第69話 十七歳 21

「話がある」


突然訪ねてきたエドは私の方を見てそう言った。

 私はとうとうこの時が来たんだなと息をつく。約束の二年が過ぎたとき、このまま終わってしまうのではないかと思っていたエドとの別れは今日まで持ち越されていただけの話で、本日限りで終わってしまうのだろう。


「わかったわ。でもどこで話す?」


 私の家までは歩いてすぐだけど、家族のいるところで話すような内容でもないだろう。


「できればアンナの部屋で」


 意外なことにエドは私の部屋を指定する。私が泣き出して修羅場にでもなると思っているのだろうか。そんなつもりはないと言おうかと思ってやめた。もしかしたら泣いてしまうかもしれないと思ったからだ。

 私がエドを連れて家に帰るとベラとアニーは驚いていた。お茶を用意しようとするベラに首を振ってから部屋にエドを案内した。

 ベッドとタンスがあるだけのこじんまりとした部屋を興味深そうにエドは眺めている。私はと言えば今朝、クリューに言われて掃除をしていて本当に良かったと胸をなでおろしていた。

 そのクリューは私の肩の上で興味津々という顔をしている。二人だけで話をさせてくれそうにはない。


「それで話って?」


 いつまでたっても話をしようとしないエドを見かねて私の方から話しかけた。


「は、話というのはアネットとの婚約のことだ」


 まさかその話から始めるとは意外だった。確かに婚約のことは気になっていたけど、とっくの昔に婚約を解消されている私には関係のない事だ。


「噂で婚約のことは聞いていたわ」

「うわー、本当に知っていたのか。妖精の言ってたことは本当だったんだな……、確かにアネットと婚約はしているけど、契約婚約をしているだけなんだ」


 ブツブツとし小さな声で呟いた初めの方の言葉はよく聞こえなかったけど、契約婚約という聞いたことのない言葉だけは耳に入って来た。


「けいやくこんやく?」

「そうアネットと話して契約婚約をすることにしたんだ。婚約者を決めなさいって親がうるさいから仕方なくしたことで、いずれは解消することになっている」


 それってそんなに簡単な話なのだろうか? 婚約解消はけっこう大変なことだ。私とエドの場合は私が貴族ではなかったからあっさりと認められただろうけど、自分たちだけでなく家同士の兼ね合いとかあって難しいはずだ。


「ねえ、私はよくわからないけど、契約婚約とかして大丈夫なの? アネットは女性だし婚約解消なんかされたら傷がついて貰い手がなくなってしまうわよ、それに兄さまが許さないのではないかしら」


 そう兄さまが婚約解消を許すはずがない。二人の考えは甘いとしか思えない。


「そのことは私たちも考えたさ。それでもあの時はこの方法しかなかったと思う。二人が決断しなければもっと厄介な相手と婚約させられそうだったんだ」

「厄介な相手?」

「…王族さ」


 確かに厄介な相手だ。絶対に婚約解消は出来ない相手だ。

 でも二人にとってもったいないほど良い話でもある。いわゆる玉の輿ってやつじゃないかしら。


「それって玉の輿じゃない。断るなんてもったいないわよ」


 私が思わずそう言うと、信じられないと言う目で見られた。でも絶対に私が言ったことは間違っていないはず。


「じゃあ、聞くけどもし王族から婚約の話が来たらアンナは受けるの?」

「えっ??」


 まさかこうくるとは。でもあり得ない話を聞かれても困る。


「ねえ、どうなんだ」

「そんなこと言われても、私は庶民だからそんな恐れ多い話はこないわ」

「じゃあ、庶民じゃなくて貴族だったら受けるのか?」


 それは断るなんてできないと言おうとして口を閉じた。エドの顔があまりにも真剣だったからだ。

 正直に言えば王族との結婚なんて御免だ。肩がこること間違いなしだ。自由になる時間も少ないだろう。

 エドの場合は姫様が降下する形になるのだろうから少しは違うかもしれないけど、自分の妻にいつまでも気を遣わなければならないのは大変かもしれないわね。


「正直に言うと王族と結婚したくはないわ」

「玉の輿でも?」

「責任とか重すぎるもの」

「ふーん、そうきたか」


 どうも私の答えはエドの期待していたものではなかったようだ。

 何がいけなかったのだろうと首を傾げる。


『わかんないの? 僕でもショックだよ。期待した僕が馬鹿だったのかな~』

『期待?』

『あそこはさあ、やっぱり、エド以外の人はたとえ王族とだって嫌よとか言わないと…』


 くねくねしながら言うクリューが気持ち悪い。

 そんな台詞言えないわよ。私とエドの婚約は家同士の婚約で、恋人だったわけじゃないのだから。

 でもガックシきているエドはクリューの言うようなセリフを期待していたのかな。

 私は仕方なくエドが立ち直るまで話を待ってあげることにした。早くしないとうるさいジムが帰ってきそうだけど…。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る