第27話 十四歳 16
ベッテンに案内された部屋には高級なソファが置かれている。
私は勧められるとすぐに座ったけれど、マリーは何故か躊躇している。
「どうしたの?」
「汚してしまいそうで座れないわ」
小声で尋ねるとマリーも小声で答えた。
「気にしなくて大丈夫よ。汚しても魔法で奇麗になるわ」
私の言葉で安心したのかおずおずと座る。
『クリュー、ドレスを二枚出してくれる?』
『二枚でいいのか? もっとたくさんあるぞ』
『今日は二枚でいいわ』
『わかった』
何も置かれていないテーブルの上に、突然ドレスが二枚現れる。
マリーがビクッとした。
ベッテンは目を見張ったけど、すぐにいつものにこやかな表情にもどる。
「アンナ様が空間魔法を使えるとは知りませんでしたな」
「セネット侯爵家では、癒しの魔法以外はどんな魔法も同じ扱いなのは知っているでしょう?」
「そうでしたな。空間魔法もとても貴重な魔法なのにセネット家には無用なものでしかないのでしょう」
「だから使ったことはほとんどないの。でも今はとても役に立っているわ。こうして誰にも見られずに売りに来ることもできるもの」
「確かにそうですな。このように豪華なものを抱えていたら、この店に来る前に変な輩に絡まれる恐れもあるでしょう」
マリーから服を売る話を聞くまで、ドレスを売る発想はなかった。いくらで買い取ってもらえるのかはわからないけど、少しでもお金になるのなら嬉しい。マルもフリッツも薬草採りで頑張っているけど、冬場は収入が減ることを心配していた。
ベッテンはドレスを手に取って鑑定している。なるべく高値になるように祈る。
「うむ、このドレスは一度くらいしか袖を通していないのではないですか?」
「ええ、一度だけ。気にいていたけど成長したから一度しか着ることができなかったの」
この二つのドレスは一年前のドレスだ。一度しか着てないのに今年はもう入らなくなっていた。お直しに出せば着られるのかもしれないけど、セネット侯爵家はそんなことはしない。
二枚のドレスは高額で買い取ってもらえた。マリーは隣で目を丸くしている。言葉も出ないようだ。
「あとお二人にはこちらを差し上げましょう」
「何かしら?」
封筒を開けると商品券が入っていた。マリーに渡された封筒にも商品券が入っていたようで目が丸くなっている。
私が首を傾げるとベッテンが答えてくれる。
「先ほどは部下が失礼しました。これはお詫びの品です。これで先ほどの件は忘れていただきたい」
「口止め料ってこと?」
「まあ、そういうことです」
「わかったわ」
私は別に話すつもりもないから構わない。
「マリーさんはどうですかな?」
「あ、えっと、わかりました」
マリーは目を白黒させながら返事をする。
「わかっているとは思いますが、アンナ様の空間魔法のこともここでドレスを売ったことも言っては駄目ですよ」
ベッテンのにこやかな顔は意外に恐ろしい。マリーは何度も頷いていた。
「わ、私たち殺されたりしないよね」
帰り道、マリーは何度も後ろを見て歩いている。
「えっ? ベッテンはそんなことしないわよ」
「でも話したら殺されそうな気がしたわ」
「だから話さなければいいのよ。『見ざる聞かざる言わざる』自分たちより上の身分の人には逆らわないのが一番ね。貴族として育った私が言うのだから間違いないわよ」
「私、ぜったいに今日のこと話さないわ。あっ、でも商品券のこと家族にどういったらいいの?」
今日のことを話さなかったら商品券を使うことができないとマリーは困ったように言う。
「そうね。お店の人に間違えて水をかけられてしまって、お詫びに商品券をいただいたってことにしたらいいわ? 庶民だって馬鹿にしたわけではないから構わないと思うわ」
「水をかけられてしまったことにするのね。それだけでこれだけの商品券をもらえるのなら、何度かけられてもいいとか言われそう…」
ベッテン・アルヴェルトはアルヴェルト商会の会長だ。本来会長みずから動くことは少ないがセネット侯爵家にはいつもベネットが現れていた。
アルヴェルト商会が主に扱っているのは服飾関係だが、最近では食品や運送にも手を出していると噂されていた。
まさか古着屋で彼に会うとは思ってもみなかった。
古着屋の名前は『アルヴァー』と『シルヴァー』で『シルヴァー』が高級古着屋だ。高級とはいえ、ベッテンがわざわざ店に顔を出すのは不思議な気がした。そして私たちのもめごとに口出ししたのは何故だろう。
私がいたから?
侯爵家の令嬢だった私を救うのならわかるけど、今の私は庶民に過ぎない。ベッテンは商売人だからそこのところは割り切っているはずだ。
昔のよしみで声をかけたりするかしら。
「商品券を使うときは一緒に来てくれる?」
「家族で買いに行かないの?」
「商品券なんて初めて使うから、一人だと怖いの。家族も同じだと思うわ。一緒に使えば怖くないでしょ」
私も商品券を使うのは初めてだ。この商品券で何枚の服が買えるのかしら。母の服や兄弟の服は私の服に比べてだいぶくたびれていた。特にマルやフリッツの服は傷みがひどい気がする。
「マルとフリッツの服を一緒に選んでくれる? どんな服がいいかよくわからないから」
「マルとフリッツは弟たちと同じ体系だから任せて!」
今日の出来事のおかげで私とマリーは本当の友達になれた気がする。
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