第36話 不甲斐ない父親ージムside

 今度こそ家族と一緒に暮らそうとの決意で戻って来た。どうしてもアネットの目が怖かった。いつも冷めた目で私を見ていたアネット。彼女のことも娘として愛そうといつも決心するのに、結局アネットの目に負けて、家出する。その繰り返しだった。

 今回もまた戻って来た。俺はやっぱり家族から離れることは出来ないと痛感していた。だが家族はずっと住んでいた貸家から引っ越していた。その時感じた絶望を忘れることはないだろう。ずっと待っているものと勘違いしていた。この王都で人を探すのは大変だ。いや、もう王都にいないのかもしれない。もう家族には会えないかもしれないと思うと自然と涙が出た。隣の住人が話しかけてくれるまでずっと扉の前で立っていた。

 隣の住人に教えてもらった、家族が新しく住んでいる貸家はそれほど離れていない場所だった。

 ノックをしたが返事がなく、ノブを回すと鍵はかかっていなかった。金目のものがないとはいえ不用心だ。何度注意してもベラは鍵をかけるのを忘れる。困ったものだ

 前の貸家よりずっと広く、アネットの稼ぎの良さを感じさせられた。

 その袋が目に入ったのは偶然だった。中を見ると白金貨と金貨がたくさん入っていて、思わず握りしめていた。

 誓っていうが盗むつもりはなかった。あの娘がもう少し遅く帰って来ていればそのことが証明できたのに、本当に無念だ。

 アンナを見た瞬間、衝撃が走った。その後、違う衝撃があって大事なことに気づくのが遅れてしまった。

 そう私は一瞬でアンナが自分の娘だと気づいていた。これこそが親子の絆と言えるのではないか。

 だが出会いがあまりにも悪く、抱きしめて再会を喜び合うことすらできなかった。

 娘の作ってくれた食事を食べることは俺の夢だった。どんなにまずくても全てをたいらげて「美味しいよ」というシチュエーションに憧れていた。

 だがアンナの作った料理は完璧で、俺が言うより先にマルやフリッツが「美味しい、美味しい」と何度も呟いていた。俺の出番はどこにもない。

 親の威厳を見せることにも失敗し、ベラからも見放されてしまった。いつも黙って許してくれていたから甘えていた。いつものように許してくれるものと思っていた。

 アニーのすがるような目を思えば努力しなければならない。

 とりあえずお金だ。アンナが言っていたようにお金を返すことから始めよう。少しずつでも返して、許しを請う。今の俺にできる唯一のことだ。



 以前勤めていた冒険者ギルドのギルド長に頭を下げてまた雇ってもらう。

 給料はそれほど悪くないので無駄遣いさえしなければすぐにお金を返すことができそうだ。


「やっぱりここにいた」

「マル」


 いつも一緒にいるフリッツはいなかった。マルは俺が帰ってきたことを怒っていたので、まさか訪ねてきてくれるとは思わなかった。


「『鑑定』ができるからきっとここだと思った。でもよく雇ってもらえたね。急に辞めたりして怒っていたのに」

「鑑定ができる人はあまりいないからな」

「僕も魔法が使えたらもっと稼げるのに…」


 『鑑定』を使えることでギルドに勤めてはいても、所詮は役所仕事。毎月貰える額は変わらない。それでも冒険者になるより安全で確実に収入が入るこの仕事は気に入っていた。


「アネットみたいにか?」

「……うん」

「あれは特殊な魔法だ。今ならわかるだろ? 貴族の娘だからこその魔法だったんだ。あれは俺たちには無縁のものだ」

「でも父さんにも『鑑定』があるじゃないか。僕には何もない。冒険者とはいっても今は薬草取りしかできないし、ギルド養成学校にも通えないからギルドにだって就職できない」


 マルが言うようにギルド養成学校出身でないと冒険者ギルドでは働けない。例外は魔法が使えるか「鑑定」ができるか、そして冒険者のBクラス以上だった場合だ。


「お前はまだ若い。ギルドで働きたいのならギルド養成学校へ行けばいいだろ」

「冒険者になってBクラスになればとは言わないんだね」

「冒険者は駄目だ。薬草取りで小遣いを稼ぐのは反対しないが、Bクラスになる前に死ぬものが多いことは知っているだろ」


 マルはもう十二歳。庶民は十三歳で将来を決める。アネットは奨学金を貰ってマンチェス学院に通うと言っていた。マルも進路を悩んでいるのだろう。もっと早く家に帰れば良かった。あんな風に怒ってはいたが父である自分に相談したかったに違いない。


「それくらい知ってるさ。だからフリッツにはギルド養成学校に行かせるつもりだ。二人も学校へなんて行けないだろ。俺たち奨学金狙えるほど頭がよくないし」


 頭が良くないわけじゃない。ただ勉強する時間がないだけだ。それも自分が父親として不甲斐ないからだ。


「大丈夫だ。父さんは今度こそまじめに働くからお前たちの学校へ行く費用位なんとかするさ」


 マルは俺をじっと見て、首を横に振る。


「いいんだ。それより母さんをこれ以上悲しませないでね。それだけ言いたかったんだ」


 もう信用されていないのかマルは俺を頼ろうとはしなかった。何度も同じことを言ってたのだから仕方がないのかもしれない。

 だが今度は大丈夫だ。アンナに恥ずかしい姿を見せたくない。次に会ったときは父親だと絶対に認めてもらうのだから。


「ああ、わかってるさ。…それで、あ~、アンナは俺のこと何か言ってたか?」


 俺がアンナのことについて尋ねるとマルはキョトンとした顔をした。そういう顔はまだ幼い。


「何かって?」

「だから、一目で父親だってわかったとか言ってなかったか?」

「はぁ?」


 マルが心底呆れた表情で俺を見る。


「なんだよ」

「一目で父親だってわかってたら、泥棒と間違えて投げ飛ばされるわけないだろ」

「うっ、そりゃあそうだが、ほら、照れ隠しとか、あるだろ?」

「そんな照れ隠し聞いたことないよ。マルの父親は駄目な男だねって目で見られたから、アンナの父親でもあるって言ったら、嫌そうな顔してたよ」

「…そうか、そうだよな」


 駄目な父嫌かぁ。耳に痛い言葉だ。汚名返上できるのはいつになるのか…先は長そうだ。

 でもマルが会いに来てくれただけでも進歩したと考えよう。

 いつか家族で暮らすためにも頑張らないとな。



 

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