第11話 十四歳 2
家族に去られた私はただ待っていた。
兄が迎えに来てくれると信じて待っていた。その間通りすがる人はいたけれど何かを感じたのか誰も声をかけてくることはなかった。遠巻きにすれ違うだけ。
『秋風が冷たいし、風邪になると大変だぞ。宿でもとるか?』
クリューは妖精だから寒さは感じないはずなのに、腕をさすりっている。
いつだったか私が持っているお小遣いの残りや大事なものをクリューが空間魔法で作った空間に入れておこうと提案されたことがある。妖精が気まぐれなことを知っている私は少しだけ迷った。でもクリューの真剣な眼差しを見て信じることにした。
だから無一文ではない。クリューは小さくなったので捨てようとしていたドレスなんかも、もったいないからと入れていた。多くなって困っていた調理道具や料理の材料もクリューに預けている。初めは渋々だったのにクリューの空間魔法は時間も止めているから時間経過による劣化がないので、とても重宝するようになっていた。いくらでも入るし、すぐに取り出せるから探す手間も省けるので、最近ではなんでもかんでもクリューに預けていたような気がする。
そのおかげで無一文で放り出されずにすんだわけだけど、クリューが何故そんなことを提案したのかを思うと喜ぶ気にはなれない。
『もう少しだけ待って。それでだめだったら諦めるから』
本当は諦めたくなんかない。ずっと何日でも待っていたい。でもそれはもっと家族に迷惑をかける行為だとわかっていた。それにこんな子供が宿をとるのがどれだけ難しいことなのかもなんとなくわかるようになっていたので、早めに宿探しをしたほうがいい。
日が沈むころになっても誰も現れなかった。
『…なぁ…』
『うん、わかってる。宿を探そうか』
クリューに声をかけてとぼとぼと歩き出す。しばらく歩いていると馬車が横付けにされた。
ハッとして馬車を見る。セネット家の紋章だ。中から兄が現れた。いつもと違って笑顔がないけど、私は嬉しくて声を上げた。
「兄様!」
やっぱり兄は私を見捨てたりなんてしなかった。
でもそれは勘違いだった。
「私は君の兄ではないよ。それは君が一番知っていることだろう。朝ここを歩いている時に妖精の夢の話をしたね。あれには続きがあって、妖精によるチェンジリングで君と私の妹が取り換えられたことだけでなく、君がそのことを一年も前から知っていて私たちを騙して暮らしていたことも聞いている。信じられなかったよ。嘘だと思いたかった。だが君は私の妹を見た時「アネット」と呟いた。あの時の私の気持ちがわかるかい? 何故一年前に真実が分かった時に話さなかった?」
兄の目は初めて見るほど冷たく、憎しみがこもっている。
「そ、それは、家族と離れたくなくて…」
「はっ、それを信じるとでも? 庶民に戻るのが嫌だっただけだろ。妖精のしたことだからばれないとでも思っていたのか。そのせいで私の本当の妹は庶民として学院の試験を受けなければならなかった。君が一年前に告白していれば、もっと早く助けることができたんだ!」
私は兄の言葉に何も言い返せず、俯いた。
「まあ、いい。これからは他人だ。せいせいする。血が繋がっているからと我慢していたがお前みたいなのが妹で恥ずかしかったんだ。誰にも紹介できない妹だったからな」
ハッとして兄を見る。そういえば兄の友達に紹介されたことは一度もない。いつも可愛がってくれる優しい兄は演技だったのか。
「手続きはバレットに任せている。あっちの馬車に乗れ」
私はうなだれたまま兄に言われた馬車に乗る。その馬車は今まで乗った中で一番粗末な馬車だった。バレットとは兄の従者で、幼いころから知っている。いつも笑顔だった彼も渋い顔つきだった。
「これからアンナ様の本当の家族のもとに参ります」
「今から伺っては迷惑ではないかしら」
「何をおっしゃいますか。血のつながっている家族ではないですか。喜んで迎えてくれるでしょう。それにこのことは先ほど伺ったときに話しているので心配はいりません」
私の所に来る前に一仕事終えていたようだ。急に貴族が現れて、子供が取り換えられていた話を聞かされた家族の反応が気になる。クリューの話ではとてもよくできた娘のようだし悲しんでいるのではないかしら。そんなときに今まで貴族として育った私が現れても喜ばれないだろう。
「ですが…」
「もう貴女の居場所はそこだけなのですよ。わかっているでしょうが侯爵家の門は二度とくぐれないと思ってください」
そう言って一枚の紙を目の前に突き付けてきた。
その紙には二度と侯爵家とは関係ないと書かれた紙だった。いくばくかのお金を受け取り関わらないことを誓うことを要求されている。
「私はお金なんていりません」
「今はそう思っていても、必ず必要になります。特に貴女は今までお金に苦労したことのない方だ。困ったからといって侯爵家に頼られても困ります。さあ、サインしてください。貴女の本当の母親はお金を見せるとすぐにサインしましたよ」
会ったこともない母だけど貶されると腹が立つから不思議だ。庶民として暮らしていれば、プライドとか言っている場合ではないのかもしれない。お金を稼いでいたアネットがいなくなり、貴族として育った私が戻ってくるのだから頭が痛い話だろう。
私がサインに渋っていると大きなため息が聞こえた。
「本来こちら側はお金を出す義理はないのですよ。妖精のしたことで迷惑をこうむったのはお互い様です。けれどアネット様の心情を考え譲歩しているのです。お金を提示しているうちにサインしたほうが身のためです」
お金で売られるようで嫌だとかそういう問題ではないのだろう。サインをすれば彼らはホッとするのだ。十四年育てた娘をあっさりと捨てたと思われたくないのだ。
私は震える手でサインをした。それを見てバレットがお金を差し出してきた。カバンに入っているのでいくら入っているのかはわからない。
「これはアンナ様の分です。母親には別に渡しているので、こちらはご自分で管理したほうがいいですよ。本当の親とはいっても一緒に暮らしたことのない人です。何があるかわかりませんからね」
バレットは無表情だったけど、少しは心配してくれているのかもしれないなと感じた。私がジッと彼を見つめていると視線を逸らしてコンコンと叩くと馬車が走り出した。
しばらくするとバレットが口を開く。どこか言いにくそうだ。これ以上何を言うつもりなのか。
「エドモンド様のことですが、彼と貴女の婚約は解消されました。今後はアネット様と婚約されることでしょう。間違っても彼に助けを求めるなどということはないように願います」
婚約解消は別に驚くことでもなかった。侯爵令嬢でなくなったらそうなると思っていたから。わざわざ言わなくても助けを求めることなんてできないのに。
「もう会うこともないのですから助けを求めることなんてしませんわ」
「同じ学院に通うのですから会うこともあるでしょう。エドモンド様の方から庶民に声をかけることはないでしょうから、馴れ馴れしく話しかけないように。罰せられることもありますからね」
一応あの学院の中ではみんな平等ということになってはいるけど、貴族に逆らえば何かされても訴えることはできないと教えられた。全然平等じゃないよ。貴族って怖い。立場が変わって初めて知る庶民の立場の危うさだった。
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