第70話 十七歳 22

 エドはしばらくするとブツブツと何かつぶやきながらも立ち直った。

 私はエドがアネットと婚約したと聞いた時から、胸がもやもやするものの仕方がないとあきらめていた。庶民になってしまった私と貴族のエドが一緒になれるはずがないのだから。

 その相手がアネットだと言うのが何となくショックではあったけど、もともと家同士の婚約だったのだから元のさやに納まったようなものだ。


「私、この間アネットとエドが一緒にいるのを見てお似合いだと思ったわ。だから契約婚約だとか言わないで、そのまま結婚する方が良いわ」


 私は庶民によくある栗毛に栗色の瞳で、容姿も一般的などこにでもある顔だ。容姿端麗なエドの横に並ぶには劣っていた。

それに比べてアネットはどうだろう。母様に似てとても美しく、癒しの魔法も使える。エドの婚約者としてどちらがふさわしいかは身分を抜きにしても明らかだ。


「ア、 アンナは本気でそんな風に思っているのか?」


 エドは再度ショックを受けた顔になった。でも私は間違ったこと入っていないと思う。


「エドだって、婚約した当初は私のことよく馬鹿にしてたじゃない。母様と似ても似つかない容姿だって」

「そ、それは言ったかもしれないが、子供のころの話じゃないか。私はずっとアンナが婚約者だと思ってきたし、今だってそう思っている」

「あのね、エド。エドは契約婚約だとか言ってるけど、世間的にエドの婚約者はアネットなの。私は邪魔者でしかないの」

「アンナは邪魔者なんかじゃない」

「でも世間の人はそう見るわ。私はチェンジリングのことで騒がれたから、もう騒がれるのは嫌なの。そんなことで有名になったら、お店だって潰れてしまうわ。だからもう私たちは会わない方が良いと思う」

「そ、そんな…」

「エドは今日何を言うつもりで来たの? 二年たったけど状況は変わっていないのでしょう?」


 契約婚約なんてしてるくらいだから、何も変わっていないのだと思う。

世間は甘くない。私は庶民になっていつもそう感じている。

 貴族から庶民になった私は常に注目されている。何かおかしなことをしないか見られていると言ってもいい。そんな私が貴族であるエドと恋愛なんてできなるわけがないのだ。もう子供だったあの頃とは違う。


「それは…確かにまだ何もできない学生だ。でもあと少しで卒業だから、そうすれば……」

「あと少しって、まだ一年もあるでしょう。それに卒業したからって何ができるというの? 私はもう十七歳。庶民では結婚適齢期なの。これでもたくさん見合いの話が来ているのよ」


『え~、お見合? 聞いたことないよ~??』

『クリューは黙ってて!』


 耳もとでクリューが何か言っているけど無視だ、無視。


「…お見合い?」


 すごくショックを受けているみたい。でもこれでいいの。

 ショックを受けて、それで私のことは忘れて欲しい。


「そうよ。お見合いして結婚するのが庶民ではよくあることなの」

「…それで本当にいいのか?」


 エドの真剣な目を私は受け止める。ここで目を逸らしたら意味がない。


「…いいのよ、それで」

「そうか。よくわかったよ」


 エドは踵を返して部屋から出て行った。

 部屋の外にはジムとベラとアニーとフリッツが立っていた。薄いドアだから全部聞こえていたのかもしれない。

 でもエドが帰って、夕食を食べるときになっても誰もエドのことは口にしなかった。


 いつもと変わらず騒がしい夕食の時間。

 フリッツとジムがおかずを取り合って、喧嘩するのはいつものこと。

 そんな他愛のない時間。私はいつもと同じように笑っていた。

 なのに…、私は何故か胸が詰まって泣いていた。これで良かったと思っているのに、涙が止まらなかった。

 みんなを困らせるつもりはなかった。それなのに涙を止めることができなかった。

 エドとはもう会うこともないだろう。

 初めて会ったときはなんて嫌な奴って思った。

 婚約者だと言われてすごくショックを受けた。会うたびに嫌味を言われて、こんな人といつか結婚するのかと思うと嫌で、嫌でたまらなかった。

 そう大っ嫌いだったのに、いつから好きになっていたのだろう。

 たぶん自分が庶民だってわかってからだと思う。私が作った料理を美味しそうに食べるエドを見るのが楽しかった。いつの間にか一緒に食べるのが何よりの楽しみになっていた。

 初恋だった。気づくのが遅かったけど初めての恋だった。

 でもそれも終わってしまった。

 もし私が貴族のままだったら、エドを好きになっていただろうか。それは良くわからない。

 でも貴族だったらきっとこの恋は実っていたんだろうなと思うと涙がまたあふれてくる。

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