第28話 昔話(執筆者:紙本臨夢)

 シオンはどうしようかと迷っている。




 ノアが言ったように根を詰めすぎるのは良くない。でも、トウラに置いていかれたくもない。




 迷っても迷っても答えは出ない。だからこそ彼は外に出ることにした。元いた世界でずっとそうしてきたように。








 外に出ると、雲一つない快晴の青空が広がっていた。近くの村にいる人たちが穏やかに過ごしているのが目に入る。




 シオンは微笑みを浮かべる。とても穏やかで心が温まるのを感じたからだろう。




「そういえば村に行ったことないね」




 ふと零した呟きで、今からすることが決まった。








 使わせてもらっている部屋に受け取った鉱石を置き、ノアの部屋へ行く。彼の部屋はシオンが使わせてもらっている部屋から出て、少し歩けばたどり着く。


 着いてすぐにシオンは部屋の扉を開けた。




「ノアさん」


「どうした? まさかもう、魔鉱石に変えたとか言わないよな?」


「さすがにそれは早過ぎでしょ」


「なら、何の用だ? 俺は忙しいんだ」


「少し村に出かけてきます」


「わかった。夕飯までには帰ってこいよ」


「言われなくてもわかってますよ。僕はそこまで子どもではありません」


「ガキがいっちょ前によく言う。とりあえずさっさと行け。邪魔になるからさ」


「わかりました。失礼します」




 お辞儀をして、シオンは出て行った。




「入ってくるときもそれくらい礼儀正しくしろよな……」




 ノアは呆れながらも言ったが、少し楽しそうだった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 村に来たシオンだが、非常に困ったことになっている。




「旅人さん! これ持って行ってくれ!」「旅人さんどうしたんだ?」「旅人さん! 今までどんなことをして来たか教えてくれ!」「旅人さん! ウチの子供と遊んであげて」「旅人さん! 畑耕すの手伝ってくれ!」




 こんな風に次から次へと様々な人から、色々と言うのだ。丁寧にもシオンはその全てに応対している。そのせいで体がいくつあっても足りない状況になってしまっているのだ。




 旅人と呼ばれているが、旅をしている時間が少ないので、苦笑いを浮かべながらも否定したりもしている。旅の話を聞かせてと言ってくる人はそれが断れるが、ほとんどが手伝いをしてなので意味をなさない。




 時には畑を耕したり、時には幼い子の遊び相手になったり。それ以外にも色々あるが、ずっとこんな感じなので、疲れが溜まる一方だ。でも、シオンも幼くはないがまだ子供。少し休んだら、体力が回復する。幾度もそんなことを繰り返していると日が暮れ始めた。




「旅人さん。旅人さん」


「はい。なんでしょうか? それと僕は旅人ではないです。シオンと言います。ただのシオンです」


「そうかいそうかい。なら、こちらから面白い話をしてみるかの〜」




 突然、話しかけてきたおじいさんが、そんなことを言う。ホントはそろそろ帰らないといけないが、面白い話にシオンは興味を惹かれてしまう。




「お願いします」


「うむ」




 一度コクリと頷くと、おじいさんは語り始めた。








◇ ◇ ◇






 昔、ヒューマニーには国が存在していなかった。代わりに土地によって、名前が付けられていた。ヒューマニーの土地は言い伝えにより名付けられている。それがたくさん存在していた。






 神が降り立ったとされる地




 水が誕生したとされる地




 空気が誕生したとされる地




 人類が誕生したとされる地




 動物が誕生したとされる地




 人類が手を取り合って暮らし始めたとされる地




 人類が動物を初めて狩ったとされる地




 人類が初めて夫婦めおととなったとされる地






 それ以外にも大きなことから小さなことまで言い伝えが残っている。書き残されているわけではないものも、多々あるので、真偽は怪しい。しかし、そういうところを全てに名前を付けていた。名前があるからには住む人もたくさんいる。




 中でもひときわ人数が多かったであろうところには、遺跡なんてものがある。




 遺跡はどういう仕組みか不明だが、突然現れたり、消えたりする。基本、誰の目にも止まらないところにあるが、たまに人間でも行けるような場所に出現する。




 昔は、ある一族が遺跡を管理していた。しかし、その一族はすでに途絶えている。途絶えているからこそ遺跡が出現したり消えたりする仕組みは不明で、時期も不明。




 恐らく知っていたのは途絶えた一族のみ。遺跡を荒らす輩もいるので、公表しないのは仕方がない。遺跡は貴重な遺産。そんなものを荒らされたら溜まったものではない。




 しかし、発展していった人間は愚かだ。遺跡を自らの所有物にしたいがために管理していた一族を捕らえて、尋問したり拷問したりしたのだ。それを一族なら老若男女問わず行ってきた。




 まるで遺跡を管理する一族を道具としか思ってないようにだ。






 時には赤ん坊を母親の前で見せしめで殺した。




 時には妊婦の腹を裂き開いて、成長もしていない赤子を無理矢理引きづり出した。




 時には夫の前で妻を陵辱りょうじょくした。その逆も然しかり。






 それでも一族は遺跡について吐かずに死んだ。衰弱死。出血多量。溺死。これら以外にも様々な死に方をした。




 何人かは吐くだろうと思われる場所まで追い詰めたが、様々な方法で自殺した。




 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も──。




 繰り返した。当然だが、一族の血は途絶えた。生き残りを見つけては、欲にまみれた者たちが同じことを繰り返した。






◇ ◇ ◇








「だからもし、そういう欲にまみれた者たちから逃げ延びたとしても、今もひっそりと暮らしているじゃろう。もし、この村にいるとしてもワシはもう、何もしたくない」


「…………」




 何も言えない。シオンはおじいさんの最後の部分の意味を理解してしまったから。






 おじいさんはその欲にまみれた者の一人だということを。






「どうじゃ、シオンよ。思うことはあるか?」


「…………人間は愚かな生き物ですね」


「そうじゃな。間違いない。しかし、自分は人間としての生を受けてしまったから、最後まで全うしないといけないからな。お主のような若い奴は特に。老い先短いワシとは違い、人生長いからの」


「そうですね。わかっています。昔話をありがとうございます。それでは失礼しますね」




 シオンは帰るために背を向ける。




「待つのじゃ!」


「は、はいっ!」




 大きな声をかけられたので、ビクつかせながらも返事をして、慌てて体ごと振り返る。




「話はまだ終わっとらん」


「わ、分かりました」


「と言いつつも二つくらいじゃがな」


「はい。どうぞ」


「一つはお主は強く生きるのじゃ。お主ならきっとできる。もし、普通はダメな欲に襲われた時はワシのことを思い出すのじゃ。欲に従って、落ちぶれた者がいることをな」


「わかりました。そうさせていただきます」


「うむ。よろしい。次は二つ目じゃ」


「…………」


「…………」


「…………?」




 言うかと思えばおじいさんはなにかを探すように辺りの様子を伺っている。その行動に疑問しか浮かばないので、苦笑いを浮かべている。




 おじいさんは辺りを見終えたのか、まっすぐシオンのことを見ている。その表情は真剣そのものだ。何を言われるのかと思い、彼は直立不動になってしまう。そんな彼を見かねてか、おじいさんは手招きしてきたので、近づく。




「あまり大きな声では言えないが、今はこの近くに遺跡がある。行くなら行ってみるといい。そこでもし、一族の血縁らしき人がいれば匿かくまってやってくれ。くれぐれも誰にもバレないようにの」




 声に出さない方がいいと感じたシオンはコクリと首を縦に振る。そのシオンの反応を見て、おじいさんはにこやかに頷く。




「それじゃあ、お家に帰りなさい」


「色々と貴重なお話をありがとうございます」




 お辞儀をすると、背を向けて歩き出す。








 空を見上げると完全に日が落ちかけている。あと数分もしないうちに夜になる。




「ノアさん激おこだろうなぁ。早く帰らないと」




 ノアが怒っている姿が簡単に目に浮かぶ。恐らく彼は約束を破る存在が嫌いだろう。なんとなくそんな気がする。だからこそ、シオンは歩きではなく軽く走りながら帰ることにした。




(それにしても、遺跡が出現したか。嘘っぽい気がするな。でも、ホントの可能性もあるよね。ホントならこんな機会は滅多にないだろうね――)




 シオンは帰路の最中、遺跡について考える。




(だけど、罠の可能性もあるし、一人で行くのは危険だなぁ。そうだっ! トウラを護衛の代わりとして連れていけばいいんだ。もし、罠だとしても特訓になるからね。


 こんな時にシェロがいたら、きっと大喜びで付いてくるんだろうなぁ。でも、はしゃぎ過ぎるかも――)




 やがて、もし仲間たちが遺跡について来たならどんな反応だろうか、を想像し始めた。




(シュートは……付いてきても普通の反応だろうね。まぁ、はしゃぐだろうけど。ノアさんは面倒くさがりそうだなぁ。でも、楽しんでくれそう――)




 シェロは間違いないだろうけど、それ以外は、彼が想像しただけだ。だからこそ、誰がどんな反応をするのか、気になって仕方がない。




「っ!?」




 ふと、妹であるヒマリの姿が浮かんでしまう。




 ずっと一緒にいた妹ヒマリ。後ろについて来ていた妹ヒマリ。周りがうらやむほど仲が良かった妹ヒマリ。そして、叡智の梟──大賢人・オウルニムスの魔法によって見た、可愛らしい服を着せられていて、豪華な部屋に見せかけた牢屋に閉じ込められていた妹ヒマリ。




「ヒマリ……お兄ちゃんが絶対に助けるから、無事でいて」




 ヒマリのことは、今の彼では無事を祈ることしかできない。一刻も早く彼女を助けるために鉱石を魔鉱石に変えるしかない。力のコントロールをできるようにならないといけない。でも今のままでは、まだまだ。もし、彼女が危険な目にあっていても、今のままではその危険をさらに大きくするだけだ。




 自分の無力さで彼は唇を噛み締めている。


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