第17話 『光』(執筆者:金城暁大)

 シュートとトウラは戦闘態勢に入った。


 シェロとシオンはその後ろで彼らの背中を見ていた。


 だが、そんな彼らを見守る者がもう一人。


 ノアである。


 焦げ茶色のローブを羽織り、フートで頭をすっぽり隠している。そんなに彼に気づかず、シュートとトウラはバジリスクの群れに飛びかかった。


 まずはトウラが先に動いた。念力による瞬間移動で、少女に巻き付くバジリスクの頭のすぐ側に転移する。


 その一瞬の出来事に、バジリスクは身構える事も出来なかった。トウラが拳を振りかぶるや否や、トウラの振りかざした右手の拳が赤く光った。


「衝烈拳!!」


 トウラはその拳をバジリスクの顔面目掛けて殴りつける。刹那、爆炎と衝撃波がバジリスクの顔の側面を叩きつけられ、大蛇は数十メートルほど吹き飛んだ。同時に、中空に放り投げられた少女に、トウラは素早く念を飛ばし自分の胸元に抱き寄せる。


 トウラは即座に少女を抱えたまま、教会に転がり込んだ父親の下に転移した。


「アンナ!」


 娘の姿を見るなり、両親はトウラに駆け寄った。


「もう大丈夫だよ。」


「うぇえええええん! 怖かったよう!」


「ああ良かった! アンナ、無事で何よりだ!」


「ありがとうございますわ、トウラ様!」


「へへへ、良いですよ別に。」


 両親の謝辞をトウラは軽く受け流す。


 そのトウラの後ろで、黒い閃光が天に向かって走っていった。


 見れば、シュートが魔法を使った様だった。既に詠唱は終わり、魔法は発動している。シュートの頭上には漆黒の剣が、無数に浮いている。


「貫け……ダークエッジレイン!!」


 シュートがそう叫ぶと、漆黒の剣は無差別に無数の大蛇に降り注いだ。


「グギャアアアアア!」


 バジリスク達は緑の血を吹き出しながら串刺しになった。


「さぁ、次はお前だジュリエット!」


 シュートは左手をジュリエットにかざし、脅した。


「流石ね、あれだけの首の金額が日夜増えていくのもわかるわぁ。」


「ふざけるな、お前の命も今日までだ。覚悟しろ!」


「それはどうかしらねぇ?」


「何だと? 負け惜しみを……」


「それはこれを見てから判断することね!」


 ジュリエットは懐から、一つの鈍色の石を取り出した。あれは魔鉱石だろうか。


「それは”抑魔石”!」


 その石の出現に、シュートとトウラの表情が一変する。


「あら、やはり知っているのですね。そうです、これは抑魔石ですわ。今からこれで貴方達の魔素を吸収し、あなた達の魔法を無力化致します。」


「マズイ! 離れろトウラ!」


「させませんわ!」


 ジュリエットが腕を振ると、シュートとトウラの足元に紫色の茨が巻き付いた。


「くっ!」


「しまっ……!」


 すると、ジュリエットは抑魔石を頭上に掲げ、詠唱した。


「|It can be greedy and it can be taken away , and make them yield!≪貪れ、奪え、屈服させろ!≫

 |Absorption!≪吸収!≫」


 瞬間、シュートとトウラの二人から、まるで水のように七色の光が石に吸い取られていった。


「ぐあああああ!」


「うぉああああああ!」


 その苦しみにもがく二人。しかし、茨が体を強く締め付け、身動きが取れない。


「オホホホホホホ! 良い様ですわね!」


 すると、ジュリエットは再び足元に手をかざし、先程と同じ詠唱をした。


「今、もっと面白いものを見せてあげますわ!」


 すると、光る魔方陣からそれは現れた。先程の大蛇より、二回りも大きな巨体。その体にはいくつもの大蛇の首が何股にも繋がっている。


 見た目はバジリスクだが、その姿は先程の物とは異なっていた。召喚された大蛇は、無数の頭から赤い舌をチロチロと見せ、牙をむき出し咆哮した。


「どうですか? 遠い東の異国に伝わる蛇の聖獣を真似て作ったキメラです! 名前はオロチと言いますのよ!」


 その異形の姿に、ジュリエットは満面の笑みを浮かべた。


「くっ、悪趣味な女め!」


「何度でもお言い。今からあなた達はこの子の餌になるのですからね。その口も今に聞けなくなります。」


 その時だった。


「もうやめて下され!」


 声を上げて、シオン達の前に両手を広げて立ちはだかる者がいた。


 それはヨハネス司教だった。


「なぜ転生者同士で殺し合わなければならないのです! あなた方の言っているのは救済などではない! 破滅だ! もしそれを悔いる気が少しでもあるのならば、どうか、この方々に慈悲をお与えください!」


 ヨハネス司教は膝をついて両手を組み、懇願した。


「司教……!」


 ノアはその司教の行動に驚いた。


「うるさいわよ。ゴミは消えなさい。」


 受理干支尾が腕を振るった。その瞬間、大蛇はいとも容易く司教を飲み込んだ。


 そして、驚くことが起きた。


 大蛇の胸の辺り。そこになんと司教の顔が浮き出した。その表情は苦痛と恐怖が浮き出ている。


「アハハハハ! 愉快ね! これだから聖職者はゴミなのよ!」


「テメェ、ジュリエット! テメェこそ本当のゴミだ!」


「あら、ゴミにゴミと言われても何も感じませんことよ?」


 ジュリエットは再び腕を振るった。すると、群衆の村人たちの足元から茨の蔦が現れ、彼らを拘束した。


 シオンとシェロも、また同じだった。


「この村の人間は気に入らないわね。誰も彼もが気狂いのように山を崇めている。災厄を恐れる故に、自分たちがおかしくなっていることに気づきもしないのね。それを私が救ってあげるわ――」


 ジュリエットの口角が割けるかのように広がった。


「死によってね。」


 ジュリエットは大蛇の体を撫でた。


「さぁオロチ、彼らを食べなさい。」


 オロチは気味の悪い咆哮を上げると、シオン達に迫った。


 駄目だ。


 食べられる。


 シオンが死を覚悟したその時だった。




 カッ!





 刹那、光が大蛇の目の前に発生した。その光に弾かれるように、大蛇は勢いよく背後に吹き飛んだ。


「な、何!?」


 驚くジュリエットの視線の先。


 シュート達と大蛇の間に、彼は立っていた。


 彼の掲げる右手からは、強烈な白光が発せられている。その手から、何か衝撃波のような物が発せられたと理解するのに、シオンには僅かに時間がかかった。


「ノアさん!」


 シオンは思わず彼の名を叫んだ。


「おふざけも大概にしろ。貴様の冗談は少しも笑えないぞ。」


「あら、まだ客人がいたのね。貴方も転生者なのかしら?」


「さぁ? それは自分の目で確かめたらどうだ?」


 ノアは頭上に右手を掲げた。


「イオ!!」


 ノアがそう叫んだ瞬間だった。


 彼の頭上に強烈な光源が出現した。そして、その光源から照らされる光は、シオン達を拘束していた茨を、まるで雪解けのように溶かした。


「くっ……! なんだ、その力……お前は今までの転生者とは違うな! お前、何者だ!」


 その問いに、ノアは表情一つ変えずに答えた。


「”救世主”だ。」


 その言葉に、ジュリエットだけではない、シオン達も驚いた。


「救世主だと!? 馬鹿な! その存在はこの世界の神が忌み嫌う存在のはず! なぜおまえの様な者がこの世界にいる!?」


「知りたいか?」


 そう言うと、ノアは右手を目の前にかざした。


「特別に教えてやる。但し……あの世でな!」


 瞬間、ノアの右手と体が発光した。


「アル・ソベル・ティアラ・デア・アルマ……祖の名はルクス、導くは浄化、主よ、父よ、聖霊よ、我に力を授けたまえ。」


「その詠唱文、魔法じゃないのか!?」


「あいにくだが、俺はそんなものは使わない。俺は、これを使う!」


 ノアがそう言った瞬間、ノアの手が光りに包まれた。


 その瞬間、ノアの瞳の色が紅に光った。そして、白い両刃の剣が召喚され、同時に光がノアの体を包む。そこには白い剣を握り、白い鎧に身を包んだ騎士がいた。


 白騎士。


 その姿を見れば誰もがその言葉を口にするだろう。


「裁かれろ!」


 ノアは剣を構え、飛翔した。それは電光石火と呼ぶにふさわしかった。


 正に一瞬で、ノアは大蛇の首を全て切り落とした。


 ノアが着地した瞬間、その背中で大蛇は緑の鮮血を撒き散らしながら息絶えた。


「くっ、お前!」


 狼狽するジュリエット。


 しかしそれも一瞬だった。ノアは風のごとき速さで、ジュリエットの懐に入った。


「裁きを受けろ。」


 ノアは剣を下から上へ振り抜いた。


 その剣尖はジュリエットの正面を鋭く切り裂いた。


「ギャアアアアア!」


ジュリエットは顔面から鮮血を噴き出させながら後ずさった。


「痛いいい! イタイイイイイ!」


 ジュリエットは断末魔のような声を出した。そのジュリエットの喉元に、ノアは剣尖を向けた。


「終わりだ!」


 だが、その剣尖がジュリエットの喉を貫く寸前で、ジュリエットは姿を消した。


 そして、気づけばノアの頭上にジュリエットは浮いていた。その形相には、それまでの清楚さは一欠片も無い。


「おのれ貴様! よくもこの美しい私の顔に傷を付けたな! この怨み! いつか晴らしてやるぞ! 覚えていろ、白騎士の救世主!」


 そう言うと、ジュリエットは煙のように姿を消した。


 やがて、その広場には安堵の念を憶えた人々と、巨大な大蛇の骸が残された。


「ノア……。」


「救世主……。」


 群衆の村人が、一人、また一人とノアの名を呟いた。


 そして、それはやがて徐々に拍手と歓喜の渦を作った。


「ノア! 凄いぞノア!」


「俺達を助けてくれてありがとう!」


「救世主様!」


 その場の誰もが、彼を讃えた。


 すると、ノアはシオン達の下へと歩み寄った。同時に、彼の剣と鎧が煙のように消え去った。


「シオンとか言ったな。」


 ノアはシオンの目を見つめ言った。


 ノアの紅に光っていた目は、元の水銀色に戻っている。


「ノアさん?」


「気が変わった。」


「え?」


「俺もお前たちの仲間に入る。あの不愉快ならない者どもを、俺が裁いてやる。」


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