第33話 十四歳 21

 エドはキチンとした契約書を作っていた。万が一三人の誰かが亡くなったとしても店が倒産することにならないようにされていたのだ。それを見たサラは契約書を隅から隅まで確認してからサインした。私も分からないながらも一つ一つエドに尋ねて、サインした。


「それで借りる店舗なんだけど、一応候補があるんだ」


 エドの仕事は早かった。もう店舗の候補まで見つけてくれていた。


「家賃が高いところだと利益が出ないから駄目ですよ」


 エドの金銭感覚を信用していないのか、サラが釘をさす。


「心外だな。そのくらいのことはわかってるよ。一応専門家にも相談したから大丈夫だよ」

「専門家ですか?」


 エドは店をたくさん経営している人に相談したそうだ。


「三人とも素人だからこういうことは専門家の知恵を借りたほうがいいと思ったんだ。その人が言うには市場の近くの店舗は客数は見込めるけど家賃が高いので利益は望めないらしい。それでそこそこ客数が見込めて、家賃もそれほど高くない店舗を三つほど選んでみた」


 三人で三つの店舗を回って決めたのは、もともとがレストランだった所なのでほとんど手を入れなくてもよく、少し歩くけど冒険者ギルドや商業ギルドへの通り道なので人通りが見込める場所にある店舗だ。


「結構良い場所なのに、前の人はどうして店を閉めたのかしら」


 サラが使い込まれているけどきちんと手入れされている厨房を見ながら呟く。


「そうだよね。こんな素敵な場所なのに、何かあるのかしら」

「それはね、あの店が原因みたいなんだ」


 エドが指さした先にある店の前には長蛇の列ができている。昼ご飯を食べる習慣は庶民にはないけど、冒険者や働いている男の人は軽食をとるのでそういう人が並んでいるのだろう。並んでいるのは男の人ばかりだ。


「すごいですね~」


 サラは長蛇の列を眺めながらほうっと息を吐いている。サラの屋台のクレープ屋にも列ができていたけど規模が違う。


「あの店に負けたらしいんだ」

「えっ? それってやばくない?」


 つい思ったことを口にしてしまった。


「前の店はあの店と同じ料理ばかりだったから、どうしても価格の安いあちらの店にお客が流れたらしいけど、アンナたちの料理はこの街にはないものばかりだから大丈夫。それは食べていた私が保証する」


 エドの言葉を聞いた私とサラは目を見合わせたあと、頷いた。言葉を交わさなくても考えていることがわかるって素敵なことだ。


「ここに決めます」


 サラがエドに宣言したことによって、アッと言う間に話は進むことになる。。

 三人で必要なお金を出し合い、店舗の契約をすませ、食器や道具を買い揃える。

 少しだけお金が余ったけど、必要経費として残しておく。


「それでクレープだけじゃなくて、何を売るんだ?」


 店の大きさからクレープ以外の物も売ろうと話し合っていた。そして私とサラが考えに考えた結果、決まったのはあれだった。


「うどんよ。これだったらあの店に負けないと思って!」


 そう、うどんだ。うどんは腹持ちもいいし、色々なレパートリーがあるから飽きられることもない。でもそれだけでうどんにしたわけではない。

 うどんを売るにあたってどうしても必要なショウユを市場で見つけたからだった。私がサラに教えてもらったうどんは塩味のスープで煮込んだものだったけど、ショウユを発見したことによってさらに進化したのだ。


「ああ、うどんかぁ。確かにうどんはどこにもないから、ここだけの名物として客が集まりそうだな。だがクレープとうどんは合わないような気もするが…」


 そうなのよね。それが一番気になった点だ。クレープ片手にうどんを食べたりはしないだろう。でもかえってそれがいいかもしれないってことになった。

 クレープは主に女の人に人気だけど、男の人、特に年配の人には人気がない。だからあえて男の人も年配の人も食べそうなうどんにしたのだ。

 エドも私たちの話を聞いて納得してくれた。万が一売れないようだったら、またその時に考えようということになった。うどんならそれほど材料費もかからないので赤字にはならないだろう。


「従業員はどうする? 二人は料理を作るんだろ?」

「どのくらい客が来るかわからないから、しばらくは二人だけでする予定です」


 エドの質問にはサラが答えてくれた。


「それで大丈夫なのか?」


 エドはテーブルの数を見て心配そうな顔だ。


「学校が終わったら、マルとフリッツも手伝いに入ってくれるから大丈夫よ」


 私がそう言うとエドは頭を傾げた。


「マルとフリッツ?」


 エドには弟たちのことを詳しく話していなかったので慌てて説明する。


「私の弟たちよ。冬の間は薬草取りもできないから雇うことにしたの」


 初めは弟たちを雇う予定ではなかった。でも私が騙されていないか心配する二人に近くで見ていたらどうかと話を持ち掛けると、意外にもすぐに了承されたのだ。


「なんだ。心配していたが新しい家族とは仲は良いんだな。安心したよ」


 仲が良い? まだお姉ちゃんとは呼んでもらえないけど、他所からみたら仲が良いように見えるのかな。

 とても不思議な気がした。

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