第35話 十四歳 23
どうしてこの男はまだここにいるのだろうか。
当たり前の顔をして私が作った夕食を食べている。
せっかく母に肉を食べてもらおうと思って多めに買ってきたのに台無しだ。
母がいつものようにマルとフリッツに上げようとした肉まで奪って食べている。
あの腕は折った方がみんなのためにも良かったのかも……。
「おい、今不穏なこと考えただろ」
ジム(父とは呼びたくない)は私を睨むように見ている。
「別に。当たり前のことを考えていただけよ」
ジムとは絶対に分かり合えそうにないわ。
マルとフリッツはチラチラとジムを見ながら食べている。アニーもジムが気になるようだ。嫌っているのかと思っていたけど、それだけではない雰囲気だ。
私にはないジムとの思い出があるのかもしれない。私が両親と兄を憎むことができないのと同じものなのかな。
とはいえジムと同じ屋根の下で暮らすのは嫌だ。でもこの家の主人は母だから私には拒否する権利はない。
「今日からは俺がこの家の主人だ。みんなは俺に従ってもらう」
食べ終わるとジムは堂々と宣言した。誰もが自分に従うと思っているみたい。
「冗談じゃない。誰がお前なんかに従うかよ」
「はっはっはっは。何を言っても無駄だ。まだまだ俺にはかなわないだろ」
マルはまだ十二歳で、父親であるジムには力ではかなわないだろう。あと五年もすれば逆転するだろうけど、今は非力な子供に過ぎない。
ジムは馬鹿にしたような目でマルを見ている。マルは悔しそうに歯を食いしばっている。
「力では私の方が上よ。夕飯を食べたら出て行ってもらうわ」
力で従わすつもりなら私が相手だ。
「家族になって三か月にしかならないやつに言われたくないな。俺は出て行かないからな」
「いつお金を盗るかわからないような人と一緒には暮らせないわ。それにこの家の家賃は、みんなが働いて払うことになったの。あなたも家賃を払うのなら考えてもいいけど、家賃の前に前回盗んだお金を返してからの話ね」
いつも簡単に許してもらっていたジムは驚いた顔で母を見た。母が許したらどうしようかと思っていたが、母は首を横に振った。今回は簡単には許すつもりはないみたいだ。
「な、どうしてだ? いつも許してくれたじゃないか」
「もう子供たちも大きくなったわ。あなたがいなくてもやっていけるの。もう私たちは裏切られるのは嫌なのよ」
「そ、それはアネットが明らかに俺の子じゃないから、俺は傷ついたんだ。今はそれも誤解だってわかったんだから問題もなくなった。もう二度と出て行かないと誓うよ」
「あなたは私が浮気をしたって決めつけたわ。どんなに違うって言っても信じなかった。アンナを見てどう思った? 私たちに謝ることさえしない。もうあなたにはうんざり」
母は結局のとこジムを許すと思っていた。それも仕方ないかなと考えていたのでびっくりだ。
「…ベラ、俺が悪かった」
「もう遅いわ」
ジムはうなだれた顔でしばらく母に謝っていたが、母の意志が固いことがわかったのかドアから出て行った。
アニーだけは寂しそうな表情でドアを眺めている。
「アニーはジムが好きなのね」
「アニーのことは可愛がってたからな。ほら、娘は可愛いっていうだろ」
「そうそう、アネットには冷たかったのに、アニーのことはすごく可愛がってたよ。まだアニーは小さかったのに覚えているんだな」
マルとフリッツは昔を思い出しているようだった。
「マルとフリッツはどうなの? 私と違ってジムのこと好きでしょ?」
「ば、馬鹿言うなよ。あんなヤツ、好きじゃないさ」
「そうだよ。好きじゃないよ」
そうなのかな。アネットと違って二人だって可愛がってもらった思い出があるのではないだろうか。ただまた裏切られたくないだけじゃないのかな。
いつか仲直りするときがきっと来るだろう。その時、私はどうすればいいのか。
客観的に見ると最低な父親なので、弟妹のようにはジムのことを思えない。
母は俯いて泣いている。私では母を慰めることは出来ない。
私はそっと部屋に帰ることにする。
きっとその方がマルとフリッツが母を慰めやすい気がしたから。
『アンナもみんなと一緒にいればいいのに。その方がきっと仲良くなれると思うぞ』
部屋に戻ると肩に乗っていたクリューが話しかけてくる。クリューは私がジムのことを泥棒だと勘違いしてたのに、何も言わなかった。ジムが痛い思いをすればいいと思っていたようだ。
『そうかもしれないけど、私はジムのこと全く知らないから慰めることができないの。だって私には駄目な男にしか見えないんだもの』
『実際ダメ男だからな』
『そうでしょ?』
私はベッドに横になりながらジムの顔を思い浮かべる。誰に似ているかわかった。フリッツだ。親子だってすぐにわかるくらいそっくりだ。
私は? ジムには似ていないと思う。母似だろうか? 自分ではよくわからないなと思った。
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