第9話
鐘の音が鳴っている。今は何時ごろにあたるのだろうか。
そもそも時間の概念が存在するのかも理玖にはわからない。ただお腹が空いてきたので、お昼かなと感じた。これが腹時計というものなのだろう。
「冒険者ギルドにはお昼を食べてから行くとするか…」
急く気持ちはあったが、少々早く動いたところであまり変わらないだろう。それよりもヨルダンからどこまでの情報を聞き出せるかだ。ゆっくり食事をしながらその辺のことを整理しなければ。
そもそも冒険者についてもよくわかっていない。自分が考えている冒険者と同じとは限らないのだ。理玖が知っているのはゲームや本で読んだ知識だけだ。ヨルダンに詳しく聞いてから登録しても大丈夫か決断する方がよいだろう。
歩いていると昼時だからかいい匂いがしてくる。だがどの店が良いかもよくわからない。
仕方なく屋台で肉を買うことにした。何の肉のなか気にはなったけど聞かなかった。聞けば食べる気が失せるかもしれないと考えたからだ。
石垣のような所で座って食べている人がいるので、理玖も同じように座った。そして頭の中で六枚切りの食パンを思い浮かべる。すると六枚切りの食パンが一枚手の中に現れた。何と便利な魔法だろう。屋台で買ったばかりのホカホカの肉を食パンで挟んで口に入れる。
肉汁がパンに染みてなんとも贅沢な味だった。食べてもやはり何の肉なのかはわからなかった。ただ豚の味に近い気はした。
「あの~」
声をかけられてビクッとした。赤い髪をした冒険者のような恰好をした奇麗な女の人だった。これがいわゆるナンパかと一瞬だけ喜んだが、自分が女であることを思い出して理玖は落ち込む。
「なんでしょう」
「その白いパンはどこで買ったの?」
「ああ、食パンのことですか?」
「そのパンは食パンというのか。ぜひ食べたいのだがどこで買えばいい?」
「ああ~、それがこの辺では売っていないと思いますよ。良ければ俺、じゃなくて私のをわけましょうか」
「いいのか?」
「沢山あるからいいですよ」
相手が奇麗なお姉さんということもあって、親切心が芽生得る理玖だった。カバンの中に手を入れて六枚切りの食パンを一斤思い浮かべる。すると紙に包まれた食パンが手の中に現れた。
理玖はカバンの中から取り出して目の前の女の人に渡した。
「手持ちがあまりないので、銅貨五枚でいい?」
理玖にとって食パンはいくらでも手に入るからお金をいただくつもりはなかった。
「お金はいいよ」
「それだと悪いわ」
「だったら少し聞かせてほしい。さっき鐘が鳴っていたが何時の鐘ですか?」
「あれは十二時を知らせる鐘よ。三時間ごとになるわ。夜の六時から朝の六時までは鳴らないわ。そんなことも知らないなんて、あなたこの国ははじめてなのね」
「まあ、そうわけです。冒険者になるために来たのだが、簡単になれますか?」
「それは大丈夫よ。試験もないし、犯罪さえ犯していなければなれるわ。手続きの時に冒険者ギルドのカードに血をたらすと犯罪歴がわかるの。どういう仕組みなのかはしらないけど」
「冒険者カードに出るのは犯罪歴だけです?」
「申告した名前も登録されるわ。あと依頼数なんかもこなすたびに登録されるの。それによってランクが上がっていくのよ。それと冒険者カードにはお金も入れておくことができて、どの国の冒険者ギルドからでも引き出せるから便利よ」
「いろいろ教えてくれてありがとうお姉さん」
「ふふ、私の名前はエレナよ」
「お、私はリクです」
いきなり名前を聞かれたので、いつものように理玖と名乗っていた。ステータスも理玖になっていたから間違いではないけど、この姿で理玖を名乗るのは抵抗がある。だがもう名乗ったのだから仕方がない。
「また会えるといいわね」
「はい、またいろいろわからないこと聞かせてください」
エレナは食パンを大事そうに抱えて踵を返した。理玖はその後ろ姿を眺めていたが、残りのパンを急いで食べてから、冒険者ギルドへと歩き出す。
飲み物が欲しかったが、ペットボトルが存在しないこの世界で持ち歩きができるとは思えない。何も分からないこの世界で、今から旅をしなくてはならないとは。
(須賀花奈は今頃どうしているのだろうか。彼女もハナという名前を使っているのだろうか。俺の顔でハナはやめて欲しいけど、俺も理玖を使っているのだから文句は言えないな。俺でさえ戸惑っているのだから彼女はその何倍も苦労しているはずだ。神様は須賀さんも本神殿に来ると言っていたが旅なんてできるのだろうか。心配したところで、自分でさえどうにもできない状況で助けに行けるわけがないよな)
理玖は途方に暮れるしかない状況にため息しかでなかった。
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