第11話 準備と予行演習 ~ spade I
当たり前だが、明日は日曜日で休みだ。
てなわけで、Konozamaから届いた数々の品をベッドの上に並べて明日の予定を考える。
「なあ、学校の北西に雑木林があったよな?」
『あるけど、それがどうしたの?』
「あそこって私有地?」
『ううん、たぶん国有地じゃないかな。雑木林を突っ切る林道に、それらしい看板が立ってたと思う』
「なるほど、じゃあちょうどいいから、実験はあそこでやるかな」
『実験って……何企んでるんですか?』
「秘密基地を作るだけだって」
『もう……なんで男の子ってそういう秘密基地的なものが好きなんですか?』
「そりゃあ、ロマンだからだろ」
『……はいはい』
俺の完璧な答えをスルーする有里朱。慣れてきたこともあって、わりと気を遣わなくなってきたな。まあ、良い傾向ではある。
さて、ベッドの上を片付けると机のところに行き、PCを起動。回収したマイクロSDカードを再生する。
映し出されるのは教室。
神崎に上履きが隠されたその日には、お急ぎ便で届いた隠しカメラを教室に仕掛けておいたのだ。
上履き以外も盗まれると思っての設置だったが、意外と鞄には誰も触れてこない。
それ以降、教室内の様子を監視するのに毎晩動画を見るのが日課となっている。もちろん、時短の為、十倍速で流し見だ。
盗難には目を配らなくていいので、人の動きだけ観察すればいい。この数日で教室内の人間関係がわかってきた。
有里朱のクラスは三十人。その中で三から六人ほどのグループが七つある。最大派閥は六人のグループだ。中心らしき人物は
ただ、有里朱に直接絡んでくることはない。もしかして、高木たちに指示をしているのは我孫子ではないかと疑ったことがあるが、この上位グループと高木たちのグループはあまり接点がなく、話す事も希だ。
それよりも高木たちは休み時間になると他のクラスに行くことが多い。となると、奴らのボスはそのクラスにいると予想がつく。
ここ数日、上履きを盗んでいた神崎の様子も大人しい。自殺するのではと、注意していたが、まったくそんなことはなかった。相変わらずTvvitterでは毒を吐いている。
彼女もまた、俺たちと同じくグループに属さない孤独な人間なのだ。そう簡単には新しいターゲットを見つけることはできないであろう。今回は、たまたま有里朱のような自分より弱い人間を見つけてしまったのだからな。
グループに属してないと言えば、有里朱が「かなめちゃん」と呼ぶ若葉かなめの事も気になる。孤立しているのかといえば、そうでもなく、休み時間には他クラスへと足を運ぶ。
もう一人、「ぼっち」らしき女生徒がいる。孤立しているのではなく孤高? いや、それを超越した余裕すらある。よほど心の強い人間なのか?
なんだろう、このプロファイリングしきれないモヤモヤ感は。底が見えないとでも言うのだろうか。
彼女の名は田中
まあ、こいつもボスとは考えにくい。高木たちはわりと無視しているし、接点はほぼない。隠しカメラを仕掛けてから、一度も彼女と言葉を交わしたことはなかった。
やはり高木たちのボスは他クラスにいると考えるのが無難か。そうなると、もう一個くらいカメラを設置したい。……見つかったら停学ものだけどな。
それと教室内での目に見えるいじめは、高木たちがおとなしくなってから一度も発生していない。それは有里朱以外も含めてだ。
考えてみれば、いじめられる人間は限られている。グループに属さない有里朱か神崎か若葉か田中がターゲットだろう。ただし、神崎はたくましいし、若葉は他のクラスに友だちがいるみたいで、田中は孤高なタイプだが厳密には孤立していない。
消去法でいけば、有里朱がいじめられるのもやむを得ないパターンか。
こういう閉鎖した空間であれば、人間でなくともいじめは起こりうる話だ。本能として、一番弱い個体を排除する様に出来ているのかもしれない。
**
今日はお出かけだ。
この街へ来て、学校へ行く以外での初めての外出である。
『楽しそうですね』
「そりゃ、馴染みのない街を歩くのは楽しいよ。自分の知らない場所を発見できるんだからね」
まずはジャージに着替えて、学校の裏にある雑木林へ行く。
天気もいいが、公園があるわけではないのでひとけはなくひっそりとしている。
林道を少し外れて、雑木林の中へ入っていく。紅葉している木も僅かにあるので、秋らしい気分を味わえる場所でもあった。それにもう十月なので、虫が鬱陶しくなることもない。
「ここらへんでいいかな」
『何をするんですか』
「秘密基地」
『秘密基地を作るって事ですか?』
「まあ、そういうことだ」
一番太い木の根元にリュックをおくと、持ってきたスコップで穴を掘り始める。
が、やわな身体なので、数分で手が痛くなってきた。
『手が痛いよぉ』
「か弱すぎるだろ! スポーツとかやってなかったのか?」
『やってないよ。ずっと帰宅部だったからね!』
自慢げにそう言われても、どう突っ込めばいいのやら。
仕方がない。穴掘りは休み休みやろう。ついでにちょっと
木と木の根元付近にロープを結びつけ、足が引っかかるように調整する。その場所の目印になるよう、目線の位置にある枝に黄色いビニールテープを巻き付けた。
いちおうシミュレーションのため、逃げるふりをして走りながら、その目印を確認して小さくジャンプ。
なんとか引っかからずに通れた。ジャンプがわざとらしいと追ってきた奴にバレるし、歩幅で合わすのは目測を誤って自爆する確率が高くなるからなぁ。
『ねぇ、秘密基地はどこに作るの?』
「ん? ここだけど」
俺は穴を掘った場所を指す。
『わぁー、竪穴住居なの?』
棒読みのような有里朱の反応に苦笑する。
「そんな、中学生みたいな
『えー? ロマンじゃなかったの?』
「あれは単なる言葉のアヤだ。というか、そこまで非現実的なもんは作らねえよ。建物なんか作ったらすぐバレるだろ」
俺はそう言いながら、穴の近くの木に赤と黄色のビニールテープを巻き付ける。
ここは何かあった時のための最終決戦に備える場だ。まあ、女子のいじめなんて肉体的なものが少ないから、使われるようなことはないとは思う。が、それでも緊急事態には備えるべきだ。
穴は持ってきた角材とベニヤ板で補強し、崩れないように周りを固める。そして、耐水性の道具箱と同じく耐水性の金庫を入れて、とりあえず完成だ。今度来たときは、もうちょっと改良することにしよう。
あとはこの近辺にもう少しトラップ仕掛けておくか。あそこに落ちてる
気温はそんなに高くないとはいえ、汗だくになってしまったので、いったん家に戻る。シャワーを浴びて(もう有里朱も文句も言わなくなってきた。ただ、怖いくらい黙って、シャワーの最中は問いかけにも答えないのが少し気になる)、私服に着替える。
わりと地味目な服しか持っていないようだ。裏のタグを見るとファストファッションのウニクロだった。
「おまえデザイナーの娘じゃないのか?」
『デザイン会社の社長の娘よ。お母さんはその……あんまりセンスよくないから』
優秀な社員がいるってことね。
でも、それがファストファッションとどう繋がるのかがわからない。何か誤魔化してないか?
「服も買って貰えないってことはないだろ? 稼ぎはあるんだろうし」
『服屋さんはね……苦手なの?』
「苦手?」
『なんか、店員さんが怖くて』
なんとなくわかってきた。俺の場合は、『怖い』じゃなくて『ウザい』だけどな。
「店員が話しかけられるのがイヤだから、通販で済まそうってタイプか」
『そうよ悪かったわね!』
と泣きそうになりながら怒り出す。ずっと気にしていたのだろうか。どんだけ内弁慶なんだよ……。
仕方が無いので、ウニクロの服を適当にチョイスする。
「通販でも、もう少しいいところで買えばいいのに」
『サイズとか失敗したら、お母さんに文句言われるもん。だから、サイズも値段も無難なウニクロなのよ』
「友だちできたら、どっかに買いに行こうぜ。もう高校生だろうが」
『そうだけど……あんまり高い服でもお母さん、文句言いそうだし……』
母親への恐怖が有里朱の心には刻まれているようだな。これはかなり根が深い問題なのかもしれん。
「服はおこづかいから出しているわけじゃないのか?」
『服代は別にくれるよ。でも、季節毎に金額は決まってる』
「一つ確認だが、服を選ぶのはおまえがやってるんだろ?」
『そうだよ。お母さんはお金だけ。でも、サイズとか失敗して追加をもらうのは苦労するの』
結構気難しいタイプなのね。そこまで苦労するくらいなら、ファッションにはこだわらず、人とも関わらなくていい通販に走るか。
「多少なら俺が出してやるよ。今はこの身体借りてるわけだし、必要経費だ」
『けど、Konozamaも通販のみでしょ?』
そりゃ実店舗がないわけだから、俺のポイントも使えない。かといって、銀行口座は手を付けられないし……。
そうか!
多少損はするが、ポイントを現金にする方法はある。換金率の高いゲーム機などを買って、それを売ればいいのだ。今ならインテンドーのスイッピあたりが換金率高いかな。
ウニクロの服に着替えたところで、スマホを取り出してゲーム機をポチっておく。といっても、発送が一ヶ月先だった。まだ品薄なんかよ……。
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