第25話 『旅の指標とシオンの力』(執筆者:かーや・ぱっせ)
ノアの話を聞くため、礼拝堂奥を進む、シオンとシェロとトウラ。
トウラが言うには、何でも、ノアが話したがっている内容は、シオンがいてこそ成立する内容らしい。
「――俺が教えてくれって言ってもノアさん、全く口を割ってくれなくてよー。だから俺には一切分からねぇんだ。ノアさんが何を話したいのか」
「……シオンにしか話せないことなのは、間違いなさそうね」
「そうだな。……にしても、どうしたんだシオン? さっきから元気がないじゃねぇか」
トウラは、うつむいているシオンが気になって仕方がなかった様子。歩みを止め、しゃがんだトウラがシオンの顔を覗き込んだ。
「兄ちゃんに話してみろよ。何があったのかさ」
温かい眼差しがシオンを見上げている。しかしそれを、彼はおもむろに反らした。
「すいません。今は、話したくないんです……」
「……そうか。なら仕方ないな!」
トウラは、腰を上げると、ノアさんへ会いに行こうぜー、とくるり。再び、先へ進み始めた。
しばらく進むとシオン達は、扉が左右にずらりと並ぶ廊下に差し掛かった。
その中で、トウラはある扉にノックする。
「ノアさんー! シオン達、帰ってきましたよー!」
扉はやがて開かれる。白髪の青年・ノアが現れた。
「入れ。待っていたぞ」
トウラが連れてきた来客に、ノアは静かに告げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「お前に話したいことは二つだ」
ソファに座り、前屈みになるノア。彼の向かいに、ローテーブルを挟んでシオンとシェロ。そんな三人の表情を伺えるような位置に、トウラ。シオン達は、ノアと同じようなソファに腰をかけていた。
「まず一つ。お前は世界を縦断しろ」
「世界を“縦断”、ですか?」
シオンの問いを払拭するかのように、ノアがテーブルに何かを広げる。
「この土地――レッド・マウンテンズ地帯を中心に広げた、ヒューマニーの地図だ。これをお前にやろう」
唐突に現れた世界地図は、縦に土地が伸びていた。
レッド・マウンテンズ地帯から、下は緑色や茶色で埋め尽くされ、上は町や国の名前で埋め尽くされている。右には森林地帯と水色っぽい山々が描かれており、左は真っ黒に塗り潰されていた。
「上へ行くほど、魔鉱石や魔兵器で発展した町や国へ行ける。逆に、下へ行くほど、原始的な暮らしぶりを観ることが出来るだろう。それを踏まえた上で、お前が行きたい場所を選ぶと良い」
「あの、質問して良いすか?」
トウラが遠慮がちに手を上げる。
「何だ」
「この地図の左、どうして真っ黒なんだ?」
「この一帯は何も無いからだ。国も、町も、土地すらも存在しない」
「土地すらも?!」
「つまり、この黒が表しているものは、広大な“奈落の底”だ」
「奈落の底……」
「まあ、当然だろう。災厄を起こす神は、この先にあるメルフェールに行かせたくないらしいからな」
「メルフェールだと!?」
「メルフェールですか!?」
「メルフェールですって!?」
一斉に立ち上がった三人に対し、身を後ろへよじったノアだが、目線だけは鋭く三人に向いていた。
「……何故そんなに騒ぎ立てる。まずは座れ」
三人を退かしたい思いを自分の手振りに込めたノア。
三人が席に戻ったのを確認すると、脚と腕を組み、息を吐いた。
「メルフェールに何があると言うんだ。どうせ、生きるために空想を言って聞かせているとほざく、頭の狂った連中しかいないんだろ?」
「……あまり良い例えじゃないわね」
「何とでも言え。話の解釈は人それぞれだろう」
ノアは脚を組み替える。
「それで? メルフェールに何があるんだ?」
「そこに――」
ノアの問いに、シオンが目を見開き、前のめりになる。
「僕の妹がいるんです!」
「妹?」
「はい……僕の妹――ヒマリは、神によってメルフェールに転生させられたんです。オウルニムスさんの力でヒマリの様子を見させてもらえたんですけど、どこかで捕まっているみたいで……だから、僕は妹を助けに、どうしてもメルフェールに行きたいんです!」
訴えるシオンにノアは、組んだ脚を解き身を乗り出した。
「分かっているんだろうな。メルフェールへ行く、ということは――」
「はい。ヒマリに会う為ですから」
水銀色の鋭い視線と、紫色の力強い視線がぶつかり合う。
やがて、ノアがふっと笑った。
「良いだろう。覚悟はあるようだ」
一言告げると、ノアはソファに座り直した。
「なら、次の話だ。
お前は、世界を変えるほどの力を持っている」
「僕に、“力”、ですか?」
「そうだ。しかもその力は唯一無二。誰も――神すらも真似できない代物だ」
シオンを指差すノアの口角が、僅かに上がっている気がする――そう考えていた矢先だった。
「それは私も感じているの」
言われるシオンの肩に、シェロが手を置いた。
「私はこの目でシオンの異能を見たもの。敵に大きな傷を負わせたわ」
「といっても、僕は覚えていないんですが――」
小さく笑うシオンを見て、ノアがまた腕を組んだ。
「無自覚だが使ったことはある、か……なら、自覚してもらうべきだな――」
ノアが不意に席を離れる。
しばらくして、席に戻った彼は、とある物体をテーブルに置いた。
「こいつを握れ」
言われるがまま握ったそれは、シオンの両手には大きすぎる、無彩色がひしめき合った岩だった。
「この鉱石、見たことあるわ。魔素が入る前の鉱石ね」
「そうだ。こいつに――何でも良い。念じてみろ」
「何でも良い、ですか?」
「私も幼い頃に握らされたわ。体内魔素を高める訓練としてね」
「へえ……シェロがそう言うなら――」
シオンは鉱石を両手でしかと握り、目を閉じた。
(僕に“力”があるなら――どんな人の道も明るく照らせるような――そんな、強くて、眩しいくらいの力があるなら……!)
シオンの念が伝わっているのか。シオンの両手の中から、刺すような光が漏れ出ている。
たちまち部屋を埋めつくしてゆくその光に、三人は開いた口を塞がずにはいられなかった。
「すげぇ。すげえぞ! シオン!」
「あの時の光だわ。私の窮地を救ってくれた、強くて、眩しい光――!」
「それにしても強すぎる。この大きさの鉱石に魔素を込める事は、常人ではかなり疲労する行為だ。それを曇り無い顔でやってのけているということは……」
「ノア、大変だ! 空がおかしい!」
突如扉が開き、司教が血相を変えて部屋に入り込んできた。
「司教さん! どうしたんすか?!」
「おや、トウラさんこんな所に――いいえ、今はそれどころでは――!」
「どうしたんだ司教、早く言え」
「ああ。急に快晴になったかと思えば、この教会の真上だけに厚い雲が! しかもその雲はしきりに雷を鳴らしている――我々への天罰です!」
「いや違う」
ノアがシオンを見る。
「恐らく原因はこいつだ」
「……! なんという力! 今すぐ止めさせなさい!」
「――トウラ!」
「ああ!」
司教の一声で、シェロとトウラが動く。
声をかけ、身体を揺すり、思い思いにシオンを止めようとするも、彼は何も反応しない。それどころか、仕切りに何かを呟いていた。
「……は……の――」
「おいシオン、何を言っているんだ?」
「……を……した――」
「あの時みたいだわ。あの時も、こんな風に何かを口走ってから異能を発動させてた――」
「じゃあ今シオンは詠唱文を――!?」
考察も束の間、シオンが急に立ち上がる!
「__天よ! 我を見よ――!」
「まずいって! 早く、唱えきる前に!」
輝く鉱石を握るシオンの手を、トウラが力ずくで解こうとする。しかし、彼の手は貼り付いたように動かない!
そのような中でも、シオンは淡々と言葉を紡いでいた。
「くそ! びくともしねぇ!」
「どけ!」
ノアが一言。トウラが離れるとシオンから鈍い音が響く!
瞬間、シオンの詠唱は途切れ、その場でソファに崩れ落ちた。頭を垂れたと同時に、鉱石は手放されたのだった。
「悪いな。手荒だが、これしかなかった」
シオンの背に呟き、ふう、と息を吐いたノア。紅色に染まっていた瞳が、元の水銀色に戻る。
「いいえ。英断だわ」
「ああ。助かったぜ……」
シオンは静かに息をしている。何ともなさそうな彼を見て、シェロやトウラ、司教も安堵の表情を浮かべた。
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