第29話 夜(執筆者:紙本臨夢)
玄関口から中に入った。それだけなのにピリピリとした空気が漂ってくる。心底マズイと感じたシオンは慌てて、みんなが集まっているであろう場所に向かう。
「遅れてすみません!」
扉を開けた瞬間に謝罪する。案の定、部屋の中は静かだ。皆が伺うようにして一点に視線を向けている。その先は腕を組み貧乏ゆすりをして、明らかに不機嫌さを漂わせているノア・ルクス。
「なぁ、ガキ。俺はお前が村に行くのは承諾した」
「はい」
「でも、何と言った?」
「夕飯までには帰ってこいと……」
「お前はそれに何と答えた?」
「言われなくてもわかってますよ。僕はそこまで子どもじゃありませんと……」
「で? 今の状況は?」
「皆さんが夕飯を食べるのを待たせているという状況です」
「そうだな」
ノアは立ち上がるとシオンの胸ぐらを掴んだ! これを見た司教、シスター、トウラの三人が慌てて立ち上がる。
「ガキ。俺の唯一の至福の時間を遅らせたからには覚悟できているよな?」
ノアは殺気のこもった目で、シオンの瞳をジッと見る。ノアの目に恐怖を覚えるが、視線すら逸らせない。逸らせば殺される。本能がそう警告している。
シオンが蛇に睨まれた蛙のように動けないでいたその時、横から、トウラの盛大なため息が聞こえてきた。
「飯を食べる時間が唯一の至福、とかデブの極みだな」
「アァッ! トウラテメェ……」
「なんだよ? 間違いは言ってないだろう?」
「そうかそうか」
シオンの胸ぐらを捨てるように放したノアは、今度は横槍を入れてきたトウラに殺気を向けた。
「
ぶつぶつと呟きながら腰を落とすノアは、全身から光を発している。しかも、輝き方がこれまでの光と比べ物にならない。
あまりにも眩い光に、シオンは思わず目をつむってしまう。
「やめなさい!」
目をつむってしまった瞬間、司教の声が聞こえた。気になって目を開けてみるとなんと、発光するノアの懐で司教がまといついていた。
「何っすんだよクソ司教!」
「ノア。あなたは教会を壊す気ですか?」
冷静に、かつ力強く語りかける司教。
やがてノアは抵抗を止め、チッ! と舌打ちした。
「分かったよ! 今回は司教と教会に免じて許してやるが、次からは覚悟しておけよ」
ノアの怒りは治おさまったようだ――ノアが去ってゆくのを確認すると、シオンはトウラに近づいた。
「その……ありがとう」
「ん? 何がだ?」
「怒りの矛先を変えてくれたよね?」
「あぁあ。気にするな。俺は兄ちゃんだし、当然のことをしたまでさ」
「そう思ってくれているのはありがたいのだけどね」
「それにノアさんはお前が帰ってこなくて一番心配していたんだ。何かあったんじゃないかってな。アイツは気づいていないだろうが、バレバレだったさ」
「そうなの? ホントに申し訳ないことしたなぁ」
「ハハッ。いいんだよ。子供は俺たち大人に心配かけてナンボだからな」
「そう言ってくれると助かるよ」
シオンたちが会話をしているとパンパンと司教が手を叩き、注意を集める。
「さぁ、シオンくんも帰ってきたことですし、夕飯にしましょう」
「そうですね。と言いたいところですが、司教様。シオンくんはお風呂に入れた方がいいと思いますよ」
「確かにそうですね。シスターの言う通りです。シオンくんはお風呂に入ってきてください」
「えっ? ですが、お食事は……」
「私たちは先に食べておきます」
「わかりました」
「シオン。風呂から出たら、今日、村で何をしたか聞くからな」
「わかりました。それではお風呂いただきます」
シオンはそう言って自分の部屋に向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ベッドと机と椅子しかない、とてもシンプルな部屋に入ると月光が射し込んでいた。しかも、電気がいらないほど明るい。あまりにも明るいので窓から空を見上げる。とても大きくてキレイな満月が浮かんでいた。
「こう見ると元いた世界と何も変わらないな」
言葉に出しながらも、満月を見る。模様も何も変わらない。見る場所によっては様々なものに見える模様。何も変わらない。もしかすると、ここは地球のどこかなのかもしれない。次の瞬間にその考えは消える。
月の模様が一瞬だが、複雑な魔法陣に変わったからだ。ホントの一瞬だったので、見間違えかもしれない。だけど、月の模様が魔法陣に見えるなんて絶対にない。
「ダメだ。こんなこと気にしていたら。早くお風呂に入らないと」
シオンは代わりの服とタオルを取り、お風呂場に向かう。
ヒューマニーには薪で沸かす系だが、お風呂がある。だからこそ、彼はゆっくりと入り、出た。体の水気を拭き取り、着替えて、集まっている場所に向かう。
部屋へと繋がる扉を開けると、みんなが思い思いに過ごしていた。夕飯は机の上に置かれている。さっき見た時より量が減っていることが一目でわかるほど減っているので、先に食べたことがわかる。
彼は夕飯が置かれている机を囲むようにしてある椅子の一つに座る。
「いただきます」
シオンは手を合わせて挨拶すると、食べ始めた。ここは教会なので祈りを捧げるのが普通なのだが、シュウとトウラとノアは居候扱いで、特別に祈りを捧げなくていい。しかし、それは一人で食べる時のみ。基本は皆、一緒に食べるので祈りは捧げている。
ヒューマニー特有の様々な食事に手をつける。もちろん、材料なども違うので一緒に見えて違うものがある。だから、料理名はわからない。でも、食べれるので文句はない。むしろ、美味しいので手放しに賞賛したいくらいだ。
黙々と食べている彼の向かいの席にノアは腰を下ろす。頬杖をつき、ジッとシオンのことを見る。かなり居心地が悪いが何を望んでいるかわかるので、咀嚼そしゃくが終わるまで待ってもらう。飲み込むと、シオンは食べるために使ったナイフとフォークを置く。
「何をしたと言っても、村の人のお手伝いや話し相手になっただけですよ」
「話し相手か。どんな話を聞いた?」
「そうですねぇ……色々です」
「具体的には?」
「子ども自慢や天候の話ですね」
「ホントにそれだけか?」
「あと昔話も聞きました」
「どんな昔話だ?」
「ある人の欲にまみれた昔話です」
「どういうことだ? 性的な話か?」
「いえ、権力という欲です」
「どういうことだ? 少し分かりやすく言ってくれ」
「分かりやすくですか……」
シオンは考える。しかし、すぐに一つの単語が浮かぶ。
「遺跡についてです」
「なるほど。理解した。確かに権力という欲にまみれた昔話だな」
「それと今についての話もしてくれました」
「今について?」
「はい。他言無用でお願いしますが、近くに遺跡が出現したらしいです」
「なんだとっ!? 早くそれを言ってくれ!」
ノアは慌てて立ち上がり、ズカズカとこの部屋を出ていこうとする。
「ノア。どこに行こうとしているのですか?」
「決まっている。遺跡にだ」
「いけません」
「あっ? どうしてだよ?」
「今日はもう遅いです。行くのなら明日にしてください」
「ふざけんなよっ! 明日には消えているかもしれねぇんだぞ!?」
「それならばそれで仕方ないのです。まだノアには早いという主の思おぼし召めしです」
「そんなの知るかよっ!」
ノアはそう言うと慌てて出て行った。シオンもそのあとについて行こうとするが「お待ちになって」と声をかけられて、シスターに止められる。
「明日にしてください。それに司教様が出させないと思います」
言われるとそれもそうだと思ってしまう。そもそも、自分が追いかけても足手まといになるだけだと痛感している。それなら明日、明るい時に行った方が幾分かマシだ。
『
司教は呪文を唱える。しかし、何も変化が起きたように感じない。だけど、変化が起きたようだ。ドタバタと廊下から足音が聞こえてくる。ここに全員揃っているので、廊下に出ていると言えば一人しかいない。
「司教っ! やりやがったな!」
「安心なさい。明日の朝には解けています」
「だーかーらー! 明日だったら手遅れになる可能性があるんだよっ! それがわからないアンタではないだろ!」
「よく考えてみてください。ノア。今、行ってもあるという証拠はどこにあるのですか? そもそも話自体が嘘かもしれませんよ。あなたたちを釣る罠かもしれませんよ」
「…………」
ノアはぐうの音も出ない。司教が言っていることは正しい。正しすぎる。そもそも罠なら自分たちよりも実力が上の存在が来る可能性が高い。同じ転生者の救済の使徒が来る可能性がある。それも夜蝶のジュリエットよりも遥かに実力が上の存在が来るかもしれない。なのに一人で行こうとするのは無謀以外の何物でもない。
「わかった。明日にする。もちろん、そこのガキとトウラを連れてだ。特訓のついでだ」
「おうよ!」
「はい!」
三人が意気込んだところでトウラが、あっ、と何かを思い出したかのように声を上げた。
「どうしたんですかトウラさん?」
「今更だけどシュートは? さっきまで見当たらねぇけど?」
「旅に出たよ」
「旅? 一体どこに?」
「場所までは聞いてないから、知らないよ」
「そうか……でも確かにアイツはよく旅に出るからな。美人を探しに行くとか言って」
「へぇ、そんなんだ。少し意外かな?」
「そうかぁ? アイツは美人には弱いぞ」
「えっ? 弱いのに探しに行くの?」
「らしい。遠くから見るだけで、眼福だってさ。話しかけにいけばいいのにさ」
「仕方ないよ。話しに行きたくても話に行けないのだと思うよ」
「それはガキの経験からか?」
「へっ?」
「そうなのか? シオン」
「ちちちちちち、違うよ! そもそも美人と縁なんて僕にはないし!」
「なら、シェロは美人じゃないのか?」
「そんなことないよ! シェロは美人だよ!」
「ほぉう。本人が聞いたら、どんな反応をするかな?」
「なら、連絡してみるか?」
「えっ! できるのか!?」
「どうだろうなぁ?」
「ちょちょ、ちょっと待ってよ! ノアさん!」
「そんな手段あるわけないだろ?」
「だ、だよねぇ」
「……あっても言わねぇよ」
「えっ? あるの? ないの?」
「さて、どっちだろうな」
「どっちなんですか!? 教えてよノアさ〜ん!」
こんな風に賑やかな時間を過ごしていると、夜が深くなっていき、みんなが眠りについた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
石で包まれた建物の中に一人の幼い子供がいる。灯りが一切なく真っ暗だ。でも、何の迷いもなく歩いている。ゆっくりゆっくりと地面を踏みしめるようにして。
向かっているのはある場所。そこに何があるのか。誰にもわからないが、絶対に何かあると幼子は確信している。グラッと一帯が揺れたが、全く動じずに目的の場所に向かうのみ。
目的の場所に向かう最中に月明かりが射し込んでいる場所がある。光を避けるのかと思うが、一切避ける挙動をしない。ただ、真っ直ぐ歩むのみ。
幼子が月明かりに照らされた。
髪は長くて顔が一切見えない。死人のような真っ白な肌。服は一切着ていない。そして、なによりも心臓の部分が空洞で、性別がわかるはずの股間の部分は血まみれで何も見えない。
それでもただ、目的地に一直線で歩むのみ。
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