第16話 『ノア・ルクス』(執筆者:金城暁大)

「ノア・ルクス」


(例によって文章を一部改訂してます。不都合があれば言ってください。)



 ドアの開いた向こう。


 そこには雪のように美しい白髪を頸≪クビ≫で切り揃えた、清廉さを感じさせる青年が立っていた。


 彼は部屋にいる一同を一瞥した。


 その水銀色の瞳は、真冬のような冷ややかさを感じさせた。


 彼は客人を鼻で笑うと、ずかずかと部屋に入ってきた。そして、司教の後ろの事務机の上に手と足を組んで座った。


「ノア、何度言ったらわかるのです? そのような態度はよろしくないと。」


「うるさい、構わないだろ。俺はこの方が良いんだ。」


 どうやら彼がノア・ルクスらしと、シオン達は悟った。


「貴方がノア・ルクスですか?」


 シオンの問いに、ノアは再び鼻で笑った。


「フン。だったらどうする?」


 やはりこの人物だったか。しかし、聞いていたよりもかなりやさぐれた人物だ。


 協力してくれるのだろうか? どこか不安である。


 ノアに交渉を持ち掛けたのはシェロだった。


「聞いていたのなら話は早いわ。ノアさん、どうか私達に協力して――」


「断る。」


 ノアはぴしゃりと言い放った。


「何故、俺が見ず知らずのお前らに、自分の身を犠牲にして救ってやらねばならんのだ?」


 やはりだった。


 予想はしていたが、いざその現実を突きつけられると辛いものがある。


 今度はシェロに革ってシオンが願い出た。


「お願いです。貴方も転生者なんでしょう? 仲間だと思って助けてくれませんか?」


「だから断ると言っただろう。何度も言わせるなガキ。」


「ガキ……。」


 シオンは純粋に傷ついた。これでも兄として、大人の領分はわきまえてるつもりだったのだが。


 今度は再びシェロが交渉に出た。


「でも、あなたも転生者なら、元の世界に帰りたいとは思わないの? 私たちの仲間になれば、それも叶うかもしれないのよ?」


「そうだな、確かにそうかもしれない。」


 その言葉にシオン達は、僅かに希望を見た気がした。


「じゃあ!」


「だが、それでも断る。」


「どうして?」


「俺は俺の力で神を殺し、元の世界に帰って見せる。鍵も聖櫃も俺が先に見つける。全て俺一人で充分だ。残念だったな、お前らの出る幕はない。」


 その発言に、シオン達は呆れて返事が出来なかった。ここまでの傍若無人だと手の施しようがない。


 あまりの非道さに、トウラは思わず泣き声でノアに懇願した。


「お願いだ! ノアさん! 後生だ! 一生に一度だと思って俺を助けてくれ!」


「フン、お前も馬鹿だな。得体の知れない物を口にするなど、乳幼児かお前は。馬鹿にやる薬は無い。自業自得だ。」


「そんなぁ……。」


 トウラは絶望のあまり、その場で泣き崩れてしまった。ノアを囲む誰もが、その言葉に落胆した。


「旅の者、力になれず申し訳ない。」

「いいのよ司教様。みんな行きましょう。」


 シオン達は後ろ髪を引かれながらも部屋を出ようとした。だが、その時だった。


「ヨハネス司教様!」

 突然、村人らしい男が部屋に飛び込んできた。


「何事です? ここは聖職者の部屋ですよ、信者と言えど、私の許可なしに入ることは許されません。」


「申し訳ありません! ですが……」


「何事です?」


「転生者が……転生者が現れたのです!」


 その言葉に、部屋にいた全員が仰天した。


「転生者!?」


「はい! 私の娘を人質に取り、村の者を脅しています! どうか、どうかお助けください!」


「狙いは何です?」


「どうやら、この村に別の転生者がいるようで……それを探しているようです。」


「わかりました。すぐに行きます。」


 司教は壁に掛かってある杖を持つと、部屋を出た。


「私達も行くわよ。」


「うん!」


「ああ!」


「わかった。」


 シオン達も、司教の後を追って外に出た。




◆  ◆  ◆





 教会の前の広場には人だかりができていた。そして、その向こうにそれは居た。


 巨大な蛇がとぐろを巻いている。その胴体には一人の少女が囚われていた。その少女の首元に、大蛇は今にも突き刺さりそうな程に毒牙を突き立てている。


 恐怖と不安で泣き叫んでいる少女。大蛇の横で、一人の黒い長髪の清楚な女が、4枚の紙を掲げている。


「この二人の賞金首と、この絵のような二人がこの村にいると聞いています。どなたかお優しい方、|私≪わたくし≫に教えてくださりませんこと?」


 その絵に描かれていたのは、間違いなくシオン達4人の顔だった。


「まずい、完全に後を付けられていたか。」


 シュートが舌打ちする。


「私も転生者です。悪い様には致しません。ただ少しお話がしたいだけなのです。」


 彼女の言葉に、シオンは疑念を抱いた。


 よく言える、か弱い子供を人質に取るような人が、悪い様にしない訳が無い。


 その時だった。


「おい! お前、シュート・アリベルトじゃないのか!?」


 群衆の一人がシュートに気づいた。その声に弾かれるように、シオン達の周りから人が離れた。


「間違いない、お前、賞金首のシュートだろ!」


 シュートは舌打ちした。すると、周りの群衆もシオン達に気が付いた。


「本当だ! 賞金首1000万アイロのシュートだ!」


「60億アイロのトウラ・ラスカディアもいるぞ!」


「あの子供と女も、あの女の紙の人物とそっくりだ!」


 声とともに露わになったシオン達に、目の前の女はシオン達を見ると、満足そうな笑みを浮かべた。


「これはこれは、そんなところにいたのですか。わざわざ出向いてくれるとは、村人に協力を求めただけはありますね。」


 その言葉にシュートが喰らいついた。


「協力だと? ふざけんな! 村の人を脅しておいて! さぁ、俺達は見つかっただろう! 今すぐにその子を離せ!」

 すると、女はニヤニヤと笑みを浮かべて言った。


「そうねぇ、この子にはもう少し協力してもらうわ。」


「何だと!? ふざけんなこのアマ!」


「アマ……?」


 女は人差し指を目の前で横に振った。


「申し遅れましたわね、”救済の使徒”の一人、”夜蝶のジュリエット”と申しますわ。以後お見知りおきを。」


 そう言うとジュリエットは、深々と頭を下げた。


「貴方達の事は聞いていますわ。特に貴方、シオン君ね? 貴方はまだこの世界に来て間もないんでしょう?」


 すると、その言葉が言い終わるや否や、ジュリエットの姿がチョウの群れになり消えた。


 次の瞬間、シオンの眼前に彼女はいた。


「貴方、まだ穢れていないわね。良かったら私たちの仲間に入りませんこと? 待遇はよくしてよ?」


 ジュリエットは、シオンの顎を手で愛撫するかのように撫でながらそう言った。


 だが、シオンはその手を弾きながら言い返した。


「ふざけるな! 誰がお前みたいな無慈悲な奴の仲間になんかなるか!」


「あら残念。結構期待していたのですよ?」


 すると、再びジュリエットは姿を消し、元の場所に戻った。


「シオン、よく言った! そうこなくっちゃな!」


 シュートの言葉にシオンは頷く。


「そちらのお二方も、やはり同じなのかしら?」


「前にも言ったろう、お前らのような奴らとは手を組まないと。」


「ああ! ゴメンだね!」


 シュートとトウラの返答に、ジュリエットは片手に手を当ててやや困ったような仕草を見せた。


「交渉は決裂、という訳ですわね。上からは、できるだけ転生者を仲間にするように言われているのですけど……。」


 すると、シオンがシュートに尋ねた。


「シュートさん、あの人を知ってるんですか?」


「ああ、知ってるさ。あいつらは救済の使徒と言って、転生者の集まりだ。だが、奴らは俺達みたいな善人とは違う。あいつらの目的は神の災厄と、転生者の持つ”異能”を使い、自分たちがこの世界の新たな統治者となることだ。奴らはそれを救済と呼んでいる。昨日話したケイキもその内の一人だ。あいつとは前にも何度か|戦≪や≫ってるんだが、あいつはその度に俺達を勧誘するんだ。」


 そのシュートの説明に、ジュリエットは手を叩いて喜んだ。


「よく覚えていてくれましたわね! 嬉しいですわ! 私たちの距離も縮まっていたのですね! ……けど、残念ですわね。」


 ジュリエットの表情が一変した。


「刃向かう者は遠慮なく殺せとの命令ですの。悪く思わないでくださいまし。」


 ジュリエットは地面に片手をかざした。


「|Show its power in my name more than《暴食と破滅の性により、》 |the nature of overeating and the ruin《我が名においてその力を指し示せ》.

|The proof which eats an addict , too and is a crime《魔をも喰らいし罪の証》.

||A name of that’s person is fear《かの者の名は恐怖》.」


 ジュリエットの周りに魔素が集まり、それが風を呼ぶ。同時に、ジュリエットの目の前の地面に、紫の巨大な魔方陣が光り出した。


「現れよ! バジリスク!」


 彼女が詠唱文を唱え終えた瞬間、魔方陣の中から無数の大蛇が現れた。


「さぁ、準備は整いましてよ。」


「来るぞ! トウラ!」


「ああ! やってやるぜ!」


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