第52話 十七歳 7
「はっ、承知しました」
門番は敬礼してから馬車を通し、私を邪険に追い払った。
窓から聞こえたのは確かにエドとアネットの声だった。二人仲良くお出かけするところを見ると婚約したという話は本当の話だったみたい。
声をかける暇さえなかった。「庶民が薬を欲しがっていると聞いている。気を付けた方が良い」心配しているような声だった。でもそれは庶民に対してではない。自分たち貴族をそして門番を心配して発した言葉だ。
エドにとって庶民は助けるに値しない存在なのだと思い知らされた。
門番はエドの言葉に気をよくしたようで、私の言葉に耳を傾けてくれなくなった。
「いい加減にしろ。これ以上騒ぐようなら憲兵に突き出すぞ」
憲兵とはルーダリア王国の王都を守る組織の名称である。国を守る騎士とは違って、その仕事は多岐にわたる。
そのようなところに突き出されたりしたら、醜聞どころの騒ぎではすまない。下手をしたら犯罪者になってしまうかもしれない。諦めて帰るしかなかった。
私が踵を返すと門番がホッとしたような息をついたのが聞こえる。彼が悪いわけではない。これが彼の仕事なのだ。身分の怪しい私を取り次いだりしたら、彼が首になることだってあり得るのだ。わがままを言って困らせてしまった。
それにしても会うこともできずに追い出されるなんて…。
やっぱり無理だった。わかってはいたけどショックで歩く足に力が入らない。
とぼとぼと歩く。帰りたくない。薬が手に入らなかったと言えば、サラはまた泣いてしまうかもしれない。
男に声をかけられたのは乗合馬車があるところまで歩いていた時だった。
「アンナ様、どうしてこの通りを歩いているのですか? それにその恰好は?」
「バレット…」
兄の従者、バレットだった。近くにセネット家の馬車が止まっているから、私を見かけてわざわざ声をかけてくれたのだろう。無視してもわからないのに何故声をかけてくれたのだろう。
バレットとは久しぶりの再会だった。バレットはまるで変っていない。兄の従者として恥ずかしくないきちっとした姿だ。それに比べて私はどうだろう。貴族として暮らしていたころの私とはまるで違う。なにしろエドはまるで気づかなかったくらいなのだから。
馬車で通りかかっただけで良く私だとわかったものだ。
私は最後に会ったときにバレットに言われたことを思い出して俯いた。
彼には困ったからといって侯爵家を頼らないようにと釘を刺されていたのだ。そんなことはしないって、あの時は思っていた。それなのに本当に困るとこうやって訪ねている。なんとも浅ましい姿だ。きっとバレットも呆れている。
「お金にでも困っているのですか?」
バレットが私の恰好をジロジロと眺めている。顔から火が出るのではないかと思うくらい熱くなる。この格好では物乞いに来たと疑われても仕方がない。
「ち、違うわ」
お金ではない。お金があっても買えないものだ。
でもバレットから見ればお金も薬も同じことなのかもしれない。
「そうですか。そのような格好で尋ねてくるから、てっきり物乞いにでも来たのかと思いましたよ。お金ではないと言うことは……、もしかしてルウルウの薬でしょうか?」
バレットは昔から勘のいい男だった。すぐに私の欲しがっているものを当ててしまった。
プライドがあれば頷いたりしないのかもしれない。物乞いに来たのではないと言って帰ればプライドだけは守られる。
でも今はプライドよりロックの命の方が大切だし、困っていた時に助け合った仲間のサラのためにどうしても薬が必要だった。
「そうよ。薬が欲しいの。でも門番に追い返されてしまったの。兄に会わせてくれないかしら」
私は意を決して、バレットの目を見つめ返した。
しばらく見つめあっていたが、バレットがフッと笑みを浮かべた。
「いい目をするようになりましたね。薬なら何もヘンリー様に会う必要はないでしょう。さあ、薬です。一人分しかありませんが足りますか?」
バレットはまるで私が薬を貰いに来るのがわかっていたかのように袋に入った薬を投げてよこした。私はそれを慌てて掴んだ。
「えっ? 貰っていいの?」
まさかこんなに簡単にルウルウの薬が手に入るとは思わなかった。
「いらないのですか?」
いらないのなら返せと手を差し出されたので、激しく首を横に振った。
「ありがとう」
「気にしなくていいですよ。余りものですから」
バレットはそれだけ言うと馬車に乗って帰って行った。馬車の中には他にも誰かがいるようだった。
貴族が買い占めているとはいえ、薬が余っているとは思えない。私は馬車が見えなくなるまで感謝を込めて頭を下げていた。。
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