第37話 十四歳 24

「えっ? 学校?」


 ベラからその話を聞いたのは、夕食を作っている時だった。

 ベラが無理して裁縫の仕事をたくさんこなしていることは前から気づいていた。その理由を尋ねると意外な答えが返ってきた。

マルを上の学校に行かせるためだった。


「そうなの。あの子はああ見えて父親っ子なの。将来は父親と同じギルドで働きたいって小さい頃はよく言ってたわ。最近は言わなくなったけど、親だからあの子の気持ちがわかるのよ」

「ジムさんはギルドで働いてるの?」

「ええ。また働きだしたそうよ」

「辞めてもまた雇ってもらえるってことはもしかして優秀なの?」

「彼は『鑑定』ができるから、犯罪者でない限りは雇ってもらえるのよ」


 まさかあの男が『鑑定』を持っているとは思わなかった。それならギルドで真面目に働いていれば、もっと大きな家にだって住めて、もっと良い暮らしができていたのではないか。やっぱりあの男はバカ者だ。


「マルは父親と同じ職業につきたいの? でもマルは一流の冒険者になるって言ってたわ」

「マルには『鑑定』がないから、ギルドで働くにはギルド養成学校に通うか、Bクラス以上の冒険者になるしかないからよ」


 冒険者ギルドの職員になるために一流の冒険者を目指していたのか。でも魔法が使えにマルが一流の冒険者になるには何年もかかるだろう。


「それならセネット侯爵家から貰ったお金で通えばいいわ」

「私もマルにそう言ったわ。でも姉を売ったようなお金で通いたくないって言うのよ。あの子は変なところで頑固なところがあって……」


 それなら私がもらったお金も嫌がりそうだ。


「ギルド養成学校ってどのくらいお金がかかるの?」

「入学金が金貨20枚、授業料が三年で金貨30枚。これ以外にも寮費も必要ね」


 庶民にとっては高い金額だけど、ギルドに就職できるのなら安いのではないか。


「そのくらいの金額だと通う生徒が多そうね」


「そうね。ギルド養成学校は25歳までは入学できるの。だから冒険者をしながらお金を貯めて通う人は多いわ。でも卒業できるのは三割に満たないそうよ」

 

ギルド養成学校は結構厳しいみたいだ。マルは大丈夫なのだろうか。大金を出して入学しても卒業できなければ、溝に捨てるようなものだ。


「マルは卒業できるかしら」

「マルなら大丈夫。絶対卒業できるわ」


だからいくらでも頑張れると針を動かしている。一枚いくら貰えるのか知らないけど、お金が貯まるまでに年齢制限が来るのではないだろうか。


「どうしてそこまでするの? 息子だから?」

「あの子がかわいいからよ。一生懸命なあの子を応援したいの。親なら誰でもそうするわ」


それなら私にも同じことをしてくれるの? 口にはできなかったけど、本当は一番尋ねたい言葉だった。親の愛は平等なの?

店の開店を控えて忙しいけど、あの男に会いに行かなければならない。そうしないとベラが過労で倒れそうだからね。




「なんだ? 俺に話があるって?」


ベラと話をした翌日、冒険者ギルドを訪ねた。

 ジムの顔は少し赤い。まさか仕事中に酒を飲んでいないよね。


「お酒を飲んでるの?」

「飲んでねえよ。お金が貯まるまでは禁酒してるんだからな」

「ふーん、それはいいことね。それより貴方に頼みがあって来たの」

「お、俺に頼みだと? もしかして帰って来てくれってことか?」


 喜色満面の笑みを浮かべたジムは何か勘違いをしているようだ。そんなに簡単に家族を捨てたことを許すはずがない。


「まさか、それはない。言ったでしょ。条件は変わってないわ」

「そうか。そうだよなぁ。ベラ怒ってたもんなぁ」


 ジムは笑みを消して完全に落ち込んでしまった。本当に面倒くさい人だ。喜怒哀楽が激しすぎる。

 私はカバンからお金を出して父に渡す。


「まさかこのお金で家に帰って来いってことなのか?」

「だから、違うって。自分の借金は自分で働いて返して。そうじゃなくて、マルの学校のお金だよ。貴方から渡して。マルはセネット侯爵家のお金は使わないっていうから私からは渡せないの。貴方からだったら受け取るでしょ」

「俺がこんな大金持ってないことはマルが一番知っているのに、怪しすぎるだろ」

「そこはギルドから借りたっていえばいいでしょ。ごちゃごちゃ言うようだったら、自信がないのかって言えばいいわ。あの学校って生半可な覚悟では卒業できないみたいだし、それで駄目なら行っても無駄だしね」

「お前は優しいのか冷たいのかわからないやつだな。弟がかわいくないのか?」

「弟? まだよくわからないの。それはマルたちも同じだと思う」

「妖精のチェンジリングか。まさか本当にある話だとは思わなかったぜ。相手が妖精じゃあ文句も言えやしない」

 ブツブツと文句を言いながらもお金を受け取ってくれた。どうなるかはわからないけど、取り敢えず話をしてくれることになった。


 



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