第26話 『救世主の使命』(執筆者:かーや・ぱっせ)

「では、私は外の様子を見て参ります。ノア、この場は貴方に頼みましたよ」


 嵐の様な騒動が治まり、司教はノアの部屋から走り去ってゆく。それを見送ると、ノアは先程まで座っていたソファへ身体を預けた。



「キングの生まれ変わり、か。……恐ろしい奴だ」

「キングだと?」


 シオンの側から離れないままのトウラが、ノアに向けて顔をしかめる。


「……神がそう感謝したらしいじゃないか。圧倒的な魔素と叡智で、このヒューマニーを治めたキングを目覚めさせてくれた、と」

「いや、あのクズはそこまで言ってねぇぞ」

「……そうか」

「いや「そうか」じゃねぇって!

 どういうことだよ、キングの生まれ変わりってよ。ヒューマニーを治めた、とか言ったよな?」


 トウラの問いに対し、黙り込むノア。それに代わってか、シェロが口を開く。


「確かに、ヒューマニーの王の通称は“キング”ね。しかも、彼の言う通り、圧倒的な魔素と叡智で、ヒューマニー中を発展させた、と、文献でも明記されているわ」

「……そんな奴の生まれ変わりっていうのか、シオンは――」


 トウラが再びシオンを見る。すやすやと眠る様はまるで、まだ何も知らない純真な子どもを見ているようだった。


「なあノアさん」


 やがてトウラは、顔を伏せているノアの方へ向いた。


「頼むよ。俺、シオンの事をどうにか分かってやりてぇ。だから、教えてくれねぇか? ノアさんの知っている事を、全部」

「……分かった」


 トウラの訴えに、ノアはようやく顔を上げた。


「お前が持っていた竜ドラゴンの魔素が、俺の――救世主としての使命を、思い出させてくれたからな」


 徐に席を立った彼の表情からは、心なしか、覚悟が伺えた。


「お前達に教えてやらんでもない――よく聞けよ」


 そうしてシオンの前でしゃがんだノアは、ぽん、とシオンの頭に手を置くなり口を開いた。


「このガキ――シオン・カガミは、ヒューマニーを治めたキングの生まれ変わりとして呼び出された転生者だ。

 そして俺は、キングの生まれ変わりに力を貸せ、と、神に使命を受けて、この世界に来た」

「神に使命を受けた? ちょっと待てそれは……クズ神に、か?」

「違う。災厄の神とはまた別の神だ」

「……神はクズ神だけじゃねぇ、ってのか?」


 トウラの問いにノアは頷き、シオンの頭から手を離した彼は、ゆらりと立ち上がる。


「災厄の神は、例え同胞であろうと、容赦なく神の世界から追い出すらしい――俺を呼び出した神も、災厄の神に追い出されたそうだ。

 だが、災厄の神は今、キングとジョーカーに力を振るった反動で、思うように動けないらしい。――見たことがないだろう? その目で災厄の神を」

「いや、俺は見たことあるぞ。俺は竜化して神に挑んだぜ?」

「竜化……」


 ノアは胸に手を当て、静止する。

 しばらくすると、彼は噛み締めるように頷いた。


「……ああ、覚えているようだな。この竜ドラゴンは。恐らくそいつは災厄の神ではない。災厄の神に従っている“手下”だ」

「なんだって!?」


 トウラが食って掛かった。が、彼はやがて地べたへ崩れ落ちる。


「あんな奴がただの手下なのかよ……」


 力なく、トウラは息を吐いた。




 一方、シェロはしきりに手帳と向き合っていた。どうやらペンを走らせているようだ。

 何を書いているのか、気になったノアがシェロに目線を移すと、同時に彼女と目が合った。


「……質問、いいかしら」

「何だ」

「ノアさんの話をまとめると、この世界には、今の神様を良く思わない神様が居る、ということなのよね? そして、良く思わないって考えている神様に、使命を受けたのがノアさん――これで間違いないかしら?」

「ああ」

「なら、使命を受けた転生者は、他にもいるのかしら? 私達は、沢山の仲間を集めるように教えてもらっているし、聖獣も沢山いるって教えてもらっているわ。だから、ノアさんのような救世主も、沢山居るんじゃないかって思っているんだけど」

「……ああ。居るだろうな」

「居るだろう、というと?」

「お前の憶測通り、聖獣の数だけ“救世主”は存在するはずだ。ただ、どこにそいつらが居るのか俺には検討がつかん。自力で探してくれ」

「そう……分かったわ。ありがとう」


 そう言って、手帳を閉じたシェロが席を立つ。


「トウラ。顔を上げてくれる?」


 この声に、おう、と顔を上げたトウラの表情は、生気を失っているように見えた。


「もう。いつだって前向きなあなたが、そんなにへこんでいたらどうするのよ――」


 シェロはトウラの両肩を、それぞれの手で掴む!


「シオンを頼んだわ! 私、聖獣がこの世界のどこにいるのか調べてみるから。

 その代わりにお願い。あなたがシオンを強くしてあげて」


 シェロの願いは、灰色の瞳を通じトウラへ。真紅色の瞳に光を宿す。


「……おう。分かった。シェロの願い、俺がしかと受け取った!」


 拳を作り、白い歯を見せたトウラ。


「メルシー。それじゃあ行ってくるわ」

「お、おい! もう行くのか!?」

「もちろんよ。神は戦争を起こさせる気なんでしょう? もたもたしていられないわ」


 シェロが忙しく準備を始めた時だった。


「んん……あれ、シェロ?」

「あらシオン。起きたのね」


 気絶していたシオンが目を覚ましたのだ。


「どこかに、いくの?」

「ええ。私、調べ物があるの。だからしばらくシオンとはお別れ」

「え!? そ、そんな待ってよ!」

「待っていられないわ。私にしか出来ないことをしに行くんだもの。だから――」


 シェロが部屋の扉の前へ立った。彼女は髪を一つに束ねており、出掛ける準備は万端だ。


「私が帰ってくるまでに、君にしか使えない力を、ちゃんと使いこなせるようになるのよ! 良いわね!?」


 シオンに指差し、こう告げたシェロ。そうして、彼女は颯爽と部屋を飛び出していったのだった。




「行っちまったぜ」

「うん」


 静まり返った部屋で、姿勢を正したシオン。彼が太ももに置いた両の手は、拳を作っていた。



「強くならなきゃ」

「だな」


 その時、二人の前に何かが置かれた。


「これで鍛えろ」


 告げたのはノア・ルクス。

 見ると、シオンが気絶する前に握っていた鉱石が置かれていた。しかもそれは二つあり、大きさも違う。



「ガキはこの小さい方だ――握ってみろ。片手で収まるはずだ」

「……そうですね。さっきのと比べると、軽くて、小さいです」

「この大きさなら、お前自身の力で魔素を制御出来るだろう。遠慮なく念じれば良い。

 そいつを魔鉱石に変えることが出来たら、俺に持って来い。そいつより大きい鉱石をやろう。

 これを繰り返すことで、お前が制御できる魔素は増えていくからな」


 ありがとうございます、と、シオンからお礼の言葉を聞いたノアは、今度はトウラに視線を移す。


「お前はこの大きい方だ。60億アイロの賞金首なら、この鉱石を魔鉱石に変えることは容易いはずだ」

「当然! やってやるぜ!」


 こうして、シオンとトウラの訓練が始まるのであった。

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