第7話 犯人捜し ~ Duchess II
俺は放課後、担任の教師のところへ相談に行く。とりあえず性格が豹変ってのは目立つし、不審がられるので、有里朱の性格を真似て気弱に話をしてみることにした。
女子高生の口調はネットゲームのチャットなんかでネカマとかやってたし、わりと得意な方だ。教科書はアニメや漫画やラノベである。
今どきの女子高生なんてできるかい! と半ばヤケにはなっていた。
『職員室は行かない方がいいよぉ』
「なんで?」
『行っても無駄だから』
「だから、なんで?」
『行きたくないし』
なところが、当の有里朱は職員室へ行くことを必死に拒んだ。しかしながら、身体の制御ができるのは俺自身なので、なんの問題もなく職員室に到着する。
「ということなんですぅ。毎日毎日困ってるんですよぉ」
ちょっと有里朱とはキャラ違うかな? もうちょっと自然に喋るか。
「んー、誰かが盗ったって証拠はあるの?」
教師とは思えない言葉だった。いや、教師だからこそ大事にしたくないという表れなのだろう。
三十代前半くらいの女教師で
だが、そんなのは見た目だけ。
「でも、これって窃盗事件じゃないんですか? 警察に相談してもいいですか?」
少し感情的になって口調が強くなってしまう。
「ダメよ! そんなこと許されないわ!」
どういうわけか怒られた。
「えっと……」
被害者なのに怒られるという理不尽さ。言いたいことは山ほどあるのだが、ここはあえて我慢しよう。
「ごめんなさいね。警察に行ったら困るのはあなたもなのよ。警察沙汰になったらマスコミが押し寄せてくるし、あなたの事だって週刊誌にめちゃくちゃ書かれるのよ。そんな人生を棒に振るようなことにしたくないでしょ」
言ってることがめちゃくちゃだった。
とにかく、事なかれ主義。自分の担当するクラスで事件なんか起こされちゃかなわんってタイプなのであろう。
たしかに担任の教師に頼ったのはこちらの判断ミスであった。ならば対策を考えよう。こんな場所、一秒たりとも長く居たくない。俺たちは泣き寝入りすると見せかけて職員室を後にする。
『ね、だから言ったじゃないですか。あの先生、まったく頼りにならないんですよ』
「はぁ……上履き買い直すのか?」と溜息が思わず出る。
毎日盗まれるなんて異常だろ。そんなのいちいち買ってたら莫大な金額になる。やはり警察に直接相談するほうがいいのか?
『たぶんね、そろそろ出てくるよ』
有里朱が声がぼそりと聞こえてくる。
「どういうこと?」
校内を歩いていると、廊下に上履きらしきものが転がっていた。上履きの
『ほら、あった』
あきらかに誰かの手によって放り投げられたものである。なるほど、これが毎日続けば「たいしたことない」と思ってしまうのも仕方がないか。
俺が怒り狂って担任に相談したり、一日中不機嫌になったりしなければ、大したダメージはない。朝来たときにちょっと手間がかかるだけなのだから。
けど、本当にそれでいいのか?
**
夜にはKonozamaから商品が届く。プライス会員万歳! 月々たった三百円ちょっとで、お急ぎ便を利用できたり、動画が見放題になるサービスだ。ただし映画やアニメをメインで見るのなら、コンテンツの充実した他の動画配信サービスの方がいいんだけどね。だって、あくまでもおまけだもん。
鼻唄を歌いながら送られてきた箱を開けて、一つ一つベッドの上に並べて確認する。
『隠しカメラはわかるけど、この缶詰は何?』
「それ、癖になる味だって噂だよ」
『この液体は?』
「よく手品とか実験で使われる」
『これスマホ? ちょっとおっきくない?』
「SIMフリーの六インチ中華タブだよ。厳密にはスマート『フォン』ではない」
有里朱と話しながら商品を選別すると、一部を持って学校へと向かう。警備員室に行って、忘れ物を取りに来たことにすれば中に入るのは簡単だ。
そこで念入りに準備をすると、家に戻りPCを立ち上げる。
気になっていたTvvitterのアカウントがあった。書き込みの状況を分析するに、神崎である可能性が浮上する。
ユーザー名は「神月のアオイ」。少し前に流行ったアニメ「型月のアヤコ」から捩ったのだろう。ちょいとネーミングセンスに難はあるが、クラスの神崎葵と見て間違いない。俺がスリッパで登校した直後に、その足元を撮った画像とともに謎のつぶやきをしていた。
【ちょろいちょろすぎるんご】
ネットスラングっぽいが、大型掲示板『弐式ちゃんねる』に入り浸る『まんJ』民かよとのツッコミは正しくない。『んご』は中高生の間でも流行っているみたいだからな。
彼女はアニメ好きらしく、アイコン画像は今流行している男性アイドルゲームのキャラ。これはなんちゃらマスターのsideMか。
書き込みは、ストレスを吐き出すような他人の悪口が多い。
【担任が無能すぎて笑えるwww】
【カースト上位だからってうぜえんだよ!】
【冬服ダサすぎて転校してぇ】
【紐子の焼畑農業許すまじ】
【駅にいるハゲオヤジ マジ死んで欲しい】
「なるほどな。なんとなくわかってきたよ」
『本当に神崎さんが犯人なのかなぁ?』
「まあ、それは明日わかるって」
そう言って、俺はスマホを取り出し、裏面のライト部分にセロハンテープを貼る。
『何をしているんですか?』
「明日の準備さ」
貼ったテープの上から青のマジックペンで塗りつぶす。
『ん?』
有里朱には理解不能のようだ。ハテナマークでも出てるかのような反応である。表情が見えないのがなんともどかしい。
さらにセロハンテープを貼ると、その上から今度は紫のマジックペンで塗りつぶす。
そんな感じで、ちまちまとした作業を行っていった。
**
次の日、またしても上履きがなかった。
「用務員室だね?」
俺は余裕を持って有里朱に問いかける。
『そうですけど。盗られないような対策じゃなかったんですか?』
「うんにゃ、犯人を見つけるための対策だよ」
俺はニヤリと笑う。ただでさえ、いじめられているのだ。あまり不審な行動はとらないほうがいいだろう。が、ついつい笑みがこぼれてしまう。
教室に行くと、昨日と同じく神崎が俺のスリッパを見て喜んでいる。そうかそうか、そんなにスリッパフェチだったのか。
にんまりと彼女に対して
その日の休み時間、何度か彼女の近くを通り、決定的な証拠を集める。彼女が犯人だという予想は見事に的中していた。
そして昼休み。
神崎が一人で席を立ったのでそれを追いかけていく。彼女はトイレに入るところだった。
「神崎さん」
入る寸前で俺は彼女を呼び止める。
「なに?
振り返った神崎は訝しげな目で俺を見ている。小馬鹿にしたような見下したような視線だ。
「上履き盗ったでしょ」
ストレートに言った。ここでの小細工は時間の無駄。
「あん!? 証拠があるのかよ!」
強気な発言の神崎さん。だが、こちらには証拠がある。思わずニヤリと笑ってしまった。そして、まるで
「お手」
「バカにしてんの美浜のくせに!」
差し出した手をぱしりと叩かれそうになるが、その手首を掴む。
そしてスマホのライトを当てる。セロハンテープとマジックインキで作り出した擬似的な近紫外線。それに反応するのは特殊塗料。
彼女の指先あたりから不自然に光を放っている。
「実はさ、上履きに特殊な塗料を塗っておいたわけ。で、神崎さん、あなたの指先はこんなに反応してるんだけどさ。何でかなぁ?」
休み時間、本当に彼女が犯人かどうか、すれ違いざまにスマホのライトを当ててみた。明るい場所なので、あまり目立たなかったが、その時にも指先に不自然な光を見つけたのだ。
「これは……」
どんな言い訳をするのだろうかとワクワクしていたら、ただ黙り込むだけだった。なんだよ、いじめる覚悟があるなら、反撃される覚悟もしとけよな!
「盗ったことを認めるんだね」
「セコイな……上履きなんて、たかが五百円くらいのもんだろ?! いちいち細けえんだよ!」
「たかが五百円と言うか? 今まで毎日のように盗んでいたんだよね? それに直接返して貰ったわけじゃないから、あのまま無くなっていたら、買い直さなきゃいけないよね?」
そこまで言ってちょいと視線を逸らし中空を見つめて有里朱に質問する。心の声と普段の声の切り替えは、慣れると苦にならない。
「いつから盗まれてた?」
『今年の六月の中旬くらいからです』
そうなると四ヶ月、祝日と日曜日と間に夏休みがあるから約七十日くらいか。
俺は再びは神崎へと視線を向け、口上を続ける。
「今まで盗んだ分、五百円×約七十日としたら三万五千円。まったくセコくない金額だよね? これに加えて毎日毎日用務員室にスリッパを借りに行った時間の無駄。これはプライスレスかな?」
「でも、返しただろ!」
「返したって言い切ることは、盗んだことははっきり認めたのね」
神崎の顔に「しまった」と焦る表情が浮かぶ。それで俺の心は急激に冷めた。もう少し駆け引きを楽しみたかったのだが。
「もういいや。警察行くか、担任のとこ行くか決めて」
不機嫌にそう言い切る。彼女が警察と言わないのは予想済み。すでに誘導に入っている。
「わかったわよ。じゃあ、
教師なのに呼び捨てにされてるなぁ。あの先生なら舐められても仕方ないけどさ。
上履きを回収すると、神崎を連れて職員室へ向かった。決定的な証拠を掴んだというのに、何かまだふてぶてしい態度である。
途中、廊下で不可解な物を見たような視線を送る三人組に出会う。そういやこいつらどっかで見たことあるなぁ。
「誰だっけ?」
『えっと……高木さんと
「ああ、屋上におまえを閉じ込めた奴らね」
とりあえず今は神崎のことに集中しよう。あいつらは後でたっぷり仕返ししてやる。
そして職員室に到着し、館山先生に説明すると、隅にあるパーティションで仕切られた場所まで連れて行かれた。四角いローテーブルが一つとソファーが対で二つ、ここは来客用のブースだろうか。
ところが対応する側の教師が要領を得ない。
館山先生は、はぁとため息を吐いた。まるで厄介ごとを持ち込みやがってと、俺たちを咎めるように。
「いたずらなんでしょ?」
教師は神崎の方を向き、柔らかい口調で問いかける。なるほど、あくまでも穏便に済ませたいわけか。
「ええ、ただのいたずらなんですよ。美浜さんったら大げさでぇ」
と神崎は余裕の笑みを見せる有様。なんだ、この歪んだ会話は。怒りが沸々と湧き上がる。
「先生! 毎日毎日ですよ。そんなのイタズラじゃなくて、ただのいじめじゃないんですか?」
いちおう情に訴えるように教師に伝える。俺としてはいじめなんて言葉、使いたくなかった。だって、ただの犯罪だもん。
「でも、軽いいたずらなんでしょ? 大事になるとは思わなかったんでしょ?」
聞いているだけでムカムカする。駄目だこいつ…早くなんとかしないと! 「Death」と書いたノートがあれば便利なのだが。
「そうなんですよ。美浜さんとはクラスメイトですから、これくらいは許して貰えるかなって」
てへぺろ、でもやりそうなノリだ。とにかくこの和やかな空気は歪んでいる。反吐が出そうなくらいに。
「これくらいって、それは仲の良い間柄の場合でしょ? わたし神崎さんとは仲良いどころか意地悪されてるんですよ」
「えー、仲いいじゃない」
と、神崎が肩を組んでくっついてくる。気色悪い奴だなぁ。
俺はスマホを取り出し、先ほどの会話を再生する。
「バカにしてんの美浜のくせに!」
と神崎の声が再生された。まあ、こんなもので館山先生が説得できるとは思わないけどな。
「これでもわたしたちは仲がいいと?」
「えっと、それは……だめよぉ神崎さんとは仲良くしないとぉ」
この先生は自分で何を喋っているのか理解できていないのだろう。明らかに問題解決能力が欠如している。
「話になりませんね。このまま教頭先生の所に話を持っていきましょうか?」
「それはダメ! 私のクラスではいじめは無いことになっているから」
溜息が出てくる。給与査定に響くから都合の悪いことは上司には知らせたくないわけか。
そりゃ、俺も勤め人やってたからその気持ちはわからないでもないけどさ。一人の生徒の人生がかかってるんだぞ? そんな場合じゃないだろ。
「だったら、なんとかしてくださいよ」
「何とかして欲しいのはこっちよ。お願いだから仲良くして」
いや、仲良くできるわけないだろ。一方的にいじめられているのに。頭悪いのか、こいつは。
「話になりません。このまま教頭先生の所に」
「待って」
がしりと、館山先生に腕を掴まれる。尋常でない力は、痕が残りそうだ。
「なんですか?」
「あなたは疲れているのよ。ちょっとした事に寛容になれなくなっているの。ただのいたずらなんだよ」
「何言ってるんですか?」
あまりの言葉に呆れかえるが、それを援護するように神崎の歪んだ笑みがこちらに向く。
「わたしと先生が二人して、あんたの言葉はただの妄想だって言い張れば教頭は相手にしないでしょうね」
「でも、証拠なら」
「この変な液体? わたしぃ、美浜さんにいじめられてぇ、変な液体かけられちゃったんですけどぉ、って言ったらどうなる?」
かわいこぶった神崎の下手な演技は見るに耐えない。
俺は館山先生を見る。聞かなかったフリをしているようで、横を向いていた。
「先生……ここまでわたしのことを追い込むんですか?」
「しかたないじゃない」
この先生は生徒が追い込まれて自殺するとか考えられないのだろうか? いや……そもそも、この先生は追い込まれていて、そんな思考さえも放棄しているのだろう。
仕方ない。別の方向から攻めるか。
胸から二台目のスマホを取り出す。といってもこっちはSIMフリーの中華タブだ。通話はできないデータ通信のみのタイプ。チャージタイプなので、本人確認やクレジットカードはいらない。
「今までの会話は録音してあります。さて、文字に起こしたら、ものすごく不自然ですよね。こんなむちゃくちゃな会話が成り立つと思いますか? いいですよ。先生のお願い通り教頭先生には言いません。あくまでも神崎さんの行為がいたずらというのなら、先生の大好きな週刊誌にでも持って行きましょうか? それで世間様に判断してもらいましょうか?」
先生は突然、二台目のスマホを取り上げようとする。が、寸前でそれを避ける。何してんだかこの先生は。子供かよ!
「えっと……録音だけじゃなくて録画もしてますよ。今の不自然な動き、証拠を隠滅しようとする行動が全部撮れてますから」
というか、この先生ヤバイんじゃね? 普通に考えればそんな行動起こさないだろう。
「お願い……やめて……ねぇ、どうすればいいの」
取り乱しているのだろうか? 自分の中の処理能力を超えて、どうしたらいいかわからなくなっているのかもしれない。社会人経験をせず、教師一筋だったやつに多いんだよな。
「だ・か・ら。上履き隠されて被害を訴えてるのに、どうしてそれがわかんないんですか?」
「上履きを盗むのをやめさせればいいの?」
先生は泣きそうな顔というか、もう半べそ状態だ。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。
「そうです。困ってるっていったじゃないですか。でも、いいです。先生には日本語が通用しないようですから」
「待って、週刊誌はやめて」
俺の肩をギュッと掴む先生。爪が食い込んでて痛いんだけど。
「週刊誌はやめます」
もともと動画サイトにあげることを検討していたわけで、週刊誌はギャグのつもりで言ってただけだ。とはいえ、先生の世代的には週刊誌の方が怖いのかな?
「……ありがとう」
館山先生は項垂れて謝辞。この頭の悪さ……もう訳がわからないよ。
「その代わり、神崎さんがわたしに対して何かいじめをしてきたのなら容赦はしませんよ」
「ええ、わかったわ」
「録画してありますからね。守らなかったら動画サイトにアップしますよ」
「え?」
先生の顔色が変わる。まさか、予想してなかったの? それともあの動画サイトを知らないのか?
「動画サイト、世界的に有名なウーチューブですよ」
「あ、それはやめて」
「だから、神崎さんがいじめを止めれば、わたしは何もしませんって」
「わかったわ……」
先生はこくんと頷いた。今度こそ通じただろう。なんで、こっちがこんな苦労するんだ? まるですれ違いのコントでもやっている感じだな。
「館山……裏切る気かよ」
おいおい仮にも先生だろうが。それに録画してるって言ってるのに、話聞いてないんか、神崎さん。
先生はおもむろに立ち上がると、大きなため息をついて、神崎の右手を掴み連れて行こうとする。
「どこに行くんだよ!」
神崎のせめてもの抵抗か。虚勢を張るのは空しいだけだぞ。
「生徒指導室へ来なさい」
まるで感情をなくしたような先生の言葉。背筋がぞくりとする。と、同時に第六感にピンとくる。
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