第27話 訓練(執筆者:ひよっこ犬)
シオンはノア・ルクスから受け取った鉱石をぼーっと眺めていた。
「どうしたシオン? ぼーっとしたりして、魔素籠めなくていいのか?」
「え……あぁ、ごめんなさい少し考え事していて」
「へぇ、どんな考え事だ? 兄ちゃんが相談にのってやるよ!」
鉱石から目を離し、トウラに向きなおったシオンはぽつぽつと自分の悩みを打ち明け始めた。
「トウラもシュートも自分の力をちゃんと使えてて、村がジュリエットに襲われた時にだって、二人は女の子を助けて村も救ってた……だけど僕は未だに自分の意志で異能を使えたことがないなって思ったら、自信みたいなものがなくなっちゃって……」
「でもそれはシオンがこっちの世界に来て間もないからで……」
「でも! 未だに詠唱文さえ分からないんだよ!!」
感情的になったシオンは座っていた椅子から立ち上がり、悔しさに顔を歪めた。自然と鉱石を握っている手に力が入る。しかし、感情の波は一時的なもので、すぐに我に返ったシオンは「ごめんなさい……」と謝って再び椅子に腰を下ろした。
「まぁ、気にするな! シオンは妹を救うことだけを考えて力を鍛えていけばいいと思うぞ、俺は!」
「ヒマリを救う……」
「そのためにメルフェールに行くんだろう?」
「そうですね」
「それに、シオンはすでに一人助けてるからな」
「え?」
「詳しいことはわからねぇけど、シェロが『私の窮地を救ってくれた』って言ってたぞ」
シオンがシェロと初めて落ち着いた状態で話した時、彼女は確かに「命拾いしたわね」と言っていた。シオンは気絶していてまったく覚えていなかったが、あの時確かに自身の力で他人を救っていた。
「そう……なんですね」
「おう、だから自分に自信を持て! 兄ちゃんはできると信じてるぞ」
白い歯を目いっぱい見せて笑うトウラを見て、自然とシオンも笑みがこぼれる。
シオンは再び、今度は迷いのない目で鉱石を見つめる。ノアから貰ったそれは先に進むための一歩のように思えた。しっかりと握り込み慎重に――だけど強く願いを込めるように念じる。すると、握り込んだ指の隙間から強い光が漏れ出てきた。
「これが……僕の……」
魔素を籠めるのはやめずに自分の指の隙間から漏れる光を見つめるシオン。初めて見る自分の力に目を輝かせながらより強く魔素を込める。
「おお! 相変わらずすげぇ光だなシオン!」
「そうですか?」
「あぁ、俺も負けていられないな」
それぞれの目標を胸に一切の躊躇なく鉱石へ魔素を注ぎ込む。指の隙間から漏れる光は、互いが競い合うように強くなっていく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「え? 今なんて言った?」
「だから、魔鉱石に変え終わりました!」
「いくらなんでも早すぎるだろ!」
机の上に置かれた石を見てノア・ルクスは驚愕の声を上げていた。「ありえない」と思ったが、何度見ても、目の前に置かれた大小二つの鉱石は、確実に魔鉱石に変わっていた。
「待て待て待て、ガキはちょっと早すぎる気もするが石の大きさ的にギリギリわかる。 でもトウラ、お前は絶対早すぎる!」
「へへへ、シオンに釣られてちょっとばかり頑張っちまったぜ……」
「ここ最近お前はずっとふらふらだったじゃないか! お前は一旦休め!」
そう言ったノアに部屋の出口を指さされ、しぶしぶ、といった様子でトウラは出口の扉に足を運ぶ。やがて、扉の取っ手を掴んだところでシオンに振り向いた。
「じゃあ俺は少し休むから、シオン、頑張れよ」
「はい、頑張ります。すぐに追いついてみせますよ」
「言ってくれるな! ――ノアさん、少しの間頼みましたよ」
「あぁ」
その言葉を最後にトウラは扉の外に消えた。それを確認したノアは小さくひとつ、ため息をしながらシオンの方向に向きなおった。
「お前もあんまり根を詰めすぎるんじゃない。いざって時になって体壊して使い物にならなかったら元も子もないからな」
「はい……でも僕はまだ詠唱文も思い出せてなくて、ほかの人の何倍も頑張らなくちゃいけないから」
「俺は焦りすぎんなって言っただけで頑張るなとは言ってない。 ほら新しい石だ、夜通しで魔素を籠めようとか思うんじゃないぞ」
「分かりました」
前回の鉱石よりも一回り程大きなものを手にしたシオンは、トウラと同じ扉へ向かうために座っていた椅子から立ち上がる。
「ちょっと待て」
立ち上がり、歩き出したシオンをノアが呼び止める。戻って訓練の続きをやるつもりだったシオンは少しの苛立ちを顔に滲ませながら振り返った。呼び止めたノアはさっきと何も変わらない表情で続けた。
「少し聞かせてほしいことがある」
「なんですか」
「お前が異能を使った時の話を聞かせてくれないか」
「それが……気を失ってて憶えてないんですよ」
申し訳なさそうにシオンは口を開く。彼がこの世界に来てから計二回発動させた異能は両方とも彼の意識がない時に起こしたことだった。
「ならその前後の話をしてくれ、できるだけ細かく」
「はぁ……?」
なぜ必要なのかわからない、という言葉は心の内側に隠してシオンは最初に異能を使ったと聞いた時のことを思い出す。
「確か一番初めに使ったと思うのはヒューマニーに来てすぐです」
「ほぉ?」
「気づいたらシェロが操縦してた戦闘機の中にいて、竜とそれに乗った男の人と戦ってて……それで散弾銃を渡されたんです」
「それで?」
「それで……打つの失敗しちゃって気絶しました」
「その時に異能を使ったんだな?」
「多分……気が付いたらカフェで寝てた」
「なるほど……」
何かを考え込むように顎に手を当て、向かい側に座るシオンにすら聞こえないくらい小さな声でぶつぶつと、独り言を発し始めた。
「えっと……ノアさん?」
「他には?」
「他? ……他はついこの間初めて鉱石に魔素を籠めようとしたとき」
「あぁ、あの時か」
二回目の発動の時にはノアも近くにいたので、二人に必要な言葉はそれだけだった。
しばらくの間考え込んでいたノアは顔を上げて口を開いた。
「今のままじゃ情報が足りないから何とも言えないが、もし異能がいつまでたっても使えない用だったら、一度模擬戦をしてみるのもありだと思ってる」
「は、はぁ……」
「まぁ、まずはその鉱石を変えるところから始めよう」
シオンは消化しきれない思いを胸の内に燻ぶらせながら、部屋を後にした。
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