第61話十七歳 14

 クリューの言うように私が聞いたところで、どうにもできない話だった。

 ルウルウ風邪の流行に貴族が関わっているのなら、静観するしかない。

 わかってはいるけどなんだか納得がいかない。


『だから聞かない方が良いって言っただろ』

『う~、わかっているわ。ルウルウ風邪が流行している以上、もうどうすることもできないってことは…』

『まあ、そうでないかも。薬はたくさんあるからね』

『えっ? 薬は不足しているのよ』

『それも偽りさ。薬は沢山在庫がある。あと少しすれば薬が手に入るようになる』

『どういうことなの?』

『制限しているヤツがいるだけの話。その方が儲かるからね』

『そんな…人の命がかかっているのに酷いわ』


 なんとかしてその薬を早めに使えないかしら。


『ねえ、クリュー。その薬ってどこにあるかわかるの?』

『どこって? 在庫のあるところ?』

『そうよ』

『まさか盗むつもり? いくらなんでもそれはお勧めできないよ』

『わかっているわ。盗んだりはしないわよ。そうじゃなくて、あっちから出させるように仕向けられないかと思って』

『ああ、なるほど。でもそれは無謀かな。下手をしたら消されちゃうよ』

『えっ? まさかそれも貴族が管理しているの?』

『バックに貴族がいるにきまっているでしょう?』



 結局、次の日になっても良い案は浮かばなかった。おかげで寝不足だ。

 私は一人で考えることに限界のようなものを感じていた。かといって再会して喜んでいるロックとサラには話せない。

 今年のルウルウ病がロックのせいだなんてとても言えないわ。

 今日はロックとサラをそっとしておくために私たちは店に行かないことにしていたので、私は家の中でひとりパンを作っていた。手は動かしているけど頭の中はルウルウ病のことでいっぱいだ。

 フリッツは久しぶりの休みだからとマリーとデートに出かけた。私も誘われたけどお邪魔虫にはなりたくないので遠慮した。ベラとアニーは近所に裁縫を教えに行っている。


「本当にどうしたらいいのかしら」


 まだこのあたりではルウルウ病の感染者はいないようだけど時間の問題だろう。冒険者ギルドで働いているジムが一番危ない気がする。


『ドンドン』


 扉を叩く音がした。用心のために鍵を閉めていたから入れないのだろうか。

 でも家族が帰るにしては早い気もする。

 肩の上にいるクリューはニコニコ笑っている。変な客ではなさそうだ。

 私はパンを捏ねていた手を洗ってから、ドアを開けた。


「いらっしゃい…、エド? あ、アネット?」


 扉の前にはエドとアネットが立っていた。二人は貴族のお忍びと言う格好で、派手さはないけど上品な服を着ていた。表には豪華な馬車が止まっていたが、邪魔になるからか動き出した。


「やあ、アンナ。二年ぶりだね」


 エドは二年前と変わらない笑顔で話しかけてきた。アネットの方は二年前に会った時よりもずっと奇麗になっている。そしてこちらを見る目に優しさが滲み出ている。あのころとは別人みたい。


「そ、そうね。久しぶりね」


 突然のことで、私にはそれだけ言うのが精いっぱいだった。


「ねえ、中に入れてくれるかしら。あまり目立ちたくないの」


 アネットの言葉に慌てて中に入るように勧める。

 物珍しそうに部屋の中を眺めているエドの視線に、花でも飾っておけばとか掃除していたらとかくだらないことばかり頭に浮かんでくる。

 私は二人に食卓テーブルの椅子に座るように勧める。貴族様に座ってもらうような椅子ではないけど、座れる場所がここしかないので仕方がない。

 急いで紅茶とクッキーを用意した。

 約束の二年には少しばかり早い気がしたけど、これが答えなのだろう。二人で挨拶に来るなんて、義理堅い人たちだ。

 せめてもう少し奇麗な服を着れば良かった。みじめな気持ちは変わらなくても見栄は晴れるのに。


「弟たちは大丈夫なの? みんな病気になっていない?」

「えっ?」


 アネットの言葉に私は驚いた。二年前はもう弟妹ではないようなことを言っていたのに病を気にするなんて。


「貴女がルウルウ風邪の薬を手に入れたがっていたと聞いたの。一人分しか渡していないと聞いたから心配になって来たのよ」


 なるほど、バレットに聞いて心配になったのね。でもそれならどうして二人で来たのかしら。


「ルウルウ風邪になったのは共同経営者のサラの知人なの。家族は大丈夫よ」

「そうだったの。バレットったら肝心のこと聞いていないから、心配しちゃったわ」


 アネットは弟妹が大丈夫だと聞いて安心したのかホッと息をついている。


「だがまだ安心はできない。このままではいつルウルウ風邪になるかわからない。それなのにいつになったら薬が手に入るようになるのかさえ分かっていない状態だ」


 エドはそう言いながらポケットの中から袋を取り出して、テーブルの上に置いた。


「これは?」

「ルウルウ風邪の薬だ。もしもの時はこれを使ってほしい」


 庶民では手に入らない薬だ。貴族だって手に入れるには高額のお金が必要なはずだ。


「もしかして、この薬はエドの分じゃないの? そんな大事なものもらえないわ」

「お金はかかるけど、私はいつでも手に入れられる。君に持っていてほしい」


 アネットの方を見れば彼女も頷いている。

 貰うのが正解だってことはわかっている。もし家族がルウルウ風邪のなれば薬なしで助けることは不可能に近い。

 でも私たちはそれで助かるけど他の人たちは?

 私はテーブルの上の袋をただ眺めていた。


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