第51話 十七歳 6

 私は倒れた男の人に近づくと額に手を当てる。すごい熱だ。


「フリッツ。マスクをしてから手伝って!」


 私の声を聞いたフリッツの動きは速かった。マスクをすると倒れている男を抱き上げて椅子の上に寝かせる。


「すごい熱なの。もしかしたらルウルウに感染しているのかもしれないわ」


 自分たちも感染する可能性があるけど、店に入れた以上追い出すことは出来ない。

 せいぜいマスクをすることしか予防は出来ないけど、何もしないよりはマシだろう。


「先生を呼んでくるよ」


 男の意識が戻らないのを見てフリッツが診療所へとマリーと一緒に行ってしまった。

 フリッツたちがいなくなってすぐに厨房で作業をしていたサラが表の騒ぎを気にして現れた。


「騒がしいけど、何かあったの?」

「ええ、このお客さん二度目なんだけど、サラと同じ国から来た人みたい。熱があるみたいで倒れちゃったの。サラもマスクをした方がいいわ」

「私と同じ国の人?」


 サラが不思議そうな顔で男を見て、ハッとした顔になる。すごく慌てた様子で男に近づいてくる。


「サラ、マスクをした方がいいわ」


 私の忠告も耳に入らないみたいで、男を凝視している。


「に、二度目って、この人、前にもこの店に来たことがあるの?」

「ええ、一月くらい前だったかしら。うどんのスープを飲んで懐かしい味だって言っていたの。それでどこの国の人かって聞いたらガルヴァルトが故郷だって…サラ、どうして泣いているの?」


 サラの目から滝のように涙が落ちていいた。サラが泣くのを見るのは初めてだ。

「……ロ、ロックなの」


 えっ? この人がサラの幼馴染のロック? ロックって冒険者じゃなかったの?

 サラにロックと呼ばれた男は、意識がないのでサラの声は聞こえてはいない。


「この人がサラの幼馴染のロックなの?」

「ええ、最後に見た時より大人っぽくなっているけど間違いないわ」


 サラの声は自分が彼を間違えるわけないと言っている。

 私はサラにそれ以上声をかけることができなかった。聞きたいことは沢山あったけど、サラのロックを見ている姿を見ていると邪魔は出来ない。

 とにかく熱があるようなので冷たい水と頭を冷やすための布を用意しよう。

 二人の邪魔をしないようにその場から離れる。

 私が冷たい水を用意しているとフリッツたちが戻って来た。

 ロックを診察した医術の先生は難しい顔で、


「ルウルウで間違いないです」


と言った。


「く、薬は?」

「それが、手に入らないのです。昨日使ったのが最後でした。次はいつ手に入るか…」


 サラの顔が絶望で暗くなる。ルウルウは薬でしか治らない。もちろん薬を飲まなくても助かる人もいるが、亡くなってしまう人も多いのだ。

 治癒魔法は少々熱を下げる手伝いをしてくれるだけだ。それでも医術の先生は治癒魔法をロックに使ってくれた。ロックの顔色が少しだけ柔らかくなったような気がする。

 先生の話では薬の買い占めが貴族の間で始まったせいで王都なのに薬が手に入らない状態が続いているとのことだった。


「もし貴族に知り合いがいるのなら、そこから手に入れるほうが早いでしょう。私も伝手を頼ってはいるのですが…」


 先生は疲れた様子で首を横に振った。薬さえ手に入れば助かる命が失われていくことに一番心を痛めているのは医術の先生なのだろう。

 薬の入手が困難だと知ったサラは我慢できなくなったようで、ロックにすがって泣き出してしまった。

 私はサラとロックの姿を見て、決心をした。

 

「フリッツ、ちょっと出かけてくるから」

「えっ?」


 私は止められる前に店から出た。

 乗合馬車に乗って向かったのは貴族たちが住んでいる南地区。

 門の前まで来て自分の姿を見る。この姿で会えるわけがない。コートさえ着るのを忘れていた。エプロンをつけている姿に笑いが漏れる。

 勢いだけでここまで来てしまった。

 私が十三歳まで住んでいた場所。塀の高さが私を拒んでいる。昔は感じなかった思いだ。

 何故ここへ来たのだろう。会えるわけなんてないのに。

 それでもサラのためにできるだけのことはしたい。

 私は訝し気な目で見ている門番にヘンリーに会いたいと伝えた。

 私の姿をジロジロと見ていた門番は、


「ヘンリー様は約束のない方とは会われない」


と冷たい声で言った。でもその言葉だけで諦めるわけにはいかない。ロックの命がかかっているのだから。


「アンナが会いに来たとだけ伝えてください」

「駄目だ。そんなことをしたら私が叱られる。あの方をどこかで見て勘違いでもしているのか? さあ、帰った、帰った」


 押し問答をしていると豪華な馬車が止まった。中にいる人が目に入って、顔をそむける。アネットにこの姿を見られるのは嫌だった。


「どうかしましたの?」

「い、いえ、アネット様。約束のない庶民が押しかけているだけでございます」


 そうだわ。アネット様でもいいじゃない。恥とか言っている場合じゃないもの。


「それは気を付けたほうが良い。ルウルウの薬が手に入らなくて変な真似をする庶民がいると聞いている。十分気を付けるんだ」


 アネットに声をかけようとした瞬間に聞こえてきた声に固まる。

 それは久しぶりに聞くエドの声だった。

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