第32話 十四歳 20

「え? み、店を出す? それって店舗を借りるってこと?」


 サラの声は驚きのためか上ずっている。右手は胸をおさえている。

 昨日は結局エドに返事をできなかった。サラに相談しないで私だけで決めることができなかったからだ。エドの話を受けるにしての断るにしても自分だけで決めていい事ではない。

 エドは数日後にまた来ると言って、笑顔を残して帰って行った。


「うん。驚くでしょ?」

「驚くっていうか、エドモンド様もすごいことを思いついたわね」

「まだ正式に決まったわけではないわ。きっとエドの両親が反対すると思うの」

「そうね。話したらきっと反対されるでしょうね。でもエドモンド様だってそのくらいは考えているはずよ」


 店をだすのにかかる資金を出すようなことを言っていたけど、両親に頼らなければそんな大金は用意できないだろう。だからこの話はきっと潰れる。でも、別れる時に見せた笑顔が気にかかる。


「もしもだけど、本当に店を出せることになったらどうする?」

「そうねえ、正直店を出したいってずっと思っていたわ。でも資金が全く足りないから諦めていたの」

「それじゃあ、エドの話を受けるの?」

「そこが問題なのよ。共同経営者ってことになればいろいろと口を出してくるかもしれないし、万が一急にやめるとか言われた時はどうする? エドモンド様が出してくれた資金を払えなかったら倒産した上に借金だけが残る可能性もあるわ」

「借金!」

「そうよ、借金。払えなかったら借金奴隷になるわ」


借金奴隷は話でしか聞いたことがないけど、借金を返し終えるまで酷使させられる奴隷のことだ。女の人の場合は手っ取り早く身を売る奴隷になる人が多いらしい。


「エ、エドはそんなことしないわ」


エドが私たちに対してそんな残酷な事をするとは思えない。


「そうね、エドモンド様はしないと私も思うわ。でも彼が亡くなったら?」

「え、縁起が悪いことを言わないで」


 エドが死ぬときのことまで考えないといけないの?


「でもこれは重要なのよ。エドモンド様が亡くなった場合、彼の父親が出資者になってしまうわ。きっと庶民がやっている店なんてどうでもいいはずだから、誰かに譲るかもしれない。その人が悪い人だったら大変なことになってしまうのよ。絶対にないとはいえないわ」


サラの顔は真剣だった。甘さを思い知らされた気がする。

 私はそんなこと考えてもみなかった。でも共同経営者になるつもりなら一番に考えなければいけなかったことだ。


「エドと契約する前に話し合わなければならないことがたくさんあるみたい」

「そうね。とてもいい話だけど私たちも同じくらいの額は出資したほうがいいでしょうね。その方が対等になれるわ」


エドに主導権を渡さないってことかしら。


「でもサラはそんなにお金をだして大丈夫?」

「ええ、冬も稼ぐことができるのなら出せるわ。私ひとりで店を出すのはとても無理だけど三人でなら大丈夫よ」


 私はどうしたらいい? 三分の一だったら、もし失敗しても家族に迷惑をかけないですむ。それに季節に関係なく商売ができて、稼ぐことができるのだ。アネットがしていたようにみんなを養う事だって出来るかもしれないわ。良い話だよね。


「取り敢えず、エドモンド様の話を聞くことにするわ。不利な契約をしないようにしましょうね」


 サラの言葉に私はしっかりと頷いた。



 それから三日後、クレープ屋にエドは現れた。その時は丁度後片付けをしていた。


「もう閉めるの?」


 今日はいつもより客が多く、昼前には店じまいになっていた。


「いつもより売れ行きが早かったの」


 材料の予測が悪いと思われただろうかと心配していたが、エドは違うことが気になっていたようだ。


「久しぶりにアンナのクレープを食べたかったのに残念だな」


 すごく残念そうな顔だ。以前と変わらない顔に雨れしくなる。


「仕方がないわね。失敗作で作ってあげる」


 マルとフリッツに食べさせたように失敗したクレープの生地でエドにも作る。エドは甘いものが苦手だから、サーモンとクリームチーズで作ったおかずクレープだ。


「はぁ、やっぱりアンナの作ったクレープは最高だな」


お世辞かもしれないけど、エドの言葉が胸にしみる。エドが喜んでくれるのが一番嬉しく感じるのは何故かしら。

でも私は深く考えない。だってそれを認めたらきっと不幸にしかならないから。

今はまた会えたことに感謝するだけだ。



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