第38話 十四歳 25

 私が貴族から庶民になって、なんだかんだで、半年たった。

 今日は私たちの店『うどんとクレープ』の開店の日。私は朝からうどんの麺づくりに励んでいる。どのくらい売れるのかわからないので多めに作っておこう。


「じゃあ、マルくんが手伝えるのはギルド養成学校に入学するまでになるわね」


 ジムからの援助をマルはあっさりと受け取った。いつか必ず返すと言ったらしいけど、マルはプライドよりもギルド養成学校に行く方を選んだ。たぶん私が考えているよりずっとギルドで働きたかったのだろう。夢があるって羨ましいね。


「そうなの。急に決まったからごめんなさい」


 とはいうものの入学はまだ先の話だ。ギルド養成学校は面接と簡単な試験だけで合格できるから問題なく入れるだろうけど、入学するのは春だからそれまでは手伝ってくれるそうだ。


「それは構わないわ。それに貴女の友達のマリーも働いてくれるから大丈夫よ」

「そうね、マリーも働けることが嬉しいみたい。でも女の人は内職をするか冒険者になるかしか仕事がないのよね」


 夜の仕事ならあるけど、それは問題外だ。でもどうしてもお金が欲しい人は夜の仕事に行くことになる。


「マルくんと同じようにギルド養成学校に通う人もいるけど、あそこは入るのは簡単だけど、卒業できるのは一部の人だけだから、初めから諦める人も多いのよ」

「女が一人で生きていくのはかなり難しいわね」

「あっ、でもアンナさんの知り合いのアルヴェルト商会は男女関係なく雇用していることで有名よ」


 店で使う制服を開店祝いだと言って用意してくれたので、サラもアルヴェルト商会を知っている。それにしてもベッテンはどこで情報を得ているのか気になる。まあ、制服はとても助かったけど。

 私とサラの制服はコックが着るのと同じで白だけど、スカートでとてもおしゃれに作られている。

 店員の制服も働きやすさを重視していながら、とても可愛いのでマリーはとても喜んでいた。この制服を着ることができるだけでも働きがいがあるそうだ。

 


ショウユで作ったスープの香りが厨房いっぱいに広がっている。

 うん、いい匂い。これならきっと売れる。

 店は10:00から17:00まで。夜の営業はしない。これはエドとマルたちに反対されたからだ。本当は夜も営業したほうが儲かる。でも夜はどうしても、お酒を飲んだ人が暴れたりして危険があるからだと言われた。女の多い店は特に狙われるらしい。

 そんな奴、私の魔法でやっつけてもいいんだけどね。弱いものにだけ強く出る男は最低だ。


「そろそろ開店です」


 マリーの緊張した声が聞こえる。

 今日は学校が休みなので、マルとフリッツも朝早くから手伝ってくれている。


「みんな深呼吸しようか」


 サラが緊張している三人に声をかける。気づかなかったけどマルとフリッツも緊張していたようだ。

 二人とも制服が似合っていてとても可愛い。ニヤニヤしているとマルに睨まれた。


「えっと、とにかく待たせないことが大事だから、メニューの名前だけは聞き間違えないでね」

「「「はい」」」


 うどんの種類はあまりないからいいけど、クレープはいろいろあって結構間違えやすい名前があるから要注意だ。


「でもうどんを売るとか思わなかったな」

「うん、初めて食べた時はびっくりしたけど売るとか思いつかなかったよ。アンナってすごいよな」

「ああ、すごいな」


 マルとフリッツに褒められる日が来るなんて。初めて会った時からは考えられない。ふふふ、すごく嬉しい。


「そうよ、アンナはすごいわ。こんな店まで持つんだもの」


 マリーの目は輝いている。


「あはは。そんなに褒められても困るわ。だって私だけの店じゃないもの。一人ではとても無理だった。それにそんな勇気もないわ」


 そう店を出せたのは三人だったから。一人ではとても決心がつかなかったと思う。大金を出しても成功するかどうかわからない賭けに乗ることはとても難しい。


「その通り。私も一人では無理だった。アンナさんやエドモンド様のおかげよ」


 サラの笑顔も輝いている。

 今日は学校があるからエドは来ていない。彼は本来この場にいてはいけない人間だ。

 たぶんエドは私を憐れんでいるのだ。そして責任を感じている。政略的な婚約だったし、婚約が壊れたのはエドが悪いわけでもないのに気にしているのだ。

 私が大丈夫だってわかったら彼は離れていくだろう。少し悲しいけどそれは仕方がないことだ。

 私はエドの気持ちを楽にするためにも、この店を成功させたい。庶民として暮らしていけるってところをエドに見せるのだ。その時がきっとエドと会える最後になるだろうけど、それでも私はこの店を成功させる。

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