第12話 十四歳 3
最初に感じたのは変なにおいがすることだった。馬車を降りると思わず鼻をつまみたくなった。もちろんそんな行儀の悪いことはしない。
クリーン魔法を使いたくなる。このあたり全体にかけられるほどの魔力はないので我慢するしかないけど。
バレットが一軒の家の前に立つとノックをする。
この家の中に本当の家族がいる。胸がドキドキする。初めて会う家族。
母がアネットを抱きしめて泣いたように私も抱きしめてもらえるのだろうか。
ドアを開けてくれたのは私と同じくらいの背をした栗色の髪に栗色の瞳をした男の子だった。私の弟だわ。確かに血のつながりを感じる。
『弟のマルだ。長男で十二歳だ』
クリューの情報に小さく頷く。私が兄弟との対面で感動しているとマルはキッと睨みつけてくる。
まあ、そうだよね。大好きな姉の代わりが私だもの。仕方がないとはいえ落ち込みそう。
「入ってもいいか」
バレットのことを怖がっているのかドアを大きく開ける。バレットも一応貴族だから庶民とは違うものがある。それを感じたのかもしれない。
部屋の中に入ると私と同じ髪をした中年の女の人がいた。その横にマルより小さい男の子とさらに小さい女の子がいる。三人とも戸惑ったような顔をしている。
この人が私の本当の母親? 抱きしめてくれるどころか視線を逸らされてしまった。
やはり私は誰からも歓迎されていない。わかってはいたけどアネットの状況とのあまりの違いに泣きたくなる。
「あなたたち家族の本当の娘のアネットです。さきほどお話した通り連れてまいりました。それでは私は帰ります」
バレットはそれだけ言うとさっさと帰って行った。残された私は動くこともできない。だってこういう場合はどうすればいいのかわからないから。社交のテクニックは習ったけど全く役に立たないわ。
『とりあえず自己紹介したらどうだ?』
『そうよね』
「アンナと言うの。妖精の取り換えっ子で十四年間貴族として育ったのでいろいろとわからない事ばかりだけどよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げたけれど返事はない。ここまで歓迎されないと開き直るしかない。
「名前を聞きたいわ」
私がそういうとハッとように母親が名乗る。
「私の名はベラよ。ベラと呼んでちょうだい」
え? それって遠回しにお母さんと呼ばないでほしいって言ってるのかな?
「僕はマルだ。僕はお前が姉ちゃんだなんて認めないからな」
「僕はフリッツ。アネット姉ちゃんはどこに行ったの?」
フリッツは栗色の髪に青い瞳をしている。髪は私と同じで柔らかい猫毛のようだ。
「わたしはアニーよ。六歳になったの」
アニーも栗色の髪に青い瞳だ。父親の瞳が青いのだろうか。
「お茶を入れるから座って」
朝から何も食べていなかったのでホッとする。でも出されたお茶を見て固まる。もしかして嫌がらせだろうかと思い、皆のお茶もそれとなく見るが同じもののようだ。
色がほとんどないお茶は飲んでみても水のような味だった。それでも乾いた喉を潤すことは出来た。
「貴女の部屋はアネットの部屋を使ってちょうだい。部屋の物は引き取るつもりはないと言われたから好きに使っていいわ」
「あのアネットの部屋って一人部屋なのですか?」
「ええ、勉強しないといけないから一人部屋なの。この家の家賃はあの子が稼いでいたから好きにさせていたのよ。昔っからどこか変わっていると思っていたけど、貴族様の娘だったのね」
「でもこれからも家賃とか払えますか? ここって高くないですか?」
思ったよりも広い家なので家賃が高い気がする。一人部屋は嬉しいけど払えなくなって追い出されるのは困る。
「貴族で育ったのに家賃を気にするなんて変な娘ねぇ。それなら気にしないでいいわ。貴女の面倒を学院卒業までみるようにとお金をいただいたから、それで賄うわ」
学院を卒業? それってどういうこと?
「学院をと言われても私は学院に通うつもりはないのですが…」
「え? でも合格したのでしょう?」
「確かに合格はしましたが特待生に選ばれるほど賢くはないので授業料が払えませんわ。すごく高いと聞いていますから無理ですね」
さきほどいただいたお金を使えば通えるだろう。それはセネット侯爵家の温情だったのかもしれない。でも無理して学院に通う必要があるだろうか。あそこには私を知っている人たちが多くいる。アネットだって私が通えば困るのではないだろうか。
それにエド。会えば傷つくような気がする。初めて会った時のように意地悪いことを言われたりしたら立ち直れそうにない。
エドとの交流はいい思い出で終わりにしたい。
「そうなの。じゃあ、あなたこれからどうするつもりなの?」
それは私が聞きたいことだった。
ベラの態度を見ると庶民は自分の人生はこの年には決めているのが当然なのかもしれない。
困ったなぁ。私はこれからどうすればいい?
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