第9話 嘘吐きの代償 ~ Red Queen II
高木の顔が歪んでいる。
まだ遊び足りないのだろうか? いや、そういう単純な事じゃないな。さっき見てたのはスマホの画面だ。LINFかなんかで連絡が来たのだろう。
「
三人組の一人の栗ヶ沢が、突然そんなことを言い出す。多少棒読みっぽいとこもあるので、明らかに嘘であろう。ゆえに大人しく金を渡す気は無い。
「今お金持ってないんですよ。千駄堀さんのスマホ貸してもらえます? 画面割れくらいなら十分で直してくれるとこ知ってますから」
俺のその言葉に、栗ヶ沢が視線を逸らす。そこまでは想定してなかったようだ。同じく高木の方も見るが、こちらは千駄堀に「どうする?」と聞いているようにも感じる。
どうも三人組の人間関係をみるに、誰がリーダーというわけでもなさそうだ。
すると千駄堀が前に出て不機嫌そうに喋る。
「わたしのスマホは自分で持ってくよ。データとか見られるのイヤだしね。でもでもぉ、わたしはスマホ壊されたのに、美浜はなんの不利益も被らないのはおかしいよね?」
千駄堀は何を要求するのだろう?
まあ、サブのタブレットを差し出せば、仮に壊されても大切なデータは入っていないので被害は少ない。安価な中華タブだし、また買えばいいな……って、これもいじめられっ子の自虐的な論理だ。こういうのが染みついてしまうと、ますますつけ込まれてしまう。
「どうすればいいんですか?」
ひとまず「気弱な有里朱ちゃんは脅えて上目遣いになります」という演技。こういう余裕が持てるうちはまだ手はある。
「あんたのスマホ貸してくんない?」
「え?」
「大丈夫。あんたのスマホを壊すなんて鬼畜なことはしないから」
俺は立ち上がると、サブのタブレットを千駄堀に渡す。中華タブの方だ。
「デカいな」
「六インチですから」
千駄堀は受け取ったタブレットを操作し、画面を見ている。
「あはは……LINF入れてないんだ。あ、そうか友だちいないもんね」
そのタブレットを後ろから覗き見ている高木と栗ヶ沢が、ニヤニヤと楽しそうに
「電話帳ないの? わたしのと使い方がちょっと違うからわかんないなぁ」
いたずら電話でもかける気か? と思ったが、中華タブはデータ通信専用なので、電話はかけられない。
「あ、このアプリ知ってる。面白いよね。ついつい、やりこんじゃうよね」
何かお宝を見つけたように喜ぶ千駄堀。そして、高木が彼女の耳元に何か囁くと、千駄堀がニヤリと笑う。
「ちょっとゲームやらせてもらうよ」
俺の許可を待たずにアプリを起動する千駄堀。そのアプリとは女子高生の間でも流行っていると言われるムツムツというパズルアクションアプリだ。ネズミーのキャラを使ったもので、かなりのダウンロード数を誇っている。
彼女は一ゲームを終了させると、おもむろにルビーの購入画面へと移行する。ルビーはゲーム内でアイテムを買う時に使える仮想通貨だ。ルビー自体はリアルマネーで購入できる。
「買っちゃおうかなぁ」
「……」
「暗証番号は?」
「えっと……」
これ恐喝だよな?
「少しくらいいいじゃない。わたしのスマホは結構高かったんだよ」
「5963です」
「はい、承認っと!」
彼女は決済画面の承認ボタンをどんどん押していく。利用限度額は決まっているものの、キャリア決済ならクレジットカードが要らずに購入できる。
ひどいなぁ……と心の声なのに棒読みでこぼした。この手のいじめがあるってのは事前に知ってたので、いちおう対処方は考えてあった。
アイコンで表示される『ムツムツ』は、正規のアプリではなくシミュレーター。ゲームの部分は正規のものを流用しつつ、課金部分も本物のように再現している。ガチャのシミュレーターもあったから、そっちも食いついてくれたら楽しかったのだけどな。
「はい、ありがと。すっきりしたから、もういいよ」
スマホが返ってくる。課金金額は洒落にならないほどだ。
俺はそれを握りしめ、身体を震わせる。
「だっせー」
「泣くことねーじゃん」
「しかし、玩具としてサイコーだね」
そこで千駄堀が懐から傷一つないスマホを取り出して、見せびらかすようにこちらに向けた。
「バーカ! スマホは壊れてないんでしたぁ!」
「騙されてやんの」
「ほんと、美浜はちょろいよなぁ!」
そう言って三人組は去って行った。
つうか、泣いてねえよ。笑いをこらえるので必死だったんだよ。
**
家に帰るとお楽しみの編集タイムだ。
しかしまあ、いい画が撮れたもんだ。
さすが金持ちのお嬢様の持つ、よくわからないWACだけあって、編集がさくさく進む。スペックは結構いいやつなんだな。まさかWACブックのあとにプロなんてついてないよなぁ。ネットサーフィンするだけならオーバースペックだし、宝の持ち腐れだぞ。
動画編集ソフトは標準搭載されているものに、フリーツールをいくつか組み合わせて作業を行う。
『わぁ、こうやって動画って作るんだ』
有里朱の口調はわりと砕けてきた。俺としては、別に年上だからといって、敬語で話してもらわなくてもいいのだ。できれば、このままの調子で話しかけてもらいたい。
「編集は簡単だけど、モザイクかけたり、文字打ったり、あとでエンコもしないとな」
「モザイク? エンコ?」
『まあ、覚えなくてもいいよ』
夜中の零時前には編集は終わった。あとは動画サイトにアップロードして、明日を待つのみ。
あ、そうそう。千駄堀のTvvitterアカウントわかったんだった。
『これが千駄堀さんのTvvitter? でも、本名じゃないね』
彼女のユーザー名は「めいめい山羊さん」。
「ほら、ここの最新のつぶやきを見てみな」
そこに表示されているのは、廊下で土下座をする有里朱の姿。顔は映っていないので個人が特定されることもない。おまけにセーラー服の前の部分が見えないので、学校も特定しにくい。
写真には「指令により土下座げっと!」と、どこかで聞いたような言葉が添えてある。
アカウントを凍結させる方法もあるけど、このまま泳がした方がおもしろくなりそうだな。
さて、ダイレクトメッセージから招待状でも送っておこう。
**
次の日の放課後、千駄堀と高木と栗ヶ沢をそれぞれ一人ずつ呼び出した。
ダイレクトメールには投稿した動画のURLが貼ってある。これは千駄堀経由で他の二人にも伝えてもらった。個別に対応するために、三人で一緒に来られないように罠も張っておく。
北校舎の二階には、使われていない空き教室があることを探索で知っていた。もちろん鍵は掛かっていたが、教室の簡易な鍵など開けるのは簡単だ。サーバー室のように脱出不可能の無理ゲーじゃないからな。
あそこに閉じ込められたときはマジで死ぬかと思ったよ。エアコンの温度設定が二十度だもんなぁ……と、過去のトラウマを思い出しかける。
窓際を向いて机の上に腰掛け、前面のみのフェイスマスクを被る。中で待つこと数分。まず千駄堀がやってくる。
「あんただったのね。そりゃそうだ、あのアングルはあんたしか撮影できないもの」
昨日の動画は、胸ポケットに忍ばせたメインのスマホから録画したものだ。制服を改造してちょいと穴をあけたので、スマホが入っていたことは気付かれなかったようだ。
自演エアダイブからの「スマホが壊れた」騒ぎとその後の土下座、そして悪ふざけで洒落にならないアプリ課金、最後はネタばらしで去って行く場面までばっちりと撮れている。
もちろん、顔と制服の一部は特定されないためにモザイクをかけていた。
それでも、いじめだとわかるような動画だ。コメント欄は荒れているというか、盛り上がっている。九割くらいの書き込みが俺たちの味方である。
「コメント欄見た? 自分がどれだけ酷い事をしたか自覚できるでしょ?」
俺は振り返らずに背中で語りかける。このまま振り返ったら仕込みが全て台無しだからな。
「今すぐ消せよ!」
「なんで?」
「……なんでって……」
日常的にいじめていたから、相手が自分の言うことを聞く奴隷だとでも勘違いしてしまったのだろうか。そうだとしたら、哀れむべき存在だ。
「消すかどうかはわたしが判断するよ。その前になんか言うことないの?」
「言うこと?! わたしが美浜になにを言うっての!」
「まあ、強制的に謝罪させるのは好みじゃないから、どうでもいいんだけどね」
彼女が心から反省してくれたのなら、少しは考えようと思った。だが、それはないようだ。
「わたしを呼び出して、どうしようっての?」
「察しが悪いね」
「わたしを脅そうっての? 金なんかないわよ」
あまりにも自分本位の性格なので、対応するのも疲れてくる。金なんかせびるわけないじゃん。それは恐喝だ。
「わたしとしてはね。いじめをやめてくれるのなら、全部なかったことにしてもいいと考えているの」
あくまでも「考えている」に留める。
「やめる……うん、やめるよ。それで削除してくれる?」
軽いノリだな。思考停止で物事を考える力がなくなってるのか? まあ、単純に有里朱が舐められているだけだろうな。
「口約束だけじゃ信じられないなぁ。千駄堀さんて、人のこと騙すの好きでしょ?」
いちおう渋ってみる。最初から決まっていた台本だけど。
「やめるから信じて、お願い! もうホントにしないから」
彼女の必死で演技っぽい懇願は、とても醜く感じる。どこに真実があるのだろうか? すべて嘘で塗り固められているような気がしないでもない。
「わかった。やめるってのなら、削除する」
そう言って、スマホを操作する。
「ほんと?」
「消したわ。確認してみて」
DMで教えたURLは見られなくなっているはずだ。それを確認した千駄堀が馬鹿にしたように笑い出す。
「ふふふ、ほんとだ。ありがと! あんたがバカでさ!」
豹変する千駄堀。ほんとわかりやすくていいな。
「あんた嘘吐きだね」
かり梅が食いたくなる。
「え?」
「消したのはミラーの方だよ。教えたのもミラーだけどね」
動画は二つ同時にアップロードしてあった。そのうちの一つを削除しただけ。
「え? だって……」
「メインの方はどんどん再生回数が上がってるねぇ。百万再生超えたらモザイク外すって宣言してあるから、かなり盛り上がっているみたいだけどさ」
炎上ではなく盛り上がってるのはそのためだ。もちろん、味方でない一割の中にはモザイクを外すのを執拗に反対している者たちもいる。
「……」
ばたんと後ろで倚子が倒れる音がする。呆然としている千駄堀の姿が目に浮かぶな。
「ネットで顔出しして個人が特定されたらどうなるか知ってる? あ、この場合はやらかしちゃった場合ね。反社会的な行為をおこなった
ある意味週刊誌より怖い制裁が待っている。ネット民が個人を特定して執拗に嫌がらせをするだろう。今までいじめていた側の人間が、簡単にいじめられる側に回るのだ。
「ごめんなさい。消して……消して下さい。お願いします」
だから、その必死な懇願は意味がないって。
「わたしのこといじめない?」
「いじめません! もう二度とあなたに意地悪しません」
土下座しているのだろうか、低い位置から声が聞こえてくる。
「さっき嘘吐かれちゃったからね。信用なんて無理でしょ」
「そこをなんとか……お願いします」
「うーん……どうしようかなぁ」
答えはもう決まっているが、いい気味なので焦らしてやろう。
「お願いします」
彼女の泣きそうなくらいの必死の声。今度のはわりと本気に思える。でも、そんなことはどうでもよかった。
「わかった。動画は
俺は、ニタリと笑いながら振り返る。そして、そこに這いつくばる千駄堀の顔を見つめる。
「あなたは終わりだよ」
一瞬、千駄堀の身体が硬直する。が、断末魔のような悲鳴とともに逃げ出していった。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」
誰も居なくなったことを確認して、顔から面を外す。これは、パーティー用のゾンビマスク(前面のみ)だ。ちょっと価格を高めのにしたので、リアリティは凄い。有里朱も届いた箱を開けて見た時に、めちゃくちゃ怖がっていた代物だ。
さてと、次は高木、そして栗ヶ沢か。まあ、ちょろいよなぁ。同じ作業の繰り返しだし。
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