第62話 十七歳 15

『どうしたの? 受け取らないの?』

『だって私たちだけ、いいのかしら』

『ロックの時だって同じことをしただろ』

『あの時は切羽詰まっていたからよ。今は誰もルウルウ風邪になっていないのに貰うなんて、今苦しんでいる人たちに悪い気がするの』

『でも今受け取らないと後悔することになるかもしれないよ』


 クリューの言っていることは正しい。

 もし家族の誰かがルウルウ風邪になれば、エドやアネットに助けを求めることになる。

 でも彼らに会いに行くのはとても難しい。また門番に追い返されるだろう。

 門番? そうだ。あの時のエドやアネットは庶民を助けるつもりはないようだった。私たちが知りあいだから助けようと手を差し伸べてくれているにすぎない。


「どうして黙っているんだい?」


 エドが尋ねてきたが、私はアネットの方を見た。


「アネットは妖精と会ったことがあるのよね」


 妖精から貴族の子だと聞いたことを思い出して尋ねる。


「ええ、会ったわ。でも数回だけよ」

「今この場に妖精がいるって言ったら信じる?」


 エドとアネットがキョロキョロと見回すが、私の肩の上に座っているクリューの姿は見えない。


「本当にいるの?」

「信じられないかもしれないけど私の肩の上にいるの」


 二人はじっと私の肩の上を凝視していたが、


「見えないわ」「全く見えない」


と諦めたように息をつく。


『ねえ、クリュー。二人に姿を見せてあげて』

『ええっ! どうしてさ』

『二人に私の話を信じてもらうためなの。お願い』

『うーん、どうしようかなあ』

『クリューが食べたいもの作ってあげるから』

『仕方ないなあ、紅茶のクッキーで手を打つよ』


 クリューが姿を現すと、二人の目が驚きで開かれた。


「二人とも私の話を信じてほしいの」

「どういうことなの?」


 私はクリューから聞いた話を二人に告げた。

 貴族のしたことに苦々しい表情をしたが、何とかしたいという私の願いには難しい顔になった。


「アンナも貴族だったからわかるでしょうけど、それはとても難しいわ」

「貴族であるあなた達でも難しいの?」

「そうだ。私たちが学生だからではなく当主であったとしても貴族を糾弾するのは難しい。根回しがいる。だが今回の場合時間が圧倒的に足りない。もちろん君の話は信じるから、父に話して動いてもらうが、庶民に薬が行き当たるには時間がかかるだろう」

「そうね。それにあまり派手に動くと薬を焼いて証拠を無くすかもしれないわ。だから慎重に捜査しなければならない」


 私はがっかりした。貴族である二人なら、なんとかしてもらえると縋ったことが恥ずかしかった。貴族であるから慎重に行動しなければならないことは知っていたはずなのに、長い庶民暮らしで忘れてしまっていた。

 それにアネットが言うように、薬を持っている記憶が証拠隠滅を図れば、さらに被害は広がってしまう。

 残念だけどどうしようもない。クリューが言ったように、もう賽は投げられてしまった。あとはじっと騒動が治まるのを待つしかない。

 黙ってしまった私を見て、エドもアネットも申し訳なさそうな顔をしている。彼らが悪いわけではないのに悪いことをした。


「私、馬鹿ね。わかっていたはずなのに無謀なことをしようとしていた。上級貴族が動けば、怖くなって薬を出すかもしれないなんて考えて、甘かったわ。薬を焼いて証拠隠滅を図った方が簡単だってことさえ気づけなかった」

「それにしても大それたことをしたものだ。誰にも気づかれずにすむはずなどないのに」

「そうかしら。少なくとも妖精さんが教えてくれなければ気づかなかったのではなくて?」

「確かに気づくのに遅れたかもしれないが、悪事はいつかばれるものだ。人が関わっている以上どこかに綻びが生まれる。関わったもの全員を殺すことは不可能だからな」


 少なくともルウルウ風邪を人工的に作り出すことに成功した人はもうこの世にはいないだろう。ということはもしかしてロックも危ないのではないか。


「もしかしてロックがルウルウ風邪に感染したのはロックを消すためってことはないわよね」

「それは難しいだろう。それより彼はどこにいる?」

「サラと店にいるわ。たぶん今頃は宿の荷物を取りに行ってると思うけど…」

「それは危ないかもしれないな。ロックは旅をしていたから消されずに済んでいたのかもしれない」


 ロックは魔法を使えるようだったけど、まだ病み上がり。それに彼がどんな魔法を使うか雇い主だった貴族は知っているはず。多勢でこられたら殺されてしまうかも。

 私はロックとサラに話すべきだったと青くなる。

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