第60話 十七歳 13

『ねえ、アンナ。何か僕に聞きたいことがあるんじゃない?』


 ベッドに寝ようと腰を下ろすとクリューがふわふわと飛びながら尋ねてきた。

 ドキッとした。確かに聞きたいことはあるけど今はまだ早い。クリューの機嫌を損ねていなくなってしまったら、一人ぼっちになってしまう。

 本当の家族とは上手くやっていると思うけど、まだ壁があると感じている。いつかは本当の家族になれるかもしれないと最近では思っているけど、まだまだ先の話だ。


『えっとね、うーん、ルウルウ風邪について考えていたの』

『ルウルウ風邪? 本当に?』


 クリューは疑わしそうな顔をしている。

 でもルウルウ風邪について考えていたのは嘘ではない。ただそのことをクリューに聞こうとは思ってなかっただけだ。


『本当よ。どうして今年はこんなに早く流行したのかなって思っていたの。いつも通りなら薬だって間に合ってたはずだし、こんなに広がらなかったと思うの』

『そうだね。アンナの言う通りだよ。王都でさえ庶民に薬が手に入らない状態は異常だ。でもこれは人間が望んだことだから、もうどうにもならないよ』


 私はただ不思議に思っていただけで、自然の力である病気をどうにかしようとか考えていたわけではない。いつもと時期が違うのだって仕方のない事だって思っていた。そこになんらかの力が働いているなんて疑ったことさえない。

 でもいまのクリューの言い方だと、まるで人間の力でルウルウ風邪を流行らせたように聞こえる。


『今回のルウルウ風邪の流行には人間の力が働いているの?』

『あれ? 知っていて言っているのかと思った』

『知っているわけないじゃない。普通に考えてそんなことをできる人がいるとは思えないもの』


 薬が手に入らない時期にルウルウ風邪が流行ればたくさんの人が死んでしまうことは誰もが想像できることだ。それなのにこんなことをする? あり得ない。

 それにルウルウ風邪の菌をどうやって手に入れると言うの?


『人間は時にしてとても残酷なことをする生き物だ。お金が絡むと魂を悪魔に売ることだって珍しいことではない。僕たち妖精にはできないことさ。だから見ていて飽きないともいえる』


 こういう話をしている時のクリューはいつもと違ってちょっと怖い表情になる。私はクリューが大好きだけど、この表情の時にはあまり近付きたくない。でも今はそんなことを言っていられる状況ではない。


『クリューは何か知っているの?』

『うん、知っている。ーーそしてロックがルウルウ風邪になったのは因果応報だと思っているよ。彼が直接この事件に関わったわけではないけど、きっかけの一つに関係しているからね』

『ど、どういうことよ。ロックは悪事に手を染めるような人には見えないわ』


 ロックが悪事に手を染めていたら、私はどうしたらいいの? 


『直接関係しているわけではないから彼が捕まることはないよ。ただ知ったらショックを受けるだろうけど…』

『クリューは何を知っているの?』

『聞きたいの? 聞いたらもとには戻れないのに? それに真実を知った所で何も変わらない。もう賽は投げられた後なのだからね』


 原因はどうあれ、もうルウルウ風邪は流行している。薬が足らない状態なのも変えることは出来ないだとしたら聞かないほうが正解なのかもしれない。

 私は一瞬だけ迷った後、それは出来ないと思った。ここまで聞いていながら知らん顔は出来ない。それではあの頃と変わらないではないか。自分が庶民の子だと知らされていながら一年も黙って過ごした。庶民として暮らしていくための準備だと誤魔化しながら優しい兄や両親のもとから離れようとしなかったあの頃と変わらない。

 あの時と同じ後悔はしたくない。できることはないかもしれないけど、それでも逃げることは出来ない。


『たぶんクリューの言っていることは正しい。今さら私が真実にたどり着いたって何もできない。薬の在庫は相変わらずないままで、苦しんでいる人を助けることすらできない』

『わかっているじゃない』

『で、でも私は真実を知りたい。真実を知って傷つくかもしれないけど教えてほしい』

『……』

『クリュー?』

『仕方ないなぁ。僕が知っている真実を教えてあげる。でも貴族が関わっているから、知った所で何もできないからね』

『わかったわ』

『簡単な話なんだ。ルウルウ風邪の菌を偶然作った研究者がいた。その研究者は借金があったから夜逃げしていなくなった。それを探し当てたのがロックたち冒険者だ。もちろんロックはそのことを知らない。借金を踏み倒した相手を探し当てて連れてきたくらいにしか思っていないはずだ。ただ莫大な報酬がもらえることを不思議に思わなかったのかは疑問だけどな』

『その研究者は借金を払う代わりにルウルウ風邪の菌を作らされたってこと?』

『そうだ』

『でもどうして? 薬は足りていないのよ。これでは儲けることもできないじゃない』

『本当に薬が足りないのかな。おそらくあとひと月くらいしたら薬が大量に出回るだろう。今は隠されているだけさ』

『どうしてそんなことをするの? ひと月の間にたくさんの人が死んでしまうのに』


 クリューに聞かなくても本当はわかっていた。それでも尋ねずにはいられなかった。

 貴族にしか手に入らない薬。価値はどんどん上がっている。


『一つはお金。そして二つ目は恩だな』


 お金はわかるけど、恩っていうのは何だろう。


『恩って、どういうこと?』

『手に入れられない薬を渡すことができれば、恩が売れるだろう』


 ロックが関わった貴族は確かセネット家の知り合いでもあったはずだ。まさかセネット家もこの件に関わっているの?

 私に薬を分けてくれたことを思い出して暗澹たる気持ちになった。

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