく。この炎上を止めるのは俺でも難しい。


 ちなみに「榛名わぴこ」とやりとりしたアカウントは、データ収集用とは別に作ったものだ。Tvvitterはわりとそういうところが緩いから、サブアカウントがいくらでも作れてしまう。


 しばらくすると、見苦しく喚くようにつぶやく「榛名わぴこ」のアカウント。多分、あらゆるところから批判的な発言を浴びて、必死になって言い訳をしているのだろう。


 だが、リプライの内容があまりにも酷い。


 相手を誹謗中傷するようなものから、脅しともとれるものまで。切羽詰まった状態なのだろう。だが、これで彼女も楽になれるかもしれない。


 放置して一時間ほどで彼女は沈黙した。


 アカウント凍結という最悪の措置をとられてしまって。


 たしか、Tvvitterの凍結条件って結構厳しかったよな。


 ダイレクトメッセージの過剰送信に、誹謗中傷・個人情報漏洩させる行為、脅迫を含む内容の投稿、あとは多くのユーザーからブロック、スパム報告された場合だ。


 これらすべてを彼女はやってしまったのかもしれない。


 彼女は発信するための身体の一部を失ったようなものだ。まだインスタクラスが残っているとはいえ、あちらも時間の問題だろう。


『これでもう、彼女はネットで迂闊に発言することはしないよね』

「そうだな。凍結は一時的でも、復活してからは少しは気をつけるだろう」


 凍結解除の申請はわりとめんどいけどね。


『今回はわりと地味な戦いでしたね』

「本来、情報戦なんてこんなもんだぜ。情報端末が一つあれば、それなりに戦える」

『ななりちゃんの家に行って撮影した以外は、ずっと机に囓りついていたもんね』

「世論の誘導とか、デカい事やるならもう少し人数と規模は必要だけどな」

『それこそスパイの世界じゃないの?』

「まあな」

『ねえ、孝允さん。今回のななりちゃんの件って“いじめ”だよね」

「ああ、ネットって特殊な状況かもしれないけど、実生活でも当てはめられる。よくいるだろ? 正義感の強い人間」

『うん』

「人は正義をかざすときに自信の正しさを盲信してしまうんだよ。まあ、それは俺にも言えること。有里朱をいじめから守る為にいろいろ酷い事をやってるからな」


 やり過ぎなところがあるのは自覚している。けど、いろいろハンデがあるんだ。微調整なんてできるはずがない。


『孝允さんの場合は、わたしを守る為にやっているんだから。ちょっと違うような気がするけど』

「話が逸れたな。『榛名わぴこ』みたいなタイプは、俺の分類では『同調圧力系偽善者型』と呼ぶ」

『同調圧力系の蔓延型とはどう違うの?』

「蔓延型に特定のいじめっ子はいない。空気みたいなもんだ。偽善者型はそれに便乗した人間のこと」

『それならなんとなくわかるよ。だからルールを外れた人を責め立てるのね』

「自分が圧倒的に正しいと信じているからな。有里朱も経験あるだろ?」

『そうだね。わたしがいじめられるきっかけになったのもそんな感じだった』

「最初は明確ないじめっ子がいただろうが、クラスが同調するうちにそれが薄れて消えていく。最初にいじめた奴をやっつけたとしても、問題は何も解決しない」


 いじめる側が個ではなく、クラスという群れで機能しているからな。


 そういう意味じゃ、今回の炎上騒ぎは対応が遅れたらナナリー叩きがネットに蔓延して手遅れになっていただろう。


『だから厄介なんだね。孝允さんでも、まだ解決策が見つからないと』

「ごめんな。頼りなくて」

『そんなことないよ』


 これにてナナリー炎上事件はひとまず幕を閉じた。


 そういや「榛名わぴこ」ってうちのクラスだったよな。身長百七十センチ超えで、サラサラストレートの内巻きヘアって……我孫子陽菜で確定か。あいつカースト上位だけど、裏の人格はこういう風なのか。


 これで弱みも握れるし、何かあったときにコントロールできるだろう。


 有里朱のためにも手札は必要だ。

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