第26話 十四歳 15

「はぁ~、やっぱり素敵。いつかは私もこういう服を着てみたいわ」


 私から見ると流行からもはずれているし、生地もあまり良いようには見えないけどマリーにはとても素敵に見えるようだった。頬を染めて興奮している。


「そのドレスはコルセットがないと着られないわよ。苦しいからやめた方がいいわ。マリーならこっちのドレスの方が似合うわよ」


 庶民として育ったマリーはウエストがあまり細くない。これは常日頃からウエストを絞めて生活している貴族と違うところだ。

 実は庶民になって一番うれしいのがコルセットをつけなくてよくなったことだ。あれって拷問みたいなものよね。やめてって悲鳴を上げてもメイドは手加減してくれないし、おいしそうなケーキも苦しくてあまり食べられない。


「コルセット! 憧れるわ~」


 マリーは何か勘違いしていると思う。コルセットに憧れるなんて!

 私が着ていた服には生地にしても縫製も到底及ばないドレスばかりだけど、値段は先ほどの店とはまるで違う。マリーに勧めたピンクのワンピースが何枚も買えそうだ。


「でも実用性がないわよね。どんなに素敵なドレでも着ていく所がないもの」


 マリーがドレスを触りながら寂しそうに呟く。確かに庶民の暮らしにこのドレスは似つかわしくない。


「お客様、商品に触るのはご遠慮ください」

「ご、ごめんなさい」


 店員から声を突然かけられてビクッとする。マリーはすぐに謝ってドレスから手を離す。

 商品に触ってはいけない? それでどうやって服を選べるの?

 ふと周りを見ると上等な服を着た女性がドレスを触っている。しかも肌触りを知りたいのか頬にあてたりしている。貴族の女性はあんなことをしないから富裕層の庶民なのだろう。


「店員さん。あちらのお客さんはよろしいの? 厚塗りの化粧がドレスについてるわよ」


 店員は私を馬鹿にしたような目で見た。同じ庶民でも扱いが違うみたいだ。


「お得意様には便宜を図ることになっております」


 あんに私たちがお得意様ではないと言いたいらしい。まあ、確かに買うつもりはないけどね。それでもこの態度はいただけない。


「ふーん、この店は新規の客にはこの態度ってこと?」


 マリーが服を引っ張って帰ろうと伝えてくるけど、このまま帰るつもりはない。庶民だらってここまで馬鹿にされて黙ってはいられない。


「客? 本当にお客様なら買われるつもりでしょうか?」


 どうせ買えないだろうと言う目だ。薄ら笑いさえ浮かべている。それは彼だけではなく、他の店員も同じ表情で私たちを見ていた。

従業員教育がなっていないと思う。


「今日は服を売りに来たのよ」


 私が宣言するとじろじろと私を見て、馬鹿にしたような顔をした。


「荷物がないようですが?」

「あら、手に持っていないとないと思うの? ここの店員は魔法があることを知らないのかしら?」


 少し大きな声で馬鹿にしたように言うと店員の怒りは頂点に達したようだ。顔を赤くして腕を振り上げるのがわかる。まさかここで殴るつもり?

 私の服を引っ張っていたマリーの手が震えている。


「ゴート、お客様に何をしているのですか?」


 奥の方から店員を叱る声がした。


「しゃ、社長。これはお客ではありません」


 ゴートは振り上げていた手を下ろして、誤魔化すように言った。これって言い方はどうかと思う。


「この店に入ったのですから、どのような格好をしていてもお客様ですよ。社員教育で教えたはずですが、身についていないようですね」

「はっ、す、すみません」


 本当にわかったのか、それともこの場だけわかったふりをしているのか。きっと後者なんだろうな。


「アンナ様、お久しぶりです」

「ベッテン。貴方が古着屋も経営していたとは知らなかったわ」


 ベッテンはセネット侯爵家に出入りしている商人の一人だ。他の商人と違い私の意見も聞いてくれた人だ。


「古着屋は結構需要があるのです。アンナ様が庶民になったことは噂で聞いており、心配していましたが元気そうでなによりです」


 ゴートは訝しそうに私を見ている。ただの貧民だと思っていた私がベッテンと対等に話をしているのが不思議なのだろう。


「珍しいことばかりで退屈しない毎日よ」

「それはようございました。売りたいものがあると言っておりましたが、ここではなんですのであちらで話を聞きましょう」


 周りを見るとずいぶん注目されていたので頷く。

 私とマリーは奥にある部屋に案内された。

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