第12話

 ゴブリンの三匹目が現れた時、理玖は腰にある剣を手にする。短剣と違って少し重い。


「いい剣ね」


 リリカが剣を見て呟いている。魔術師ではあるけど剣にも詳しいようだ。神様から貰ったと言ったらきっとおどろくだろうなと理玖は考えていた。


(それにしても厄介なことだ)


 剣が重たい事はあまり気にならなかった理玖だが、胸が意外と邪魔になることに気づいて驚いていた。


(こんなに邪魔なものだとは…)


走っている時も感じていたが、はっきりいって邪魔で仕方がない。剣道をやっている時には男だったので、理玖は女の人の苦労をまるで知らなかったことに気づかされた。

リリカの胸を見て、あのくらいだったら邪魔に感じなかったかもと失礼なことを思っているとキッと睨まれていた。


「今、失礼なこと考えなかった?」

「イイエ、カンガエテイマセンヨ?」


 あやうく丸焦げにされるところだった。理玖が男の姿だったらきっと一瞬のうちに消滅させられていたことだろう。


 初めて生き物を切った感触を理玖は決して忘れないだろうと思った。肉を切るなんともいえない感触。たとえそれがゴブリンだとしても良心が痛んだ。

 どこが弱点かわからず何度も切ってしまい、無駄に痛みを長引かせてしまったようだ。魔法を使った方が早いし、汚れない。


「気にすることないわ。数をこなすうちに上手くなるわよ」


 ゴブリンは倒すことができたけど、落ち込む理玖をリリカが慰めてくれた。諸品者にしては上出来だと。

 取り敢えずゴブリンはそれ以上出てこなかったので冒険者ギルドへかえることになった。


「リリカさん、肉とかを持て換えるような以来の場合は、その場で解体することになるんですよね」

「そうよ。重たいものが多いから持って帰るのは難しいわ」

「その解体は魔法で出来たりしないですかね。風邪魔法を使って切るとか…」


 理玖はとてもではないが肉をさばいたり、皮をはいだりは出来そうになく魔法に逃げようとしていた。

 そんな弱い気持ちを見透かされそうで、段々言葉が小さくなる。


「あるわよ」


 だがリリカはそんな理玖のことが気にならなかったようで、あっさりと「ある」と言う。


「あるんですか?」

「ええ、あるわよ。私だって魔物を解体するのは嫌よ。血だらけになるし、臭いにおいがずっと残るのよ。耐えられないわ。そういう人のために開発された魔石があるの」

「魔石ですか?」

「そうよ。なんでも商売にするのよね。ちょっと高いけど、自分で解体するより安くつくわよ。解体用のナイフとかは魔物の油ですぐに駄目になるから、お金がかかるのよ。だから自らが解体するのはよほどの物好きね」


 理玖はホッとした。どれだけお金がかかろうとも魔石を買う方が良い。


「それにしてもゴブリンを倒した火の魔法はすごかったわ。剣より魔法の方が向いているかもしれないわね。どうして剣士になろうとしているの?」

「幼いころから剣で訓練していたからです」

「それだけ? 魔法を極めようとは思わないの?」

「考えたこともなかったから…」


 どうだろうと理玖は考える。極めるも何もすでに結構チートなくらい魔法が使える。だがそれをここで話すことは出来ない。剣の腕だって、本当はすごいはずなのだ。ただ生き物を殺すことに戸惑ってしまっただけ。魔法で瞬殺した時、罪悪感はまるで感じなかった。ゲームのような感覚で魔法を使えたからだ。だが剣で殺すのは感触がある分、そして「キーキー」と鳴き声が聞こえる分、理玖にはためらいが生まれた。おそらく精神的なものだ。日本とは常識が違うので、リリカには説明しても分からないだろう。

 須賀花奈ならきっとわかってくれるだろう。早く会って話がしたいと理玖は思った。彼女が好きだとか言う感情ではなく、ホームシックのようなものだ。日本を知る唯一の仲間である須賀花奈は今何をしているだろう。

 理玖はまだ旅に出られないでいる。冒険者カードを手に入れたから身分証は手に入った。あとはこの世界での常識を学んで、冒険者として稼げるようにならなければならない。最低限のことができなければ、旅に出た所ですぐに潰されることになるだろう。


「旅に出る前に下調べだけはしておかないと無事にたどり着けないわよ」

「お、私の心配は費用のことだけだけど、他にも何かありますか?」

「おおありよ~。とにかくリクの場合は男に気をつけた方が良いわ」

「えっ?」

「自覚が薄いわよ。それだけの容姿だと変な奴に絡まれそうだし、人が良さそうだから騙されたりしそう。とにかく初見で判断しない事。子供でも人のよさそうなおばさんでも信用したら駄目よ。常に疑うことね」

「そんなに?」

「そうよ。女は売ったら高く売れるからね。村ごと犯罪者だってこともあるのよ」

「村ごと?」


 さすがにそれはどうしようもないだろうと理玖は思った。


「もしもの話だが、万が一抵抗している時に相手を殺めたりした場合はどうなる?」

「相手の方に問題があったと証明できれば無罪だけど、証明できなければ犯罪者になり犯罪奴隷になるわね。そういう時は逃げた方が良いわ。村ぐるみだった場合は証明なんてできないもの」

「逃げたりしたら犯罪者として登録されるだろう?」

「そうでもないのよ。逃げた場合は誰が殺したかはわからないから犯罪者として登録されないのよ」


 やはり常識が違うと理玖は思った。だがそれがこの世界での常識なら倣った方が良いことも確かだ。正義感だけでは生き残れない世界に来たことが理玖にもわかってきていた。



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