第10話

 冒険者ギルドは想像していたよりずっと奇麗だった。理玖はもっとこう酒場のような雰囲気の薄暗い感じの場所を想像していた。冒険者も清潔で、薄汚れて無精ひげを生やしているようなものはいない。

 理玖はヨルダンを探した。昨日は世話になっているので、お礼を言った方がよいだろう。


(それにしても礼儀正しそうな冒険者ばかりだな。昨夜絡んできたような男たちは見当たらないな)


「よお、リク。待っていたぜ」


 ヨルダンの方から声をかけてくれた。


「昨夜のような人たちはいないんですね。意外でした」

「時間によるさ。ああいう輩は、恰好ばかりで実力があまりないからな。朝早く来て依頼を探すんだ。依頼は早い者勝ちだから、ランクの低い冒険者は早起きしてきている。今いるようなのはランクの高い冒険者たちだ」


 なるほど、そう言うことか。言われてみれば装備も高そうだ。


「それで冒険者の手続きをするんだろ」

「ああ、そのつもりだ」

「俺がしてやろう」


 ヨルダンに案内されて椅子に座る。


「あら、ヨルダンが新人の手続きをするなんて珍しいじゃない。どういう風の吹き回しなの?」

「うるせい、俺だってたまには新人の相手をしたいんだ」


 ヨルダンに声をかけた女は魔術師のようで、白い杖を持っている。ヨルダンと顔なじみなのだろう、揶揄っていた。


「なるほどね。これだけ美人ならヨルダンが相手をするわけね」

「馬鹿言うな、そんなんじゃねえ」

「どうだか」


 何というかいたたまれない気持ちになった。どうやらこの美人さんはヨルダンが好きらしい。それに全く気付いていない様子のヨルダンは、同じ男として情けなく見える。

 だがわざわざ教えるようなことはしい。たぶんこの部屋にいる誰もが気づいてるのに教えないのはやっかみもあるのだろう。理玖はこんな美人に思われてこのヤロ~、みたいな空気を感じた。

 理玖は黙って渡された紙に名前を書く。本当に記入するのは名前だけだった。

 血判は一瞬躊躇したが、エイッとばかりに針に刺して押した。すると紙が白く光る。


「へえ、どうやら大丈夫なようだな。犯罪歴はなしだ」

「当たり前だ。まだこの剣で人を刺したことはないからな」

「人を刺したことがないやつは結構いるだろうが、お前いざというときに使えるのか?」


 真面目な顔で聞かれ、理玖は言葉につまる。それは自分でも悩んでいたからだ。

 異世界なら冒険者しかないと考えていたが、自分に剣が使えるのか。魔物とはいえ、切ったりできるのだろうか疑問だった。


「おい、そんな顔をして大丈夫か? 迷っていたら自分が死ぬことになるぞ。雰囲気からして結構腕が立ちそうだが、そんなだと心配だな」

「わかったわ。私がついて行ってあげる。今からゴブリン退治に行きましょうよ」

「リリカ、余計なことをするな」

「今日は私のパーティーは休みだし、どうせすることがないんだもの。それにこの辺りのゴブリン退治なんて眠っていてもできるわ」

「だが…」


 ヨルダンは迷っているようだったが、理玖は決意したように頭を下げた。


「リリカさん、どうかよろしくお願いします」

「ふふふ、任せなさい」


 姉御と思わず言葉にしそうになった理玖だった。


「おい、いいのかリリカ」

「大丈夫よ。それに新人冒険者を育てるのも私たち高ランクの役目でしょ」

「じゃあ、頼む。おいリク。リリカの言うことの逆らうんじゃないぞ。こいつはこう見えて強いからな。逆らったりしたら大変なことになるからな」


 ヨルダンが理玖の方を向いてぼそぼそと忠告してくれたが、理玖は教えてくれるのがむさくるしい男じゃなくて良かったなと考えていた。



「さあ、リク、さっさと行くわよ。早くしないと夜になっちゃうわ」


 きびきびと命令されて、慌ててついていく。足も鍛えているようで、結構早い。神様仕様で作られた身体だから、リリカに追いつくことはすぐできたけど、右も左もわからないのだから手加減してほしい。


「どうやら体力はあるようね」


 リリカは追いついてきた理玖を見て笑った。試されていたことがわかって、理玖は苦い思いになる。

 だが体力がなければ、足を引っ張る存在になるのだから、リリカに試されたのも仕方がないなと理玖は考えることができた。


「リリカさん、魔法も使ってもいいですか?」

「あら、リクは剣士じゃないの?」

「剣士でもあるのですが、どこまで自分の魔法が通用するのかも知りたくて」

「魔物に向かって使用したことがないの?」

「使わなくても十分暮らせるような所に住んでいたんです」

「剣も魔法も? もしかしてどこかの令嬢?」

「いえ、違いますよ」

「そうかしら。犯罪歴もないようだし、大丈夫だとは思うけどヨルダンに迷惑をかけないでよ」


 リリカの頬は赤く染まっていた。どこまで愛されているのか。死ね、ヨルダン。と思ってしまう理玖だった。

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