第53話 十七歳 8

私が薬を手に店に戻ると、泣きながらサラにお礼を言われた。どうやって手に入れたのか誰も尋ねてこなかった。貴族にしか手に入らないと言われていた薬だから、入手先は限られている。

 きっと皆はエドからだって思っている。誤解していることはわかっていたけど、わざわざ誤解をとこうとは思わない。

 どうしてエドではなくセネット侯爵家の方を訪ねたのか自分でもわからなかったからだ。

私が手に入れた薬が効いたのか、意識はまだもうろうとしているようだったけどロックの顔色は良くなった。

 これで大丈夫だと皆がホッとしたところで、ロックをどうするかという問題が出てきた。

 おそらく彼は宿をとっているだろうけど、それがどこなのかわからないし、わかったとしてもまだ動かせる状態ではない。


「今日の所はここを借りてもいいかしら。私が責任をもって彼の面倒を見るから心配しないで」


 ルウルウに感染するかもしれないから、ロックの傍にずっといるのは危険だけど、今のサラを止めることは誰にもできそうにない。

 私たちにできるのは布団を用意することだけだった。椅子で簡単なベッドを作った。サラのためのベッドも一応用意したけど、彼女は寝ずに看病するだろう。

 私はサラが病気にならないように部屋の換気をした。生活魔法はここでも役に立つ。本当に便利な魔法は生活魔法ではないかと最近では思うようになっている。

 使いようによっては攻撃魔法や防御魔法より日常的に使えてとても便利だ。




「二人だけにして帰っても良かったのかな」


 フリッツの言うことにも一理ある。

 ロックとサラは幼馴染だけど、もう何年も音信不通だった人だ。ルウルウの感染の心配がなかったとしても、二人だけで夜を過ごさせるのは心配だ。


「きっと大丈夫よ」


 マリーはフリッツの横を歩いている。フリッツの背が高くなったので、並んで歩いていると恋人同士に見えるようになった。以前は弟妹にしか見えなかったので微笑ましい。


「マリーはどうして大丈夫だって言えるんだ?」

「うーん、何となく。あの人、そんなに悪人には見えないもの」


 サラをこの街に置き去りにしたことは許せないけど、何かわけがあったのかもしれないし、私から見ても悪い人には見えない。


「そう言えば誰かを探しているようだったわ」


 以前来た時の話をするとフリッツとマリーの目が丸くなった。


「一日に何人も来るのに、たった一度しか来たことのない客をよく覚えてるな」

「サラの故郷と同じところの出身だったからよ。あの人、うどんのスープを飲んで懐かしい味だって言ったの」


 でもまさかその人がサラの幼馴染みのロックだとは思わなかった。あの時サラと出会っていたら、ロックは病気にならなかったのだろうか。

それともサラがいるとは思わなかったから、店にまたうどんを食べにきたのだろうか。もしサラがいると知っていたらロックは店に来なかった可能性だってある。

 だとしたら今日出会ったのが最善だったのだろう。ロックが店に訪れなかったら助けることは出来なかったのだから。


「あのまま亡くなっていたらこんなことは言えなかったけど、ずっと待っていた人に会えてよかったわね」

「そうね。たとえ結果がどうなったとしてもいつ来るかわからない人を待ち続けるのはきついものね」


 私の言葉に何か思うところがあったのか二人が振り返る。


「えっ? 何か変な事言った?」

「そうじゃないけど、アンナはいつまでエド様を待つつもりなの?」

「それとも今日会ったのか?」


 二人は私がエドを待ち続けていると思っているようだ。そんなこと一言だって言ってないのにどうしてそんな風に思ったのだろう。


「どうして私がエドを待っていると思うの? それに今日エドと会ってないわよ」


 声は聴いたけど、会ってはいないから嘘ではない。それに「二年待ってほしい」と言われたけど、誰も知らないことだ。


「それじゃあ、あの薬は誰にもらったんだ?」

「私が知っている貴族はエドだけじゃないわ」

「まさか姉ちゃんか?」

「アネット様とはそれほど親しくないから、私から頼めるはずないでしょ。それと誰にもらったかは言えないから聞かないで」


 それにしてもフリッツにとっての姉は今でもアネットなんだなって思う。私はいつまでたってもアンナでしかない。


「本当にエド様を待ってないのか? それならどうして縁談がきても会おうとしないんだ?」

「それは…私に普通の家庭で生活できるか自信がないからよ」


 縁談は確かにある。それも富裕層からが多い。

 貴族として暮らしていた私にはそれなりに商品価値があるようだ。


「普通って庶民としてってことか?」

「そうよ。今でこそ慣れてきたけど、それでも戸惑うことは多いの。フリッツは一緒に暮らしているからわかるでしょ?」

「それは結婚して一緒に暮らしていくうちに旦那に合わせて行けばいいじゃないか」

「旦那に合わせるね。それって店を辞めるってことよね。私は今の店をやめたくないの」


 一生店で働くつもりかと聞かれたら、よくわからない。でも今はまだやめようとは思わない。

旦那になる人に合わせるのが一般的な考え方だ。それは貴族も庶民も同じ。そのことに違和感を感じる私がおかしいのだろう。

 フリッツもマリーも呆れた表情になったけど、私は当分縁談を受けるつもりはない。それは二年前の約束を信じて、エドを待っているわけではない。

 

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